すちゃらかJD旅日記

なんでもない魚

群馬といえば温泉



「目が悪くなって良かったことは、温泉に入れるようになったことだわぁ」


 群馬は草津、中心街から離れたところにある西の河原源泉にて。長い黒髪を頭のてっぺんでくるりとお団子結びにした少女が、ふやけた腕にほっぺをのせ、くたぁっと縁に身体を預けていた。浸かっている身体の部分は少し熱めの四十四度で、さらされた背中部分は外気によって十七度。ちょうど適温。

「なんで〜?」

 大浴場を我が物顔でふんぞり返りながら浸かるおさげの女が、寝ぼけ眼で聞き返す。

「視界がぼやけてるからさぁ、恥ずかしくないっていうかぁ」

 とは言ったものの、実はお団子少女、友人とは適度な距離を保ってある。西の河原源泉の湯は、彼女たちが前日までに行っていた伊香保のものとは違い、透明に近いから尚更だ。

 伊香保温泉は黄金の湯、白銀の湯、という二種類の湯がおもで、にごりがあった。有名な365もある石段をなぜか下る行き方をしたのだが、それも神社の奥にある露天風呂を目指したから。以前は温泉嫌いを豪語していたが、克服したのはほんとうらしい。

「あでもねぇ、ぼやけるのでよくないのは美容院。めっちゃセットしてくれてありがたやぁって思って眼鏡かけるんだけど、見慣れない姿すぎて自分の顔に幻滅するぅ」

 お団子少女はその綺麗な黒髪を活かすことなく、ただストレートに流しているだけであった。それも小学生の時から。ホテルの脱衣所兼洗面所では、温泉から上がったのちしっかりと髪にクリームを塗ったり、コテで巻いたり、命ともいえるそれをケアしている女性陣の様子が目に入る。髪型を変えたいと思いながら何もできずはや七年。

「どうでもいいわ〜」

 周りを囲む木々が風でゆれる音、時おり人が出たり入ったりでちゃぷりと湯がなる音。自然に囲まれていると本当に何もかもどうでもよくなる。温泉に浸かり、溶け合い、河原を抜け、管を通り──

「っ」

 おさげの少女が突然口元を抑えた。しばらく舌で口内を舐めナニカを確かめると、深呼吸。

「どうしたん」

「いや、飲泉所急に思い出した」

 二人ともしばし真顔になり無言。

 飲泉所とは、さきの伊香保露天風呂に行く途中にある名物所で、温泉の源泉が飲める唯一の場所である。そしてその源泉は、鉄。鉄分なんてもんじゃない、まさに血。ペットボトルキャップ一口も飲めず、唇にそれが触れた瞬間うええぇぇぇと思わず280mlのリンゴジュースを飲み干しそしてまたうええぇぇぇとその絶望的なフュージョンに嗚咽を吐いた二人にとっての悪夢であった。

「帰り道に食べた鮎の塩焼きはうまかった」

「うぬ〜」

 二人ともども手を合わせじーんとしながら、今は草津だと我に返る。

「湯畑のとこも硫黄の匂いやばかったよねぇ」

「やめんかい」

 草津の温泉街に堂々と広がるは湯畑。先端部分は滝のような作りになっており、上流は名の通り畑のように区切られた木の枠の中をエメラルドの湯が通って行く。それは高すぎる源泉の温度を下げるためであり、夜のライトアップも幻想的で綺麗らしい。

「とりあえず草津三湯は絶対巡って、プリン食べよ」

「その前にのむヨーグルトね」

 風呂上がりの一杯はたまらない。


 季節は秋。これが、女子大生J D二人による、旅の始まり。

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