第28話 サキュ兄の武勇伝を聞きたい

 ユナさんとの手合わせの後、当人との関係以外にも変わったことがあった。

 第一騎士団の男性陣から声を掛けられる機会が、滅茶苦茶多くなったのだ。

 例えば。


「実はおれ、関節技とか絞め技が苦手で練習してるんですが、サキュ兄にご指導などしていただくわけには……」

「ぼくでよければいいですよ」

「ありがとうございます!」


 などという真剣な訓練相談などから、


「サキュ兄の武勇伝を聞きたいッス! きっとサキュ兄のことだから、オーガとかゴーレムとか倒しまくりッスよね? おれは今回初めての魔獣討伐なんで、色々聞きたいッス! あと小隊のみんなも聞きたいって言ってました!」

「そうですか? じゃあ一度そっちに顔を出しますよ」

「やったッス!」


 なんて雑談半分のゲストとして。そして、


「──是非とも、サキュ兄の夜の武勇伝をお聞かせ願いたい。そして願わくば、おれの娼館デビューに同行してくれないだろうか……!」

「どうしてぼくに頼むんですか!?」

「どうしてもなにも……? 貴殿はサキュバス騎士団唯一の男性にして、姫騎士シオンと師弟関係。それに加えて、今まで決して男に靡かなかった堅物処女のユナ将軍まで堕とした、まさしく魔性の男ではないか……! さぞかし夜の戦績もまあご立派なのだろうと、皆で囁きあっているぞ……!!」

「風評被害も甚だしいんですけどねえ!?」


 ……まあそんな感じである。

 どうやら話を聞いていると、第一騎士団の中でもユナさんの実力は飛び抜けているものの、一方で爆乳ダークエルフハーフであるユナさんに、体術などの身体が密着する技術を指導してくれとはさすがに言い出せず。

 そうしてずっと困っていたところに、都合良く現れたのがぼくだったようだ。

 さすがにサキュバスの口説き方とか聞いてくるのはジョークの類い……だと思いたい。


 ぼくの呼び方も、サキュ兄がすっかり定着してしまった。

 サキュバス兄さん、略してサキュ兄なんだとか。

 ぼくはサキュバスじゃないと何度言ったけれど、誰も直さないのでもう諦めた。

 ある意味では親しみを持たれた証拠なのだろう。たぶん。


 ──そんなこんなで、ぼくが第一騎士団の面々に呼ばれまくり。

 必然的にシオンと一緒にいる時間が減っていった、そんなある日。

 シオンが熱を出して倒れたと連絡が入った。 


 ****


 その日は前夜に辺境の都市へ到着していたので、シオンとユナさんは領主の館に泊まっていた。

 ぼくが駆けつけると、シオンは客間のベッドに毛布を被って横になっていて。

 その枕元には、なぜか苦笑したユナさんがいた。


「シオン、体調はどう?」

「あっ、師匠……!」

「…………?」


 シオンが毛布で口元を隠すようにしてぼくを見たとき、なぜか違和感を覚える。

 なんだろうかと数秒考えてティンと来た。

 この現状、パッと見ただけでも怪しい点が三つある。


 その一。いかにもわざとらしい弱々しげな仕草が怪しい。

 シオンはこう見えて根性のある娘なので、本当にキツいときはかえって平気そうに振る舞うタイプだ。けれど今はその真逆である。

 その二。ユナさんにシオンを心配している様子がまるで無い。

 看病どころか、なんなら出来の悪い茶番を見ているような顔をしているのはなぜなのか。

 そしてその三。ぼくが観察する限り、シオンは至って健康体である。

 呼吸の乱れや発熱も見られず、体幹も正常。ぼくを見て真っ赤になっている事を除けば、顔色だっていつも通りだ。


 それらの意味するところは一つ。

 仮病である。


「あー……」


 ふと思い出す。

 シオンの仮病を見たのは、今回が初めてではない。

 修業時代、師匠のぼくが忙しくて構ってあげられなくなると、病気だとウソをついて甘えてくる癖があったのだった。

 シオンの精神はその頃と比べて、あまり変わっていないらしい。

 とはいえ今回の仮病の意図は分からないので、とりあえずは気づかないフリをして話に載っかる。


「ユナさんにはシオンの看病していただいて申し訳ないです。ぼくらが補佐に来たはずなのに、逆にお手を煩わせてしまって」

「とんでもない。それに最近の師父は、ウチの団員に引っ張りだこだからな。こちらこそ迷惑を掛けてばかりで申し訳ない」

「いやいやそんなことは」

「……わたしとしても、団員連中がわたし相手には聞き辛いことがあるのは知ってたんだ。だから何度か男の実力者を師範として呼ぼうとしたんだが、ウチのバカどもは『将軍より弱いヤツなんていりません!』なんて拒否する始末で、ほとほと困っていたんだよ」

「あるあるですよね……」


 きっと団員のみんなも、最強騎士団長のユナさんに指導して貰えるというのが誇りだったんだろう。

 だから実力と指導力は違うと頭では分かっていても、ユナさんでない指導者を拒絶した。

 せめてユナさんに代わるなら、せめてユナさんと同等以上の実力者を連れてこいというわけだ。


「ユナさん以上に戦える人間なんて、どれだけ探すの難しいかって話ですよね……」

「まったくだな。しかし師父なら無問題だ」

「へ?」

「というわけだ。我らが第一騎士団一同は、いつでも師父を歓迎するぞ」

「あはは、ありがとうございます──」

「言っておくが師父、これは一分の隙も無く本気だぞ? 師父が頷きさえすればその瞬間、師父は第一騎士団の人間だ」

「ええええ……」


 自称とはいえ病人の前で、引き抜きを始めるのはいかがなものかと思うぼくだった。

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