第8話 希望を持つのは裏切られた時ダルいから全てを諦めることにした
人間はダルい。
そしてわたし自身も。なぜなら人間だから。
人間というのはどうしてこんなに忘れっぽいのか。小学校の頃にあれだけ嫌な思いをさせられたにも関わらずまだ人間に対して希望を持つなんて……。
アホや。ハッキリ言ってアホ。
“まさか早見はわたしと友達になりたいのだろうか?”
んなわけないやん。痴れもんか! あり得ん。思い返すと自傷行為に走りそうになる――頭をポカッと叩くなど。無駄にヘドバンして脳を痛めつけるなど。
走りそうになるというか走っている。TSUDAYAへ向かう道すがら必要以上に頭を振って歩く。合理的な行動じゃない。頭を振ってもフラフラするだけで大して歩きが速くなるわけじゃない。それでもやらずにいられなかった。かつて受けた屈辱をたった十年足らずであっさりと忘れ去ってしまう自分の脳への怒りだった。
「君アスリートやしこれ読んだらえんちゃう?」
漫画売り場で例の馴れ馴れしい若い店員に突然声をかけられた。キレそうだった。
突然話しかけんな。こちとら漫画売り場で深呼吸して感情のコントロールをしてる最中やねん邪魔すんなやマジで。
そう言いたかったがさすがに堪えた。そんな口を聞ける関係性じゃない。
「なんですかこれ」
「知らん? いや俺もよう知らんねんけど。なんかオリンピックの漫画やからええかなって」
そもそも認識がおかしい。まずわたしはアスリートじゃない。というかアスリートってなに? それもわからないがどちらにせよ違う。
「元オリンピック選手の人が描いとる漫画やねんて」
「スポーツ選手に漫画が描けるわけないじゃないですか。嘘ですよ」
店員から本をひったくると原作と作画が分かれている作品だと分かった。おそらく原作がスポーツ選手ということなんだろう。案の定である。
漫画を作るのは漫画家。原作者がネームやシナリオを書いているなら別だがスポーツ選手にそんなことできるわけがない。原作といってもすでに世間で語り継がれている事実をそのまま漫画にさせてもらう許可を得たとかそんなだろう。あるいは漫画家との雑談で武勇伝を語りそれを漫画化するなど。いずれにせよ製作におけるイニシアチブは漫画家が握っているはず。
この漫画が売れているとしたらそれは原作者のネームバリューもあるのかもしれない。ただこうして実際にお出しされた作品が仮に面白いとしたら漫画家の手柄だ。それだけは絶対に譲れない。譲りたくない。
単行本を店員に返した。わたしは漫画自体が面白ければ読むジャンルは問わない。ただ今は――今だけはスポーツ漫画の気分じゃない。スポーツ的なあらゆるものからとにかく距離を置きたかった。
「今日は“主人公が一人きりでなにかする話”が読みたいんで。サーセン」
孤独がいい。誰とも話したくない。人間はわたしの世界を掻き乱す。いっそ人前に出る時だけ目も耳も潰れてしまえばいいとさえ思う。何も見えない。聞こえない。感じない。人の波から抜け出せないならせめて感覚を遮断したい。
希望はいらない。ただ自分が自分でいられる世界に閉じこもっていたい。それはわたしにとって漫画の中にしかないのだ。
「それやったら『孤高のグルメ』やない? オッサンが一人でいろんなメシ屋食って回る話」
……どちらかというとオッサンより若い女が主人公の方が癒されるかな?
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