第67話 気狂い水

 「おまえ、何回、身体を洗えば気が済むんだ、さっさと出ろ」


サラは入浴の度に私に怒鳴られる。いや、怒鳴られていたのは最初だけで、真水を頭からぶっかけられる。


 食事の時には「いつまで食っているんだ。さっさと食い終えろ!」となる。


すべてが遅いのである。サラのおこなう事すべてに腹が立つ。何度言っても箸は止まる。その度に私は自分の持っている茶碗をバッチャンとちゃぶ台に叩きつけてサラに気付かせる。


 何日も何度も同じ事が続いた。さらにはリミの母親も加わり同居中である。


 私以外の会話はタガログ語と英語がごちゃ混ぜになっておこなわれていたが、なにを言っているのかは大体、想像が付く。

 

 ー 私が厳し過ぎると言っているんだろう。そう言いたいんだろう、日本語で言ってみろ。ふざけるな、こんな始末に負えない子供に育てたのは誰だよ。責任は自分で背負えよ。俺のやり方が気に入らないんだったら、さっさと出て行ってくれ。俺が正しい、お前たちが俺を怒らせているんだ ー


 怒りはアルコールの度数と量を同時に上げていき、常識の域の壁は破られた。


 「さっさと寝ろ、俺は今夜からリビングで寝る。2階では寝ない。子供達の声がうるさい」


 マイケルは喘息を持っていたし、サラは夜尿症で小便を漏らすようになった。失禁するたびにサラの頬は腫れ上がった。


 言葉に加えて手での暴行が始まり、日を追うごとにエスカレートしていく。


 リミも我が子が日本で暮らしていくためには、私の言う事を聞かなくてはならないと思っていたようで、私の暴力を正当化するスタンスを取っていた。


 アルコールはおそろしい。人の気を狂わせる。まさに気狂い水そのものである。


 それは、ある夜から始まった。


 私以外の全員が寝静まり、ただ私ひとりは居間でウイスキーを呑んでいる。


 ー あいつらさえ、いなければ幸せだったのに。あいつらに仕返しするにはどうしたらいいだろうか、どういう体罰をを与えれば私の気が晴れるだろうか ー


 私以外の家族、リミもマイケルもサラも2階で寝ている。同じ部屋でだ。リミの実母は別の部屋で寝ていた。


 酔っていた。


 狂った頭で考え出したサラへの復讐を開始した。誰にも気付かれないようにして、サラが眠っている布団の横に向かった。


 サラの口をふさいで、しゃべれないようにしてから、強引に1階の居間に連れていった。


 そして拷問を開始した。


 ちゃぶ台の上にはウイスキーの瓶とグラスだけがある。瓶の中身が三分の一以下に減ると次のウイスキーを買ってこなければならない。空になった瓶は見たくないのだ。


 これがアルコール依存症の特徴である。


グラスの中の氷は溶けてウイスキーを薄くする。グラスにこびりついた水滴がちゃぶ台を濡らす。


 寝ぼけた瞳のサラがいる。なんで自分が起こされたのか、しかも私に前に座らされているのか理解できない。

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