第18話 行ってみよう

 魔獣除けの石は、エディエットがこねて、領地の職人に焼いてもらって大量に作り上げた。魔獣の森の木は丈夫なので高値で売れる。もちろん領地の建物にも使ったし、乗ることはほとんどないけれど、エディエットの馬車も作った。

 木を切り倒し、整地をしながらなので時間はかかったが、領地から魔獣の森を抜けて、アシュタイ国までの一本の街道が完成した。馬車なら明るいうちに通り抜けられる。国をまたぐので転移門が設置できなければ、旅人のためにいずれは馬車の定期便が運行されるだろう。


 そんなわけで、まずはエディエットがアシュタイ国の様子を見に行くことにした。


「デオ、この屋敷の敷地には結界が張ってあるのは知っているね?」

「はい」

「母上も行くというから、リズも行く。留守の間はお前に任せたよ」

「かしこまりました」

「もし、もしも、だけれど、ね。何かことが起きたら領地の人たちをこの屋敷に避難させなさい」

「は、はい」


 躊躇いながらもデオが返事をすれば、エディエットは静かに頷いた。何事かかが起きないとは言いきれない。何しろついにエディエットの父である国王が崩御して、その息子である王太子が王位を継いだのだ。まだ喪は明けてはいないけれど、即位をしたからには何かしらの成果を国民に示すだろう。

 そうなった時、父王の命を奪った魔獣を討伐して墓前に捧げるとか、馬鹿らしいことをし出すかもしれない。その時に、汚名を晴らすとか言ってマクベスを引っ張りだそうとしないとは限らない。もしかして、そうなってしまった時、この領地に王都から誰かがやってきてしまったら、エディエットの事がバレてしまう。

 王都の動きには細心の注意を払ってはいるけれど、止めることが出来ないのが現状だ。

 このままひっそりとエディエットのことを思い出さないでくれればそれでいい。


「では、行ってくるよ」


 エディエットが手綱を握り、真新しい馬車を走らせる。砦の騎士が護衛を申し出てきたが、他国に行くので冒険者を雇うに留めた。


「あのぉ、俺たちは本当に座っているだけで?」


 作りたての街道は、魔獣の森を通るから万が一に備えての護衛の任務だ。だがしかし、エディエットの作った魔獣避けの石の効果は存外に高いらしく、木の影に犬の姿の魔獣がこちらの様子を探る程度しか見当たらない。


「俺の作った石の効果を試しているからね。余計な戦いはしてくれなくていいよ」


 手綱を握るエディエットは軽快に馬を走らせる。風魔法を纏わせているから、馬車の移動は通常より随分と早かった。だからこそ、雇った冒険者はただ座っているだけでも大変なことだったのだ。

 通常の速度より随分と早く走らせたから、アシュタイ国の際に着いたのは昼時だった。エディエットは最後の仕上げをするために、ポーチから道具を取り出し作業に取り掛かる。

 その間、冒険者たちは食事の支度をし、辺りを警戒する。もちろん、馬車の中ではフィナが呑気にリズの入れたお茶を飲んでくつろいでいた。


 エディエットは土魔法を駆使して砦のような門を作りあげた。所々に魔獣避けの石をはめ込めば、門番の詰所としては防御力の高い門が出来上がる。

 検問もできるようにしたから、門の中は砦さながらに広い空間といくつかの部屋があった。

 基礎の部分は領地で職人たちに建てさせたものだ。それをエディエットは自慢のポーチにしまい込んで持ってきたのだ。この規格外の空間収納を見たマクベスは、驚きすぎてしばらく声を出せなかった。そうして、こんなにも才能ある王太子を廃嫡した宰相を始めとした王都の貴族たちに、ただ呆れたのだった。もちろん、それを見ていた職人や領民たちは黙って口を閉じた。


「食事の支度が出来ました」


 冒険者がそう声をかけてきたので、エディエットは砦の一室にポーチからテーブルと椅子を取り出して並べた。食器類を出しては冒険者が作った食事を並べる。あとは邸から持ってきたパンを添えれば出来上がりだ。


「こちらですか?」


 並べ終えた頃合に、リズが馬車から降りてきた。そうしてトレーに用意された食事を一人分だけ乗せ、また馬車に戻って行った。


「ええ、と……あちらの方は?」


 食事の支度をした冒険者はチラチラと馬車を見ながら、エディエットに尋ねてきた。それはそうだ、護衛の対象はあの馬車の中にいるご婦人と聞いている。だが、その姿は未だに目にしてはいない。


「気にしなくていい。お前たちも冒険者なら知っているとは思うが……母はアシュタイの出だ」


 エディエットがそういえば、冒険者は一瞬驚いた顔をして、すぐに頭を下げた。そもそも依頼人に対して余計な詮索をしないのは冒険者としてのマナーだ。辺境伯の肩書きを持つ高貴な方からの護衛の依頼である。馬車の中の人物について詮索するなどもってのほかなのだ。

 冒険者とエディエットは三人でテーブルにつき食事をした。それからゆっくりと魔獣の森をぬけアシュタイ国の地に入ったのだった。

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