吹奏楽強豪校で補欠だった俺、異世界では音で世界を救う勇者でした
@haxibiro
第一章 ほんま勘弁してほしいわ異世界なんて。ただでさえ疲れてんねん
1.憧れの舞台
俺の名前は相沢響(あいざわひびき)。
田舎の中学でトロンボーンを吹きながら、「いつかあの舞台に立ちたい」と夢を見ていた。
テレビや雑誌で何度も見た、全国大会の大舞台。照明に照らされ、無数の観客の視線を一身に浴びながら音楽を奏でる、あの瞬間。
その頂点に立つ常連校の一つが、俺の進学した「白鳳高校吹奏楽部」だった。
全国制覇経験多数。吹奏楽界では名前を知らない者はいない。
そのユニフォームはまるで戦場の甲冑のように輝き、憧れを抱いた中学生の俺は、ひたすら練習に明け暮れた。
夢は近づいた――はずだった。
だが、現実は無慈悲に牙を剥いた。
2.強豪校という修羅の園
白鳳吹奏楽部に入って最初に思ったのは、ここは高校じゃないということだった。
朝練は始発に近い時間から始まり、全員が朝一番でロングトーンを響かせる。
楽器を構えた瞬間、空気が震えた。音が、壁を突き抜け、天井を揺らす。
「うわ……」俺は思わず息を呑んだ。
中学時代、俺は「そこそこ上手い」で通っていた。コンクールのソロで拍手をもらったこともあった。
けどここでは――俺の音なんて、存在しなかった。
クラリネットは、まるで指が十本どころか二十本あるかのような速さで吹き抜ける。
フルートは銀の音色を糸のように紡ぎ出し、トランペットは空に突き抜ける光の矢みたいな高音を響かせる。
打楽器は寸分違わぬ正確さで刻み、低音は床を地震のように揺らした。
そして、俺の所属するトロンボーンパート。
分厚く輝く音が壁を震わせ、まるで大聖堂の鐘のような重厚さを誇っていた。
――その中で、俺だけが浮いていた。
3.最弱の烙印
合奏中、指揮者が叫ぶ。
「相沢! もっと鳴らせ!」
はい!と返事をし、肺が破れるほど息を吹き込む。
――ブオッ……ガッ……。
最悪の音。
その瞬間、合奏は止まり、全員の視線が俺に突き刺さる。
トランペットの先輩が舌打ちをし、クラリネットの女子が小さく笑った。
「……相沢は、もういい。休んでろ」
指揮者の低い声が突き刺さる。
胸が焼けるように痛かった。
音楽のために、必死に練習してきた。寝る間も惜しんで基礎を繰り返してきた。
けど、ここでは「いなくてもいい存在」だった。
4.孤独な努力
俺は帰宅後も諦めなかった。
夜、布団をかぶってマウスピースを吹き続けた。
唇が切れそうになるまでリップスラーをやり、YouTubeでプロ奏者の演奏を繰り返し聴き、真似した。
だが、録音して聴き返すと、そこにあるのは情けない音だった。
同じパートの仲間は、子供のころから個人レッスンを受け、楽器を与えられてきた「選ばれた連中」。
俺はただの「田舎から来た凡人」。
その差は努力だけでは埋まらなかった。
けど、どうしても夢を捨てきれなかった。
――全国大会の舞台で、誇れる音を鳴らしたい。
それが、俺がここに来た理由だった。
5.補欠の宣告
予選前日。
合奏後、パートリーダーから告げられた言葉は、あまりにも冷たかった。
「相沢、お前は補欠な」
頭が真っ白になった。
「補欠」という言葉が、胸に杭を打ち込むように響いた。
今までの努力は何だったんだ。
必死に食らいついてきた俺は、ただの観客で終わるのか。
唇を噛んだ。血の味がした。
「……そんなの、納得できるかよ」
6.運命の夜の部室
放課後、部室に一人残った。
誰もいない広い空間。白い蛍光灯の光が冷たく反射し、譜面台の影が床に長く伸びていた。
窓の外からは虫の声が聞こえ、夜の風がカーテンを揺らしている。
俺は椅子に腰を下ろし、トロンボーンを構えた。
「なんで俺は……こんなに必死にやっても報われないんだろう」
答えの出ない問いを抱えたまま、俺は吹いた。
ブオオオオ……。
音は虚しく壁に吸い込まれるだけ。反響がむしろ孤独を際立たせた。
「俺だって、ちゃんと吹けるんだ……!」
叫ぶように音をぶつけた。
唇は震え、息は乱れ、楽譜は滲んで見えた。
気づけば時計は夜十一時。
唇は腫れ、肺は限界で、頭はぼんやりしていた。
「もう帰らないと……」
椅子から立ち上がった、そのとき――。
7.事故
ガタン!
ロッカーの上に置かれていた古びたトロンボーンケースが、突然落ちてきた。
「うわっ!」
避ける間もなく、頭に直撃。
ゴツン。
視界が白く弾け、星が散った。
意識が遠ざかり、音も光もすべてが消えていく。
最後に思った。
――俺は結局、補欠のままで終わるのか。
全国大会も、夢も、全部……。
そう呟いた瞬間、深い闇に飲み込まれていった。
8.異世界
――目を開けると、そこは石造りの広間だった。
冷たい空気が肌を刺し、足元の大理石がひんやりと伝わってくる。
壁には色鮮やかなタペストリー。天井から吊るされた燭台の炎がゆらめき、赤い絨毯が王座へと続いていた。
鎧をまとった騎士たちが整列し、俺を凝視している。
その先、玉座には金の王冠をかぶった男が座っていた。
「勇者よ! よくぞ召喚に応じた!」
……勇者?
誰のことだ?
俺は手元を見た。
そこには、俺のトロンボーンが握られていた。
ただしそれは、いつものくすんだ銀色ではない。
柔らかな金色の光をまとい、手のひらに確かな振動を伝えていた。
「その聖なる
王の声が、広間に轟いた。
俺は呆然と立ち尽くした。
さっきまで補欠扱いの冴えない部員だった俺が――勇者として召喚されていたのだ。
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