エンドレスウンティ

「あいつぁな、モモ太郎。初めて、コンビニ来たんだってよぉ」

バックヤードへ戻ってきたジロさんの最初の言葉はそれだった。

「お前……何聞いてきたんだよ……。馬鹿かよ」

「なぁっ!? 聞いてきてやったのに馬鹿っておめぇ、ばっきゃろうっ!」

それだけな筈はない。筈はないのだが、ジロさんの場合は本当にどうでもいいことだけ聞いてきそうで馬鹿と評価してしまうのも仕方ない。

「あー……ごめごめん。で、他は?」

「ったくよう。……あのなぁ、あいつぁが、コンビニ初めてってのは、白鬼王(はくきおう)の妹だからなんでぇ。ばっきゃろうげぇ」

「はっ……白鬼王って……白鬼の王様ってことか? ……それの妹?」

「あぁ。王様―――シアの妹のアリスでぇ。それが白鬼を代表してぇ……赤鬼をやりやがった指名手配のおめぇを、始末しに来たんでぇ」


うわぁ……。やばい奴だとは思ったけど、想像超えてきた……。


「これぁ、思ってる以上にやべぇことだぜぇ。滅多に城から出ねぇ白鬼のそれもシアの妹ってなぁ、おめぇ……奴ぁ、黒鬼王(こくきおう)と同等かそれ以上に強いって言われてやがるんだぜぇ? それの妹ってよぉ。いきなり大物過ぎんだろぅぃ」

鬼に詳しくない俺でも、黒鬼王は聞いたことある……。鬼の中でもごっつい強い、最強みたいに言われてる奴だ……。下手したらそれより強いかもしれない白鬼王の妹って……超えた想像を更に超えたやばいことになってるだけは分かる。


「……しあは……つよい」


黙ってモニターを見ていたクロニーが、ぽつりと呟いた。


「知ってんのか? って、そうか、クロニーって黒鬼だもんな。シアっての見たことあるの?」


クロニーは、少しだけ首を傾けて、ぽつりと答えた。 「……むかし、すこしだけ、みたことある。……ちいさい、おんな。でも……ちから、かくしてた……」

ジロさんは頷いた。


「そうなんでぇ。あいつぁ、普段はその辺のわけぇ女みたいなんだがよぉ。いざ戦いとなるとあれぁ……鬼でぇ」


…………………。


「鬼の話してないと思ってる?」

「ちが、ちがっ、ばっきゃろうおめぇっ! 戦鬼とかそういうのあんだろうぃ! ……黒鬼王が黒戦鬼と呼ばれてたらぁ、あれは対をなした白戦鬼ってとこでぇ」


そのままやんけ……。まあ、言いたいことはなんとなく分かるけど……。


「ジロさん、一緒に居たし、知ってると思うけどさ……俺、赤鬼王とか殺してないよな」


「ああ。俺っちも言ったんだぜぇ? アリスによぉ、あいつぁ、赤鬼の王どころか、普通の鬼一匹すら殺せないっつってなぁ。だがよぉ……“キンジロウ殺し”のモモ太郎ってことで指名手配されてて、それの排除命令で派遣された以上、奴も引き下がれんってことらしいぜぇ」


俺は、フィルターギリギリまで灰になっている煙草を一吸いした。

無言で立ちすくむとか今は無理だった。



ジロさんとの会話後、俺はレジに立って、雑誌コーナーで時間を潰しているアリスを観察していた。 「…………」

本当に妙な時間だ。自分を殺そうって奴が自分のバイト終わりまで律義に待っているのをレジで観察するなんて経験、俺以外でしたことある奴この世に居るんだろうか? 居るとしたら、どうその場を凌いだのか教えてほしい。


「…………」

意識せず下がっていた視線を上げて、前を向き直ると―――。


「……いつまで待たす気だ」

雑誌をあらかた見終わったのか、アリスがレジ前に立っていた。

「いや、待たしてるつもりはないんだけどな……」

勝手に待ってる訳だし。

「まあ、なに……あと……」

言いながら時計を見ると、丁度、16時30分と壁掛け時計が知らせていやがった。

やべぇ……。俺の命、あと30分で終わる……。


「あと、何時間―――いや、何分だ」

言い換えたよこの人……。やっぱ、くたびれてるんだ。待つのに。

「さ……さんじゅ……ぷん。30分でバイト終わるよ」

あー……嘘つかずそのまま答えてしまった……。

「そんなにか。……まあ、いいだろう」

アリスはそう言うと、また、雑誌コーナーへ戻ると思ったが、何故か動かない。

「いや、そこで待つのはやめてよ? 他の客相手できないし」

まあ、今日、なんか全然客来ないんだけどな。


「これは……なんだ?」

アリスは俺の言葉が聞こえてないのか、どこのコンビニでもあるレジのホットスナックの陳列を不思議そうに視線を向けていた。

「ああ、やっぱ、お嬢様なんだ。見たことないの?」

俺の問いにアリスは小さく頷いたので、五つ入りの唐揚げさーんや平べったいチキンさーんなど、店のホットスナックを説明してやる。

「茶色いものが多いな。本当に食べれるのかこれ」

「当たり前だろ。食えないもの温めてどうすんだ。茶色いモノって大概美味しいんだぞ」

「そう、なのか……」

あぁ……こいつの目的が違ったなら、ほのぼのしていい時間なんだけど、複雑だ……。


なんて、思ってたら……。

「ぁ……あ゛あ゛……。もも……たろ……く、くん……じかん……だね……」

物凄い顔色悪いロピアン先輩がトイレからレジへと向かってきた。

この人多分、昼以降うんこしかしてない筈だ。

「じゃ、じゃあ。とりあえず店閉めるから出て待ってもらっていい?」

「うむ。逃げるなよ」

アリスはそう言うと踵を返すと自動ドアを抜け外へ出ていく。

「あ……あれ……おきゃく……さん……か、かな……?」

「ああ。まあ、違う意味ですけど。“お客”さんですね」

ロピアン先輩へそう返すと、俺は外で店内を並んでみているゴリラとキャッツに戻って来いと合図を送り、締め作業を開始した。


「…………」

ふと、アリスがさっきまで見ていたホットスナックへ視線を向ける。

捨てるのは勿体ないから大体はバイト終わりに皆で食ってるが、今日は少し多めに余ってる……。

「……しゃーないな」

自分の分として、五つ入りの唐揚げさーん二つをレジの袋に入れると、止まってたレジ締め作業を再開することにした。


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