静奈に降りかかった運命
すどう零
第1話 行方不明になっていたかつてのクラスメートとの再会
世の中はどんどんと目まぐるしく変わっていく。
これからどんなことが起こるか、誰にも予測できないが、世の波に乗り遅れてはならない。
AIロボットは情報過多で、流暢なしゃべりをし、悩みの相談に乗ってくれたり、塾代わりに勉強を教えてくれたり、旅行のプランまで練ってくれたりするという。
しかしそれを選択し、判断するのは人間でしかない。
千尋は、神様を知ることこそが、有意義な情報であると確信していた。
AIは人が創造した便利なものであるが、それに頼りすぎると、自ら考える力を失いつつある。
それにより、できる筈のことができなくなってしまい、間違った方向に進むこともある。
やはり人を創造された神様こそに、頼るべきである。
二十歳になった千尋がそんなことを考えながら歩いていると、向こうから高校のクラスメートだった静奈が歩いてきた。
金髪にアップし、薄化粧の静奈は、気むずかしそうな表情をしていた。
静奈とは、クラスメートではあったが、挨拶程度で話したこともない。
静奈は、クラスではおとなしい存在であった。
いわゆる悪党ではないのだが、無口でとっつきにくい雰囲気をもっていた。
ところがそんな静奈が、高校三年の夏休みを過ぎてから一日も登校しなくなってしまった。
静奈にはクラスメートの友達が一人いたが、その友達のところにも連絡はない。
とうとう担任が、静奈が行方不明になり、何の連絡もないので、静奈の母親は心労が重なって入院する羽目になり、二重の苦しみを負うようになってしまったという。
担任はクラスメートの前で静奈のことはどんな小さなことでもいいから、連絡してほしいという報告があった。
しかし千尋は、静奈とは挨拶程度で付き合いもなかったので、静奈のことは何も知らないし、知る由もない。
夏休みの二か月後、十月になったとき、静奈が制服姿で教室に現れた。といっても、復学したわけではなく、退学届けを出したという。
静奈とつきあいのあったクラスメートはなつかしがった。
幸い、静奈は元気そうな様子で、手荒な目にあったわけでもなかったらしい。
しかし、親にも友達にさえ一度たりとも連絡がないということは、なにかに利用され、秘密にするよう口止めされていたのだろうか。
静奈の気むずかしい表情と相対するかのような、派手な太い金のブレスレットを見せびらかしながら、静奈は声をかけてきた。
「ねえ、千尋、久しぶりね。千尋が高校卒業してから三か月ぶりね。
私ついに彼氏ができちゃったの。
このブレスレット、彼氏とお揃いよ」
千尋は、静奈が高3の夏休み以来行方不明になったのは、男がらみにちがいないと思っていた。
おとなしめで無口な静奈をだますなんて、ワル男にしたら朝飯前だろう。
千尋は、ふと思い浮かんだことを口にしてしまった。
「その彼氏というのは、ホストだったりして、アッ失礼。報道番組の見過ぎでした」
静奈は冷静に言った。
「当たらずしも遠からずってところね。でも彼、もうすぐホストを辞めるって言ってたわ。だから、私はそれまで私、ふたば屋で働くことにしたの。
ほら、アカデミッククラブを売り物にしている、ミナミの新規クラブよ。
私、いろんな資格を所得したからね、それを生かしてアカデミッククラブで働くつもりよ」
千尋は、思わず怪訝な顔をした。
静奈は、失礼ながら高校中退の筈。アカデミッククラブに勤まるのだろうか?
「バンス(前金)なしで、一日見習いをしてみるつもりよ。
ほら、千尋も知ってる通り、私って人見知りだったでしょう。
若いうちに克服しなきゃと思ったのよ」
心配そうな千尋の表情を見透かすように、静奈は言った。
「私、高校を中退してから通信制高校に入学したの。幸い、今までとった単位は認められたから、楽ちんだったわ。
今、高校生の十分の一が通信制高校なのよね。
中学のとき、不登校だったとか、進学校を中退したとか、スポーツ選手で全日制に通うことができなかったとか、いろいろ事情はある人が多かった。
面倒くさいグループ交際とは無縁だったわ。
私は、そのなかでは優等生だったのよね。
通信制は、週に二、三回、通学したらよかったので、私はいろんな資格もとったわ。簿記2級、マウス検定、ワードエクセル共に上級、アクセスもとったわ。
漢字検定、文書検定共に2級、介護職員主任検定も合格したわ、といっても、あれは出席さえすれば、誰でも合格できるんだけどね」
千尋は感心して言った。
「静奈って努力家なのね。私も見習わなきゃね。
今だから言うけれど、私、静奈が行方不明になったとき、心配したわ。
だって、一か月半もなんの連絡もなく、消息不明だったでしょう。
外国へ売られてるんじゃないかとか、なにかの逆恨みから暗殺されたんじゃないとか、静奈って演劇部だったでしょう。だから演技派を生かして、オレオレ詐欺のような犯罪に利用されたんじゃないかなとか、心配しだしたらキリがなかったけどね」
静奈はしみじみと言った。
「千尋の推理、当たらずしも遠からずよ。
実はあの頃の私の家は夫婦喧嘩が絶えなかったの。
原因は、私の父の浮気よね。
私の家は、もともとは弁当屋を経営してたの。
母はアイディアマンでね、いろんなメニューを考案してたわ。
たとえば、おからおにぎりとか、魚のアラを使った煮物とか、じゃがいもや大根の皮を使ったきんぴら風煮物とか、安くて美味しいものを売ってたの。
そしてそのおかずを、わっぱ飯のように彩りよく、ご飯の上に乗せてまぜご飯風にしていたの。そうすれば、古米をつかっても、大丈夫だったわ」
千尋は思いついたままに言った。
「私のやり方だけど、ご飯を炊く時は酢を小さじ一杯くらい入れるといいわ。
そして煮物には、酢と炭酸水を少々いれるの。そうすれば柔らかくなるし、ガス代の節約になるわよ」
静奈は嬉しそうに言った。
「いいこと教えてもらってありがとう。
そして母は、子供には簡単なクイズ問題をだしたの。回答は今度、来店してからのお楽しみというスタンスをとったの。
すると、子供には喜ばれ、弁当だけじゃなくて、二百円お惣菜を買いにくる子も増えてきたの。
そして母は、来店客には必ずお天気の話をするの。
『今日はいいお天気、でも昼からにわか雨になりそうですよとか、今年の夏は猛暑だったけど、秋の期間は短くてひとっとびに冬になりそうですよ。
手袋と腹巻が必須ですね』とかね。
気候の話は誰にでも共通で、政治の話のように当たり障りのある話じゃないからね。また高齢者で足の弱い人には、足首に磁気ネックレスを蒔くと、痛さから解放されますよとアイディアを披露していたわ」
千尋は感心した。
「そうかあ、子供の心をつかんだら、親の心までつかめるものね。
なかなかのグッドアイディアね。
磁気ネックレスというのは、心臓のペースメーカーをしている人には、控えた方がいいけれど、足だったらなんの問題もないわね。
静奈のお母さんってなかなかのアイディアマンね。
この頃、高齢者を狙う詐欺が流行っているけど、あれは高齢者はコミュニケーションに飢えてるからだというわ。
若い人とは話が合わないし、時代にもついていけそうにない。
そんなときに、あたかも自分の面倒をみてくれる疑似家族ような人がいれば、ついつい心を許してしまうわね。
しかし、静奈のお母さんのように気さくに声をかけられ、しかも生活の知恵まで教えてもらえると、助かる存在よね」
すると、意外なことに急に静奈は号泣した。
えっ、私何か悪いこと言ったのかなと千尋は、一瞬面食らった。
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