第二話 最初の手がかり

 サイレンの音に耳を澄ませながら女性を乗せた救急車が交差点を右折したところを見届け、舞は静かに息をつく。


「まずは、手がかり探しからか……」


 囁くように言葉を漏らし、舞は駅舎に背を向け、歩きだした。



 歩きだしてから一時間が経過し、舞の目の前に公園内でどっしりと構える大きな木が見える。


「ちょっと休憩していこう」

 

 右手に持ったハンカチで額の汗を拭い、右足から公園内に足を踏み入れ、やがてベンチにゆっくりと腰を下ろす。


 十月の青空を眺めながら、舞はゆっくりと息をつく。


「なかなか、手がかりが見つからない。それもそうか。ニュースになるような県内での組織による事件なんてなかったし」


 やさしい風が、熱に包まれた舞の全身を冷ましていく。


 舞は青空の下で泳ぐ白い雲を見つめ、救急車で搬送された女性の仕草などから手がかりを探ろうとした。


 だが、頭の中で映像を流しても手がかりが見つかることはなく、やがて真っ白な画面に変わる。


「手がかりが見つからないと、先に進めない。どうやって、情報を集めたらいいんだろう……」


 舞は語尾を弱めると、天に答えを乞うように目を閉じ、十月の太陽の日差しを浴びた。




 午後六時二分、舞が自宅の玄関のドアを開けると、中学三年生の弟、大地だいちが出迎える。


「おかえり、お姉ちゃん。買い物に行ってたの?」


 舞は大地の問いに、靴を脱ぐ足の動きを止める。


「うん、まあ……いろいろとね」

 

 曖昧な答えを返すと靴を脱ぎ、廊下のフローリングに右足を着け、二階の寝室に歩みを進めた。



 部屋着に着替え、リビングのドアを開けると、ご飯茶碗をテーブルの上に置く母の美咲みさきが舞の目に飛び込む。


「おかえり。買い物に行ってたの?」


 美咲が笑顔で問いかけると、彼女に感化されたように舞の頬が緩む。


「まあ、そんなところかな」


 舞はそうこたえるにとどめ、ドアをゆっくりと閉め、椅子に腰を下ろす。


 美咲は笑顔のまま特になにも言うことなく、キッチンに歩みを進め、味噌汁をお椀によそう。


 舞の右斜め向かいの椅子に腰かける父の純也じゅんやは広げていた朝刊を四つ折りにすると娘の目を見つめ、囁くように語りかける。


「舞、最近になって県内の若い女性が次々と何者かに襲われているそうだ。登下校中、気をつけるんだぞ」


 純也の言葉で、舞の脳裏に救急車で搬送されたあの女性の姿がうつしだされる。


(もしかして、あの人が怪我を負わされたのは……)


 舞は最初の手がかりをつかんだように心で呟くと、純也の言葉にゆっくりと頷いた。

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