8月のサバイバー 2

壱邑なお

ほしこよい 前編

 街外れの川を渡ればすぐ他県の、東京都の端っこにある都立 有川ありかわ中学校。

 既に一日の授業が終わった、2階の教室。

 部活動の賑やかな声や吹奏楽の音色が、ゆっくりと蛇行だこうする流れのように、開け放った窓から入って来る。

 

 2年3組。

 他の生徒は皆、部活動や帰宅に足を向けた教室では、日直当番の高木咲花はなが、まるでラスボスに立ち向かう勇者の面持おももちで、黒板に向き合っていた。


 襟元にストライプのリボンが付いた白い半袖シャツに、チェック柄の膝丈プリーツスカート姿。

 肩先でぱつんと切った真っすぐな黒髪を揺らしながら、『えいっ!』と背伸びをする。

 

「んーっ、やっぱ無理かぁ?」

 思い切りぐいっと、黒板消しを持った手を伸ばしても。

 155cm――女子の中では真ん中位の身長――では、黒板の一番上に書かれた文字まで、あと少し届かない。

「あとちょっと、なんだけどなー!」

 つま先にぐっと力を入れて、再度伸ばした右手。

 その指先からすっと、黒板消しが抜き取られた。

 

「あっ……」

「『板書消すのは、俺の担当』って言ったよね――高木さん?」

 オレンジ色の持ち手を右横で軽く掴む、二回りは大きな左手。

 15cm差のある長身を少し屈めて、ダークブルーの瞳で不満げに見下ろしてくる男子生徒。

 クラスメイトで同じ日直当番、3年前の夏に出会った、立花大雅たいがだった。


「だって立花くん、3年の月野先輩に呼び出されてたんでしょ? あの『学校一の美少女で、放課後は他校の男子まで出待ちしてる』ってウワサの!」

「何で知ってんのっ!?」

 咲花の声に被せる勢いで、質問を返す大雅。

 普段はクールな整った顔に、驚きと焦りがくっきり浮かんでいる。


「呼び出された時、佐々木くんが一緒だったでしょ? 大興奮で報告して来たよ」

 佐々木陽太。

 東駅前商店街にある、佐々木鮮魚店の次男坊。

 3年前に陽太の母親が、クーラーボックスを貸した縁で大雅と知り合い、たちまち意気投合した。

 今では部活も同じバレー部の親友で、ついでにお調子者のムードメーカー。

 

『皆の者、ビッグニュース!』の叫び声と、その後に巻き起こった騒動。

 そして思いがけずツキリと、子猫の爪で引っかかれた様な動揺が、胸に走った事は忘れたフリで、淡々と返した咲花の言葉に

「あいつーっ!」

 右手で額を押さえた大雅が、『陽太のサーブ練、全球外れろ!』と。

 地をう様な声で、呪詛じゅそを吐いた。


「ここは俺が消すから、高木さんは日誌書いて?」

「わかった」

 何とか立ち直った大雅に黒板消しを任せて、学級日誌を開く。

『欠席・遅刻・早退』に0を記入してから、『今日の出来事』欄で手が止まった。

 

「ねぇ、立花くん?」

「なに?」

 黒板を向いたままの、真っ白な半袖シャツの背中。

 また肩幅が広くなった気がするそこに、再度問いかける。

「月野先輩と、付き合うの?」


 ばこんっ……!

 

 一瞬で固まった大雅の手から、滑り落ちた黒板消しが床に跳ね返り。

 真っ白な粉が、盛大に飛び散った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る