魔法の鏡

Side エミリア


王妃としての務めは果たしていた。どうしようもなく、泣きたい気持ちもあるが、それを抑え続けてくれた。幸いなことに理解者が近くにいてくれるのは有難かった。例え、三日に一回、子供の悲鳴が聞こえても、私が守るべきはエレノアだと心を戒め続けた。

そして今夜も、泣き叫ぶ声が聞こえるのだ。聞きたくなくて、外に出た。月明かりが庭園を照らす。ゆっくりとした足取りで、先王の離れに入った。先王が一人になりたいときに使っていたらしいが、今は誰も使わないらしいので、私が我が物顔で使っている。


「ああああああああ!」


ここでは誰も聞いていない。自分の保身のために今日も少女を犠牲にする。その罪悪感に涙が零れるのだ。


『エミリア、嬢?』


突然の男の声。危機馴染のない声の主を探すが、見つからない。きょろきょろと周りを確認するが、何もない。ただ、声がする方向には大きな鏡があった。


「私を知っているのですか?というか、貴方は誰ですか?」


その言葉に声の主は小さく笑った。そして、優しい声で話してくれるのだ。


『君の事は幼い頃から知っているよ。エミリア嬢。いや、今は王妃様だね。あと私は言うなれば、先王の話し相手だった『魔法の鏡』だよ。先王の悩みもたくさん聞いた。』


魔法の鏡、まさに白雪姫のあれだな、なんて思った。残念ながら、私は『世界で一番美しいのは誰?』とは聞かないけれども。


『王妃様の涙の理由を聞いてもいいかな?』


「王妃なんて呼ばなくてもいいわ、エミリアで。……王妃なんてお飾りで、何の力もないの。助けてあげたいのに何にもできない。」


『……市中の噂は本当なのかい?』


「市中の噂?」


『王が少女を攫っているという噂だ。』


「……そんな噂が市中に流れているの?」


魔法の鏡と名乗った男の声は黙り込んだ。ジッと鏡を覗き込むが、そこには不安に押しつぶされそうな自分の顔しか映っていない。娘を守るために何人の少女を犠牲にしたのだろう。まだ、今はいい。でもエレノアが成長したら?どう見てもエレノアはレイラに似て美しく成長する。


それが怖くてたまらない。


『エミリアはオーウェン王国の事をどう思う?』


急に話題が変わり、少しホッとした。オーウェン王国と言えば、隣国で同盟国だ。現在のアレックス王とエレーナ王妃の治世は稀代の政治だと称賛されている。


「……民を宝と思う、素晴らしき国です。」


同盟国たるオーウェン王国は神に祝福を受けているのではないかと言われるほど豊かな国だ。もう一つの隣国、軍事帝国を隣にしても国を守り切るだけの武力も、兵力も、そして統治力もあるのだ。


『偉くかっているな。』


「事実でございましょう?我が国にはもはや帝国に攻められたら一溜まりもないでしょう。ですが、道があるとすれば、オーウェン王国との同盟による共同戦線……。我が王の行動を知った賢王と名高いアレックス王が我が国を助けるとは……思えないのです。」


『やっぱり貴女は良く見えている。エミリア、安心しておくれ。何があっても私は君を守るから。』


まるで熱の籠ったようなその言葉に思わずホッとした。童話の白雪姫で、魔法の鏡は王妃の精神安定剤だった。私にとっても、そうなんだと思い知らされた。



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