第二部・ごく普通の男子高校生
第13話 契約の履行
高校生の僕にはどうすることもできないほど、事態は深刻だった。僕の知らない世界の裏側を、少しだけ、見てしまったような。知ってしまった。人間のふりをして、人の心を支配しようとする化け物がいる。巻き込まれたくないならば、僕は身を引いた方がいい。これ以上、関わらないほうがいいに決まっている。僕は普通の男子高校生だ。幽霊が見えて、会話できるような霊能力を持っている人とは、違う。……ちょっとだけ、気になる。
力不足だと脳で理解できているから、あっさりと、僕は現実に戻ってこれていた。君が関わっていることなのに。
僕が
余談だが、地下室に通してもらうための会員証であるミミズクのキーホルダーは、とあるデザイナーのイラストを盗用したものと発覚した。フクロウは目がいい動物と言われているけれど、フクロウとミミズクの見分けはつかなかったようだ。
「おはよう、
君がいなくなってから、そろそろ一ヶ月が経つ。僕の現実には、新しく宮下さんが仲間入りしていた。毎朝、七時半には僕の家のインターホンを押しに来る。
「今日は夜勤明けじゃないんですね」
今日の宮下さんは、なんだかいつもより笑顔がまぶしい。具体的には、無理している感じがない。心の底から笑えているように見える。
「六時まで働いてから来とるよ?」
「そうなんですか?」
「なんで夜勤やないと思ったん?」
「なんだか、その、元気そうなので」
「いつもは元気ないみたいな言い方やね」
「眠たそうなんですよね。目が半分しか開いてない感じといいますか」
「眠いからな、実際」
夜勤明けではある、とすると、なんだろう。夜勤中に、何かいいことがあったのかな。僕はコンビニで、というか、そもそもバイトをしたことがないから、バイト中のいいことって、何があるのか、ちょっと想像がつかない。聞いてみよう。
「何か、いいことでもあったんですか?」
「あったっていうか、これからあるんよな。せやから、狭間家には寄らんよ。雄大くんのオカンに言っといた方がええか?」
「ああ、うん。それなら、言った方がいいかも」
「ほなら、ちょいと上がらせてもらうで。お邪魔しまーす」
ますます気になる。放課後、宮下さんが夜勤に行くまでの間、毎日のように僕の部屋に寄っているから、あの母さんが宮下さんの分まで夕飯を作ってくれているのだ。あの母さんがだ。
母さんの夕飯も〝友人契約〟のうちに含まれているのだろうか。
「どした?」
玄関から上がって、台所で朝食の後片付けをしている母さんと話をして、宮下さんは戻ってきた。
宮下さんがこうして成海学園に通うようになった理由は、引きこもっていた僕を部屋の外に出すため、であるが、宮下さんを成海学園に通わせるための学費も込みで〝友人契約〟が結ばれている、らしい。らしい、というのも、この契約は宮下さんの
僕と君とは偶然、同じ年に生まれて同じ高校に進学して出会った友だちだけど、僕と宮下さんとの間には〝友人契約〟がある。宮下さんは僕の友人であり続けなければならない。期限は、一年。仮に、僕と宮下さんとの友人関係がこの一年間続かないようならば、宮下さんが違約金を支払わないといけないらしい。
「母さん、なんて言ってました?」
「用事があるならしょうがないわね、って言うとったよ。ウチは毎月二十五日が忙しいんよね」
「二十五日?」
先月の二十五日は、まだ宮下さんと出会っていなかったか。ここ最近、これまでの人生では考えられないぐらいのことが起こってしまったから、まだ一ヶ月経っていないことに驚く。
「給料日なんよ。バイトの、給料が振り込まれる日」
だから嬉しそうなのか。納得した。この一ヶ月の仕事の成果がお金になる日。
「なるほどです。給料で、何か買うんですか?」
「秘密」
「僕は、学校の勉強についていけるように、基礎から学べるシリーズみたいな本を買っていただきたいです」
「えー……」
冗談で言ったのに、本気でイヤそうな顔をされてしまった。勉強面は僕がサポートするしかなさそうか。
「宮下さんが来ないのなら、僕は今日、
僕は君の家に行ったことがない。住所は、警察の人に教えていただいた。一度でも行っておけばよかったかな、と今更ながら後悔している。
「お。一人で行けるん?」
「行けますよ。僕を何歳だと思っているんですか」
「ウチもついていける日の方がええんやないかなと」
「大丈夫ですって。大輔から僕の話は聞いているでしょうし」
「そかそか」
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