第6話
ミーナが持つたいまつの明かりを頼りに、私たちは廃坑の奥へと進んでいく。
壁からは水がしたたり落ち、ぽちゃんと不気味な音を立てていました。
昔はここで、鉱石を掘っていたのでしょう。
あちこちに、つるはしの跡が生々しく残っています。
「この辺りでいいかしら、もう入り口の光は見えないわ」
しばらく歩いたところで、ミーナが立ち止まりました。
彼女の言う通りに振り返っても、そこにあるのは完全な闇だけです。
たいまつの明かりがなければ、一歩も進めないでしょう。
「じゃあ、火を消すわよ」
ミーナがたいまつの火を踏み消すと、私たちの周りは本当の闇に包まれました。
自分の手さえも見えない、絶対的な暗闇です。
聞こえるのは、互いの呼吸の音と壁からしたたる水音だけでした。
少し、心細くなってきます。
「うわ、本当に何も見えないわね。じゃあ、これを飲むわよ」
ごくり、とミーナが唾を飲み込む音が、暗闇の中でやけに大きく聞こえました。
そして、コルクを抜く音と液体を飲む音がします。
私は息をのんで、その結果を待ちました。
数秒の沈黙が、永遠のように感じられます。
「あれ、何も変わらない、かな……?」
ミーナの少しがっかりしたような声が、暗闇に響きました。
失敗だったのでしょうか。
いや、そんなはずはありません、あれだけ完璧な手順を踏んだのです。
そう思った、次の瞬間でした。
「うわっ、な、なにこれ!?」
ミーナが、とても驚いた声を上げました。
その声は、驚きと興奮と、信じられないという感情が混じっています。
「ど、どうしましたかミーナさん!?」
「見える、見えるわエリアーナさん! 暗闇なのに、全部ハッキリと見えるの!」
彼女の興奮が、声の調子から伝わってきます。
ポーションは、成功したのです。
「本当ですか、どんな風に見えるんですか?」
「どんなって、まるで昼間みたいに! いや、それ以上かもしれないわ!」
「壁の岩の感じとか、地面の小石の一つ一つまで、くっきりと見えるの! 色も、ちゃんと分かるわ!」
どうやら、実験は成功したようです。
しかも、私が想像していた以上の効果が出ました。
ただ明るく見えるだけでなく、物の輪郭や色彩、距離感まで正確に分かるようです。
「気分が悪くなったり、目がちかちかしたりはしませんか?」
「全然、むしろいつもより視界がはっきりして気持ちいいくらいよ! これ、すごいわ! 本当に、すごい!」
ミーナは子供のようにはしゃいで、廃坑の中をぴょんぴょんと跳ね回っています。
暗闇の中でも、彼女の動きは全く危なげありません。
まるで、光の中で踊っているかのようでした。
「すごい、これがあれば、どんな暗いダンジョンでもたいまつ無しで進めるわ」
「罠も見つけ放題だし、敵の不意打ちにもすぐ気づける、革命的よこれは!」
彼女は私の手を取って、ぶんぶんと上下に振りました。
その喜びようを見て、私も心から嬉しくなりました。
私の作ったものが、こんなにも誰かを喜ばせることができるなんて。
薬師になって、本当に良かったです。
「効果時間は、どれくらい持ちそうですか?」
「そうね、飲んでからもう結構経つけど、効果が落ちる気配は全くないわ。まだまだ、持ちそうよ」
その後も、私たちは一時間ほど廃坑の中で効果を確かめました。
結果、暗視効果は一時間以上続き、効果が切れた後も特に副作用は見られません。
実験は、大成功と言っていいでしょう。
「エリアーナさん、あんたは天才よ! あたし、一生あんたについていくわ!」
廃坑から出た後も、ミーナの興奮は冷めない様子でした。
彼女は私の工房までついてきて、量産するなら一番に売ってくれと何度も頼んでいきました。
彼女の気持ちは、とてもよく分かります。
このポーションは、斥候という職業のあり方を変えてしまうかもしれません。
翌日、私はバルトさんに実験の成功を報告しました。
ミーナからも話を聞いていたらしく、彼はすでに興奮しているようでした。
「聞いたぜ、エリアーナ! とんでもない物を作ったらしいじゃないか!」
「はい、自分でも驚くほどの出来でした」
「よし、すぐに量産だ! 材料は、ギルドで可能な限り集めさせる!」
「値段はどうする? 回復ポーションと、同じわけにはいかないぞ」
「そうですね、材料も貴重ですし、作る手間もかかりますから。一本、銀貨二十枚でいかがでしょうか」
回復ポーションの倍以上の値段ですが、バルトさんはそれでも安すぎると言いたそうな顔をしました。
しかし、私の決定を尊重してくれるようです。
早速、私は暗視ポーションの量産に取り掛かりました。
一度作り方が分かってしまえば、あとは同じ作業を繰り返すだけです。
プルンとの連携も、ますます良くなっています。
数日後、ギルドの受付に「エリアーナ特製・高性能暗視ポーション」が並びました。
ミーナを始めとする斥候の冒険者たちが、噂を聞きつけて殺到します。
銀貨二十枚という価格にもかかわらず、用意した三十本はあっという間に売り切れました。
そして、その効果はすぐにフロンティアの町に衝撃を与えました。
「このポーションのおかげで、誰も行けなかったダンジョンの最下層にたどり着けたぞ!」
「夜の不意打ち任務が、怖いくらいに楽になった!」
「もう、たいまつを持ち歩く必要がないな!」
冒険者たちの活動時間は夜にまで広がり、攻略不可能とされたダンジョンの探索も活発になりました。
町の経済は、目に見えて豊かになり始めています。
私の工房の前には、毎日たくさんの冒険者が訪れるようになりました。
そして、感謝の言葉と共に、珍しい差し入れを置いていってくれます。
私の名前は、フロンティアの町で知らない者はいないほどになっていました。
暗視ポーションの生産も安定し、工房の経営も順調です。
私は、次のポーションの開発を始めることにしました。
冒険者たちからの要望が、回復ポーションの次に多かったスタミナ回復ポーションです。
材料は、すでに冒険者たちが集めてくれていました。
素早く空を飛ぶ、疾風鳥の羽根。
強い生命力を持つ、岩トカゲの肝。
どちらも、栄養がありそうな素材です。
「疲労回復と、エネルギー補給。前世の栄養ドリンクが、参考になるかしら」
私は研究者の顔に戻り、作業台の上で材料を分析し始めます。
回復ポーションが「治癒」で、暗視ポーションが「付与」なら、スタミナ回復ポーションは「活性」の分野です。
身体に直接作用する分、材料のバランスがより重要になります。
疾風鳥の羽根からは、持続力を高める成分が抽出できました。
岩トカゲの肝からは、すぐにエネルギー源となる成分が抽出できました。
「この二つを、どうやって組み合わせるか」
単純に混ぜるだけでは、効果は半分になってしまうでしょう。
二つの成分が体内で効率よく吸収され、良い効果を生み出す工夫が必要です。
私は聖水を使い、様々な割合を試しながら、試作品を作り続けました。
しかし、どうも納得のいく効果が得られません。
「うーん、何かが足りない。もう一押し、何かが必要な気がする」
私が腕を組んで悩んでいると、肩の上のプルンが、試作品の入ったビーカーに興味を示しました。
そして、ぴょんと飛び移ると、ビーカーの中の液体を飲み始めたのです。
「あっ、こらプルン! それは、まだ未完成なんだから!」
慌ててプルンを引き離そうとした、その時でした。
プルンの体が、淡い緑色に輝き始めたのです。
そして、プルンがビーカーの中に、ぽとりと小さなゼリー状の物質を落としました。
その緑色のゼリー状物質が液体に溶けた瞬間、ビーカーの中の液体が、命を宿したかのように力強く脈動し始めました。
「え……?」
私は、目の前の現象が信じられませんでした。
プルンが、二つの成分を体内で合成し、全く新しい物質を生み出したのでしょうか。
これは、ただの分離やろ過の能力ではありません。
物質を、より効果の高い別の物質へと「変換」する能力です。
私は、相棒の持つとんでもない可能性に気づき、驚きと興奮で体が震えるのを感じました。
「プルン、あなた、もしかして……」
私は急いで新しいビーカーを用意し、再び二つの抽出液を注ぎ込みます。
そして、プルンが生み出した緑色のゼリーを、ほんの少しだけ加えてみた。
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