第12話 寝不足でダルくて保健室直行
昨日はホンマダルかった。どうでもええことダラダラダラダラ考えすぎて寝不足。トドメに貧血。体調はここしばらくで最悪や。女の身体が恨めしい……。
「もっとキビキビと歩かんかい、真下!」
校舎に入ろうとした瞬間やった。朝からバカでかい声でビクってさせられた。チッなんやねん。つい声の方を睨む。
「……おはようございます、茂野先生」
そこにダルい体育教師がいた。こんなにデカい図体なのに視界に入らなかったのが不思議だ。この人はなんかわたしに対して不意打ちしてくるのが上手い。あるいはわたしが人を見ていない(見たくない)のかもしれないが。
「そんな歩き方じゃ毎日往復二十キロ歩けんやろ?」
ウザっ!
てかさ学校でそれ言うなや!
「通学と本屋は別腹なんで」
言いながら昇降口に入ろうとする。体調悪いねんマジで。あー逃げ出したい。
「一回陸上部、見学に来んか?」
は?
「なんて?」
「早見に前言われたやろ? 一向に来んから心配しとったんや」
いや心配て。心配て! あれでわたしがどれだけ心揺さぶられたか知らんのやろ? アンタにとっちゃどうでもええことなんやろけども。わたしはアレホンマ鬼ダルかったんやから。てか体調悪いねんマジでマジでマジで!!
「行きます」
「おー、来いよ!」
「……保健室に」
わたしはフラフラとした足取りで教室ではなく保健室に直行した。
保健室のベッドはやけに白くてまぶしかった。
ここに寝転がると健康な人間のほうが異常なんちゃうかってなる。
みんなしんどいやろ? よう頑張ってるな……。
わたしは毛布にくるまってぼんやり天井を見つめていた。
「顔色悪いなー真下。今日休んどき」
保健の先生がつっけんどんに言いながら絞りの甘い濡れタオルを渡してくる。
「ビシャビシャ」
「その方が長持ちするやろ?」
ふざけてるわ。これで保健室担当務まるなら誰でもやれるんちゃう?
昨日はほとんど寝てない。
どうでもええことが次々浮かんできていつの間にか脳が熱暴走していた。
“高校卒業したら家追い出されるんちゃう?”
“TSUDAYAで働ける自分なんてホンマに出現するんか?”
“嫁にもいけん。働きもせん。ただ漫画読むだけ。そんな人間生きててええんか……?”
考えても仕方ないのに止まらん。まさかこんなに自分の将来について悩むことになるとは夢にも思わなかった。
取り柄がない。マジで。漫画読むだけで給料くれる世界があったらええのに。
そんなことをぐるんぐるん考えてて。
寝ようとしてたのに結局寝れんくて。眠たかったのに脳が眠らせてくれんかった。
そのまま朝が来て気付いたら足取りが地面にめり込むくらい重たかった。こんなん初めてやってくらいに。
遠くでチャイムが鳴る。授業が始まる時間。
「早退してもええよ? 担任の先生には言っとくから」
先生が言う。わたしには過ぎたる言葉だと思う。
「……大丈夫です。もうちょっと寝たら戻ります」
自分で言っておきながら「なんで?」って思う。けどそうせんと自分が崩れてしまいそうで堪らんかった。
わたしはただ弱い自分を受け入れたくないだけ。
調子が悪いのと眠れないのと。最悪のコンボやけどもこれから歳を取っていくとこんなんも珍しいことじゃなくなっていくのかもしれん。今日負けたら今後もずっと負ける気がした。
先生が笑って「無理すんなよー」とカーテンを閉めた。
いっしょに目も閉じた。
……夢を見た。
いつもの道を歩いている。もう目を瞑ってでも歩けそうな馴染みのルート。
けど地面が柔らかくて足が沈む。
前方に茂野が立ってて腕を組んでこっち見てる。
「真下、それじゃ前に進めんぞ」
隣に早見も立っていた。相変わらず陽の者だ。
声は淡々としてるのになぜか胸がざわついた。
何か返そうとしても声が出ない。代わりに足が止まる。
わたしはただ重い身体をどうにか動かそうと必死になっていた。
――黙れや体育会系。
そう言いたくて口を開くのに出てくるのは息だけ。
――わたしを巻き込むな。放っておいてくれ。アンタらの人性にわたしがなんかしたか? 邪魔したか?
してへんやろ。関係ないやん。勘弁してくれ。
目が覚める。
保健室の中は静か。
時計を見たら二時限目が終わるところ。
テーブルの上に紙コップの水とチョコが置いてあった。
施しを受けた。情けない。ありがたい。そう思いながらチョコを口に入れる。
少しだけ頭がクリアになった気がした。
――歩く。
頭の中でその言葉が響いた。
どれだけダルくても結局わたしはまた歩く。
それが「いつも通り」になってしまってる。
体調が悪くても。眠くても。歩く。
カーテンの隙間から外の光が差し込んでくる。
グラウンドからは誰かの走る音。
ああ。体育の時間か。
茂野の声もきっと混ざってるんやろな。
『もっとキビキビ歩かんかい!』
――やかましいわ。
でもちょっとだけ笑ってしまった。
最悪の日やけど体育に出んで済んだのだけはよかったかな。
身体はまだ重たい。
けど。それでも。
靴を履いて立ち上がる。
足元が安定するまで数秒。
それからゆっくりと歩き出した。
廊下の先。窓の向こうに昼の光が広がってる。
まぶしくて目を細めた。
教室へ行く。わたしは帰らない。
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