第21話

村の入り口へ続く道は、不気味なほどに静まり返っていた。

空には、厚い雲が低く垂れ込めている。

まるで、これからの戦いを予感させるかのようであった。


私は、ギュンターさんが連れてきた十人の男たちと一緒にいた。

村を守るための最終確認を、しているところだ。

私たちの足元には、いくつかの奇妙な装置が置いてある。

それは、私がこの日のために特別に作った化学兵器だった。


「お嬢ちゃん、本当にこんな物で、あの軍隊と戦えるのかい」


隣に立つギュンターさんが、心配そうな声で尋ねる。

彼の顔には、隠せない緊張の色が浮かんでいた。

無理もないことだろう。

相手は、王国の優れた者たちで組まれた正規軍なのだ。

その数は、目で見ただけでも千人は超えている。

私たちは、たった十数人しかいない。

戦力の差は、どうしようもないほど開いていた。


「ええ、大丈夫ですよ、ギュンターさん」

私は、落ち着いた声で答えた。

「兵士の数なんて、問題ではありません。戦いの勝ち負けを決めるのは、いつでも知恵と技術の差なのですから」


私の冷静な態度を見て、ギュンターさんは少しだけ落ち着いたようだ。

彼は、ごくりと喉を鳴らす。

そして、私が用意した装置をもう一度見つめた。

それは、大きな木の樽を新しく作り直した単純な物だ。

中には、私が混ぜ合わせた特別な液体と金属の塊が入っている。

樽の上の方には、蓋が取り付けてあった。

そして、その蓋には長い導火線がつながっている。


「いいですか、皆さん」

私は、集まった男たちの方を向いて最後の指示を出した。

「私が合図をしたら、この導火線に火を付けてください。そして、すぐに校舎まで逃げるのです。絶対に、後ろを振り返ってはいけませんよ」


男たちは、固い顔で力強くうなずいた。

彼らの瞳には、恐怖よりも私を信じる気持ちが強く浮かんでいる。

彼らは、私がこれまで起こした奇跡をその目で見てきた。

だから、信じることができるのだ。

この絶望的な状況でも、私が必ず勝利に導くと。


やがて、遠くから地面が響くような音が聞こえ始めた。

王国の軍隊が、とうとうその姿を見せたのだ。

きれいに列を組んだ兵士たちが、大地を覆うようにこちらへ進んでくる。

その先頭には、とても豪華な飾りが付いた馬に乗る二人の姿があった。

間違いない、第一王子のジークフリードと聖女エリアーデだ。


彼らは、村の入り口から百メートルほど前で軍を止めた。

ジークフリードが、馬の上からいばった態度でこちらを見下ろす。

その顔には、勝利を信じている者の余裕の笑みがあった。


「リディア・フォン・アウスバッハ、まだそんな田舎の地で生きていたか」

彼の声は、大きく響かせる魔法で鳴り響く。

「お前の悪運も、今日で終わりだ。神聖な聖女エリアーデ様の名において、魔女であるお前をここで処刑する」


彼の隣で、エリアーデが聖女らしい優しい笑みを浮かべていた。

しかし、その目の奥には私への嫉妬と憎しみの炎が見て取れた。

「リディアさん、今からでも、遅くはありません」

彼女は、わざと悲しそうな声を作って言った。

「神に逆らった罪を認め、反省するならジークフリード様もお許しくださるでしょう。さあ、その汚れた土の上にひざまずきなさい」


見事な、芝居であった。

彼らは、自分たちが絶対の正義で勝者だと信じている。

その愚かさが、私にはかわいそうにさえ思えた。


「ジークフリード様、エリアーデ、お久しぶりですわね」

私も、魔法で声を大きくして返した。

「わざわざ、こんな田舎まで来てくださるとはご苦労様です。ですが、あなた方がひざまずかせるべき相手は私ではないようですよ」


「何だと」

ジークフリードが、眉をしかめる。


「あなた方が、今まさに足を踏み入れようとしているこの土地そのものです」


私の謎めいた言葉に、ジークフリードは一瞬戸惑った顔を見せた。

だが、すぐにそれを馬鹿にしたような笑みで消してしまう。

「ほざけ、魔女め。もはや、言葉遊びは通用しないぞ」

「全軍、突撃だ。あの魔女を捕らえ、村人どもは一人残らず滅ぼしてしまえ」


彼の無慈悲な命令と同時に、王国の兵士たちが叫び声を上げて殺到してきた。

大地が、彼らの軍靴の音で揺れる。

その光景は、まるで鉄砲水のようだった。

普通の人間なら、その迫力だけで腰を抜かすだろう。

だが、私の心は落ち着いていた。

まるで、実験の成功を待つ科学者のように。


「……今です」


私は、静かにつぶやいた。

その合図で、ギュンターさんたちが一斉に樽の導火線に火を点ける。

導火線は、シューという音を立てて燃え進んだ。

私たちは、すぐに校舎の方向へと走り出す。


「何だ、あれは」

「敵が、何かを仕掛けたぞ」


突撃してくる兵士たちの中から、そんな声が聞こえた。

彼らは、地面に置かれた奇妙な樽に気づいたらしい。

だが、もはや手遅れだった。

導火線の火が、樽の中へと届く。


その瞬間、世界から音が消えたように感じた。

実際には、耳が破れそうなほどの大きな音が響いていた。

いくつもの樽が、同時に爆発したのだ。

しかし、それは炎が出る爆発ではない。

樽の中から、濃い白い煙がものすごい勢いで吹き出した。


あっという間に、村の入り口あたりが視界のない白い闇に包まれる。

突撃してきた兵士たちは、方向が分からなくなり互いにぶつかり合って混乱した。


「な、何だこの煙は」

「目が見えない、息が苦しいぞ」


だが、本当の恐怖はそこから始まった。

私が樽の中に仕込んだのは、ただの発煙筒ではない。

それは、水と反応して燃えやすいガスを出す特別な化学物質だった。

空気の中の水分と反応し、大量の水素ガスと熱を出すのだ。

そして、その熱がさらに反応を進ませて爆発的な量の水素ガスを周りにまき散らす。


無色無臭の水素ガスが、白い煙に混じって戦場に満ちていく。

兵士たちは、自分たちが巨大なガス爆弾の中心にいることに全く気づいていなかった。


「ふふふ、さあショーの第二幕の始まりですわ」


校舎の屋上からその様子を見ていた私は、静かにつぶやいた。

そして、一本の火矢を手に取る。

弓を強く引き、白い煙の中心に狙いを定めた。

ヒュン、という音と共に火矢が空を切って飛んでいく。


火矢が、白い煙の中に吸い込まれた次の瞬間。

世界が、強い光に包まれた。


ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオン。


この世の物とは思えないほど、大きな爆発が起こった。

水素と酸素が、爆発するように結びつく。

すさまじい衝撃波が、大地を揺らし空気を震わせた。

爆発の中心にいた兵士たちは、悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばされる。

鎧など、まるで紙切れのようだった。

人の体は、一瞬で消えてしまう。


爆炎は、巨大なキノコ雲となって空高く上がった。

その熱波は、何百メートルも離れた校舎の壁さえも熱くさせた。

王国の軍隊は、先頭の部隊のほとんどを一度に失った。

彼らは、自分が何に殺されたのかさえ分からなかっただろう。


「な……な……」


後ろでその光景を見ていたジークフリードとエリアーデは、声も出せずに立っていた。

彼らの顔は、驚きと恐怖で真っ白になっている。

自分たちが信じてきた魔法や剣の力が、全く役に立たない。

理解できない、圧倒的な破壊の力。

それは、彼らの小さな常識を粉々に壊すのに十分すぎた。


戦場には、静けさが戻った。

残されたのは、大きくえぐられた地面と黒焦げになったたくさんの死体だけだ。

生き残った兵士たちも、戦う気持ちを完全に失っている。

武器を捨て、その場に座り込んで震えていた。

あるいは、狂ったように叫んで逃げようとする者もいる。

もはや、軍隊としてまとまってはいなかった。


「さて、どうしますか、ジークフリード様」

私は、もう一度魔法で彼らに話しかけた。

その声は、悪魔のささやきのように戦場に響き渡る。

「私のささやかな歓迎は、お楽しみいただけましたでしょうか」


「き、貴様……化け物め……」

ジークフリードが、震える声でやっとそれだけを言った。


「化け物、ですか。いいえ、私はただの科学者ですわ」

「あなた方が捨てた、ただの無能な公爵令嬢ですよ」


私は、わざと優雅にほほ笑んでみせた。

そして、もう一つの合図を送る。

すると、校舎の周りに隠れていた村人たちが一斉に姿を見せた。

彼らの手には、私が作らせたもう一つの秘密兵器が握られている。

それは、大きな注射器のような形をした水鉄砲だった。

しかし、その中身はただの水ではない。

原油から作った、高純度のガソリンだ。


「さあ、皆さん。畑に水をまく時間ですわ」

「あの汚れた土を、きれいに洗い流して差し上げましょう」


私の言葉を合図に、村人たちが一斉にガソリンを生き残った兵士たちにかけた。

ガソリンのシャワーを浴びた兵士たちは、何が起きたか分からずにぼうっとしている。

ジークフリードとエリアーデの周りにも、大量のガソリンが降り注いだ。

彼らの豪華な服は、あっという間に油まみれになる。


「ひ、ひいっ」

エリアーデが、悲鳴を上げた。

彼女は、やっと私の狙いに気づいたようだ。

私が、次に何をしようとしているのかを。


「それでは、最後の仕上げといきましょうか」


私は、もう一本の火矢を手にした。

そして、今度はジークフリードの足元に狙いを定める。

弓が、ゆっくりと引かれていく。

その先で、炎があやしく揺れていた。

それは、彼らの罪を焼き尽くすための裁きの炎だ。

絶望に染まったジークフリードの顔が、私の目に焼き付いていた。

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