第6話 武器倉庫

 蓮の存在を忘れて、夢中であちこち見て回った。そして、壁にかけられた大剣へ吸い寄せられるように近づいた。


「これ、かっこいい……!」


 両手で柄を掴んで、えいっと持ち上げると体がぐらりと傾いた。


「馬鹿か! 倒れるぞ」


 力強く肩を支えられ、剣は軽々と元の位置へ戻された。


「お前にはまだ早い。見りゃわかんだろ」


「ご、ごめんなさい……」


「はぁ……初心者はこっちからだ」


 なんだか呆れられる回数が増えているような気がする。蓮は無造作にナイフを数本抜き取り、私に手渡した。


「握り方はこう。刃の向きはこうだ」


 指示通りに握ると、蓮は少し下がって私の姿勢を確認していた。


「体勢は悪くない。この持ち方で戦え。試しに“気”を使ってあそこの的に投げてみろ」


 そんな無茶な……。

 蓮は早く投げろと言わんばかりの顔だ。


 的は二〜三メートル先に置かれていた。

 “気”を手に集中させる。


 ナイフの刃先が、僅かに光った。


「おい、それ……」


「……え?」


 蓮の声に反応した瞬間、するりとナイフが手から離れる。



 ――バキッ!!

 的が、粉々に砕け散った。


 蓮は目を見開き、すぐに深いため息をついた。


「“気”を使ってるんだぞ。手加減しろ」


「あんなになるなんて……思わなかったんですけど……」


「まあ、当たってはいたけどな」


 砕けた的の側に転がるナイフを一瞥し、蓮は銃を手に取った。


「次はこれだ。“気”を使うのを忘れるな……銃は壊すなよ」


 手渡されたそれは想像より重さを感じたが、“気”を使うと手の中で軽くなった。


「体勢は同じだ。撃て」


 引き金を引くと弾は的の端に命中した。


「初めてなのに、なんでこんなに上手いわけ?」


 蓮の目が鋭くなり、探るように問いかけた。


「私、射撃とか得意で……あ、本物は初めてだけど。ナイフもなんとなく投げてみただけで」


「それで、あんなに当たるものか……?」


 蓮は顎に手を当て何かを考え込んでいる。珍しいなぁ、と思ってガン見していると鬱陶しかったのか、無言で銃を回収された。


「まあいい、最初はこの2つが扱えれば十分だ。ナイフは近接戦で銃は遠距離に使う。とりあえずナイフだけは常備しておけ」


 ナイフを受け取り、カバーを付けて腰に固定する。


「こうすれば、すぐに取り出せるんだ」


 その仕様に感動して何度かナイフを出し入れしていると、蓮の肩がぴくりと動いた。


「あら〜? 誰が残っているのかと思ったら蓮くんと天音さんじゃな〜い!」


「れ、怜司先生!」


 振り返ると玲司先生が笑顔で私たちに近づいてきた。私が握っているナイフに気づくと、腰に手を当てて頬を膨らました。


「んもう、蓮くん! 天音さんには早いわよ! 慣れない子が使うと怪我しやすいのよ、知ってるでしょ?」


「……渡したのはナイフだけですよ。それに、投げるの得意みたいなんで」


 それを聞いた玲司先生は目を輝かせた。


「初日からすごいじゃない! 才能あるわ!」


 褒められて「えへへ」と照れ笑いをするが、蓮が砕けた的にちらりと視線を落としたのが見えて、内心ヒヤヒヤしている。


 ふと、蓮が思い出したように口を開いた。


「前に渡した護符は使ったのか?」


「う、うん!」


「もう一度、渡しておく」


 懐から取り出した護符を私に差し出した。怜司先生が意味ありげに、にやりと笑う。


「あら〜? そんな貴重な護符をあげるなんて、蓮くんも天音さんには優しいわね〜」


 蓮はバツが悪そうに顔をしかめた。


「……誤解しないでください。こいつをここに連れてきた責任があるだけです」


 はい、感謝しています。


「妖魔を見たら逃げろよ。あんたじゃまだ戦えない」


「わかりました! どこに逃げれば安全ですか?」


 私の安全確認の言葉は見事にスルーされ、蓮はそのまま口を閉ざして腕を軽く組んだ。


 ……私は至って真面目に聞いたつもりなんだけどな。


 後ろで笑いを堪えていた怜司先生が時計を確認した。


「そういえば、もうすぐ門限だけど戻らなくていいの?」


 窓の外に目を向けると夜の気配が濃くなっていた。


「俺はこの後、任務なんで…」


 短くそう言い、なぜか私へ視線を寄越して、静かに街の方に向かって行った。蓮が去ったことで私は急に不安になった。


「あの、妖魔とか出てきますよね?」


「いいえ、この一帯は強い結界が張られてるの。外部からの妖魔は入ってこれないわ」


 ほっと胸を撫で下ろし、寮に向けて走り出した――が。


「ちょっと待って! そっちは寮とは反対よ」


 慌てて踵を返す。


「そっちは中庭に戻っちゃうわよ! しょうがないわね、私が送ってあげる。方向音痴なのもかわいいわね」


 さらりとした物言いに大人の余裕を感じ、艶やかに微笑む玲司先生に少しドキッとしてしまった。





「あ! やっと帰ってきた!」


 体を引きずるように部屋に戻ると、大きな瞳が輝く女の子と目が合った。その子は勢いよく両手で私の手を包み込み、淡い桜色の髪をふわりと揺らした。


「わたしは篠宮結菜しのみやゆいな! ルームメイトの子が今日から来るって聞いてて待ってたの!」


「し、白瀬天音です!」

「あはは、タメでいいよ。天音!」


 初対面なのに、壁を感じさせない人懐っこさだ。


「うん! 結菜」


 もじもじと指先を動かしながら結菜は私を見上げた。


「天音は覚醒者って聞いたんだけど、ほんと?」


「本当だけど……」


 結菜の顔はぱあっと笑顔に変わった。


「やっぱり! すごい、女の子で覚醒者なんて初めて見た! 仲良くしようね」


 今日会ったクラスの子達みたいに、また何か言われるんじゃないかと少し怖かったけど、結菜の無邪気さに、張りつめていた糸がぷつんと切れた。こらえていた涙が、自然と頬を伝った。

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