退魔師の光〜覚醒した少女は退魔師を目指す〜

seika

一章

第1話 退魔師との出会い

 二十二時を過ぎた街には、私の靴音だけがやけに響いていた。こんな時間に外を歩くのは本当はアウトだ。妖魔が出るから。


 でも、家にも私の居場所なんてない。


 母の怒鳴り声と食器の割れる音の中で一晩過ごすくらいなら、両親が寝静まるまで避難場所に居ればいいだけ。


 鳥居が見えてくると、気持ちがふっと軽くなる。ここの神社には妖魔が近寄ってこない。理由は分からないけど一度だけ、祠に触れた瞬間に真っ黒い影が消えていったのを見たことがある。


 今日もあそこで……そう思った瞬間、ふと足を止めた。


 静かすぎる。


 さっきまで聞こえていた虫の声も、木々のざわめきも、いつの間にか消えていた。そして、誰かに見られている――そんな気配がした。


「……気のせい?」


 声に出してみるが返事なんて返ってくるはずもなく、むしろ不安はじんわりと膨らんでいく。



 ブーーッ、ブーーッ。


 唐突にスマホの音が響いた。


「うわっ! びっくりした……!」


 画面には退魔師学園からの通知が表示されていた。


 《応募資格がありません》と、真っ黒な文字で記されている。なんとも事務的な返しだ。何度応募してもこれ、理由すら教えてくれない。


「なにが駄目なの……」


 スマホを握りしめた時だった。


 街灯が“ぱちん”と切れた。

 停電かと思って辺りを見回すと、街灯近くの暗闇が揺れた。


「えっ……」


 生き物のようにゆらゆら動く黒いがこちらへ近づいてくる。ふわふわした毛玉みたいな……なんだろう、あれ。


 ぼんやり眺めていると、毛玉がニヤリと不気味に笑った。


 背筋がぞくっと凍りつく。


 あれは……妖魔だ。


 そう確信した時には、もう遅かった。

 毛玉みたいに飛び回っていた妖魔は一気に膨れ上がり、私を丸呑みにしようと大きく口を開いた。


「えっ、きゃっ……!」


 目の前が一瞬で闇に包まれた。



 ――――バンッ。 


 夜空を裂くような銃声が響いた。

 私を飲み込もうとした妖魔が弾け飛ぶ。


「……危ねぇな」


 屋根の上から低い声が降ってきた。


 黒いコートの青年が片手で銃を下ろしていた。月明かりの下で、冷えた瞳がこちらを見下ろす。


「あ、ありがとうございます!」


 彼はすっと遠くを見て小さく舌打ちした。


「礼はいらない。帰れ。」


 空に向かって軽く跳躍した彼は、屋根の影へ消えていった。



 ◇◇◇


 翌日の放課後。


 空はまだ明るいのに、私は昨日の光景が頭から離れなかった。


 ――あの人、絶対に退魔師だ。

 普通は一般人と退魔師が関わることはない。


 ……だから、チャンスだと思った。


 昨日の妖魔に襲われた場所へ行くと、地面に黒い灰のような跡がかすかに残っていた。やっぱり、あの人が妖魔を倒したんだ。


 私がしゃがんで覗き込んでいると――。


「……おい」


 背後から落ちるような低い声がした。


「ひゃっ!?」


 心臓が跳ねて振り返る。

 目の前に立っていたのは、彼だった。


 昨日と同じ黒いコートを羽織っていた。風の音に紛れて気配を全く感じなかった。退魔師ってみんな無音で近づくの!?


 彼はじっとこちらを見て、小さく眉をひそめた。


「……また夜に出歩くつもりか」


「ち、違います!これは、その……えっと……確認しに……」


 言い訳が口の中でぐちゃぐちゃになる。


 彼は呆れたように息を吐きつつ、ポケットから何かを取り出す。


「護符だ、持ってろ。雑魚くらいならこれで弾ける」


「え、えっ……私に? なんで……」


「……別に。あんたに死なれると仕事が増えるから」


 うん、納得。

 言い方はきついけど心配してくれてる……と思っておこう。


 護符からは人肌のような温かさが伝わってきた。本当に効きそう、これ。


「……ありがとうございます」


 そう言うと、彼はなぜか一瞬だけ目を逸らし「礼はいい……落とすなよ」と小声で付け足した。


 そのまま歩き去ろうと私の横を通り過ぎる。


「――あのっ!!」


 自分でも驚くほど大きい声が出た。


 気づけば私は、コートの端を摘んで彼を引き留めていた。案の定、振り返った彼は怪訝な顔をしている。


「退魔師……ですよね?」


「……だったら?」


 私の心臓の音がうるさい。聞こえてしまうんじゃないかと思うほどに。


 コートを握る手に自然と力が入る。


「私、退魔師を目指してるんです! どうしたらなれるか教えてください!」


 彼は目を大きく見開いた後、沈黙した。

 その沈黙は、風も音も飲み込んでしまいそうなほど長く感じた。


 そして――ゆっくりと私を見つめた。


「あんたには無理だ。首を突っ込むな」


 その声は揺るぎなく、私を突き放すようだった。

 胸の中にあった小さな希望が音を立てて崩れていくのが分かった。


 私はそっと手を離した。コートの端が風に揺れる。


「……そう、ですよね」


 彼は何も言い返すこともなく、そのまま背を向けて歩き去っていった。


 黒いコートの背中が夕陽の中で遠ざかっていき、姿が見えなくなるまで、私はただ立ち尽くしていた。

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