「サキュバスこわい」と教えた弟子が、実は王女でサキュバスだった件

ラマンおいどん

 

1章 10年後に再会した男弟子が、なぜかサキュバスになっていた

第1話 サキュバスこわい

 初めての方ははじめまして。

 そうでない方は、お久しぶりでございます。

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 それは、弟子と二人で山籠もりをしていた夜のこと。

 弟子に「師匠には怖いものなんて無いのでは?」と訊かれたぼくは、少し考えてこう答えた。


「そうだねえ、ぼくはサキュバスが怖いかな」

「……ししょー?」


 弟子のシオンが、不思議そうに首を捻っていた。

 どうやらシオンは、東方に伝わる小咄「サキュバスこわい」を知らないようだ。

 ちなみにどういう話かといえば、本当はえっちな女の子が大好きな男が「サキュバスが怖い」と言うことで、皆がその男を怖がらせるためにサキュバスを紹介しまくり、最終的にハーレムを作った……というもので。

 ぼくも一人の男として当然えっちなお姉さんが大好きなので、サキュバスはいつでも紹介大歓迎なんだけど、残念ながらそういう話は一度もない。


「まあそれは冗だ──」

「なぜ、ししょーはサキュバスが怖いのですか?」


 冗談だと言いかけたところでシオンが聞いてきた。

 そんなこと真顔で聞かれても困る。


 サキュバスとはエルフやドワーフと同等、もしくはそれ以上に謎に包まれた、ほとんど伝説的な種族で。

 滅茶苦茶に可愛くて、滅茶苦茶にスタイル抜群であること以外は正直よく分かっていない。

 噂によれば、サキュバスは最低でもおっぱいがメートル越えだとか。

 別の噂では、サキュバスは狙った男を決して逃さないとか。

 他にも、サキュバスの唾液は媚薬になるとか、サキュバスは妊娠してなくても母乳が出るとか。

 そんな素敵でエッチな噂がまことしやかに流れているが、本当かどうかは誰も知らない。

 つまりは、そんな種族なのだ。

 もちろんぼくも知らないし、残念ながら会ったこともない。


 ──ふむ。

 弱冠九歳とはいえ、シオンも立派なオトコノコ。

 サキュバスという単語に何かを嗅ぎ取ったのか、興味津々なご様子ということだろう。

 けれど今さら冗談だと言っても、目をキラキラさせて聞いているシオンはがっかりするに違いない。

 というわけで。

 ぼくは古式に則り、サキュバスこわいのストーリーをそのままなぞることにした。


「なに言ってるんだいシオン。よく訓練されたサキュバスは、最強に手強い相手なんだよ?」

「そうなんですか!?」

「例えば、どれほど身軽な男でも、サキュバスの放つ蹴りを避けることはまず不可能だと言われている」

「なんと……!」


 まあ単純に、ミニスカ姿のサキュバスがハイキックしてきたら、スケベな男はスカートに目が行って避けられないよねってだけの話なのだが。

 それをごく真面目な顔で、かつ大仰に話してのける。

 それこそが「サキュバスこわい」の真骨頂なのだ。


「それにシオン、サキュバスは寝技もまた恐ろしい」

「!!」

「──鍛え抜かれたサキュバスの寝技は必中必殺、絶対に相手を逃がさないと言われている」


 重々しく語ってみせると、シオンがぶるりと武者震いをした。

 ……これもまた、スタイル抜群の美少女サキュバスに「寝技しちゃうぞ♡」とか言われたら、逃げる男なんていないというだけの話だ。


 ぼくは師匠として、嘘なんて一言も言ってない。

 サキュバスは最強、それはある意味真実なのだ。

 まあ語尾に(性的に)ってつくのを省略してはいるけど。

 そしてぼくがいくら話しても、シオンは話のオチにまるで気づかず、大仰なリアクションを返してくれる。

 調子に乗ったボクは、シオンにサキュバスのさらなる恐ろしさを伝授しまくっていった。


「サキュバスは恐ろしいことに、滅茶苦茶可愛いくてスタイルも抜群なんだ。中でもサキュバスの胸元は、最低でもメロン並に大きいと言われてる」

「……ししょー、それはどこが手強いのでしょうか……?」

「目を瞑って情景を思い浮かべるんだ……真剣勝負の間ずっと、爆乳美少女がばいんばいん胸元を揺らしながら戦っているところを……」

「はっ!?」

「分かったようだな。──そんなもの、どうしたって目が奪われてしまうだろう?」

「なるほど……! 猫が猫じゃらしを追ってしまうように、目の前を動くものに気を取られるのは動物の本能! そして戦いがハイレベルになればなるほど、一瞬の油断が命取りッッッ……!!」


 だの、


「サキュバスからは滅茶苦茶甘い匂いがする。これは専門用語でフェロモンっていうんだけど、これを吸い込むと身体の力が抜けて酩酊状態になる。専門用語で言うところのメロメロだね」

「五感全てが武器というわけですか……!」


 だの、


「最強のサキュバスに対抗できるのなんて、世界でぼくくらいじゃないかな。──だからシオン、もしもサキュバスに出会うことができたら、まずはぼくに紹介するんだよ?」

「し、ししょー!!」


 ……そんな感じで話が盛られ続けていった結果、最後には謎のサキュバス最強伝説みたいになってしまった。

 最終的に、シオンの脳内でサキュバスは「師匠ぼくが唯一世界で恐れる、最強の種族」と認識されてしまったようだ。

 まあいつの日か、シオンも真実に気づいて愕然とすることだろう。

 こんな与太話を覚えていればだけど。


 ****


 そんなアホなことを言っていたらバチが当たったのか。

 それから半月後、ぼくたちは絶体絶命のピンチに陥っていた。


 古代遺跡の奥深く。

 封印が解けて復活した邪神を相手に、ぼくとシオンは防戦一方だった。

 人間が邪神に勝てるハズもなく、なんとか再度封印しようと試みるも、過去に世界中の国をことごとく滅ぼした伝承のある邪神はあまりに強すぎ。

 このまま戦い続ければ、二人とも到底保たないのは必至だった。

 だからぼくは最後の力を振り絞り、決死の覚悟で邪神の動きを止めて叫んだ。


「いいかシオン! ぼくが抑えている間に、このまま邪神を封印するんだ!」

「で、でも! それじゃししょーも一緒に……!」

「いいから! このままじゃ二人とも死んで、邪神も封印できずに野に放たれる! これが最後のチャンスなんだ!」

「……でも、こんなのって……!」

「シオン、どんな逆境でも諦めちゃダメだ! ぼくが亜空間に封印されることくらい何でもない──だから一緒に封印するんだ!」

「なら……なら、師匠も約束してください! 絶対に帰ってくるって!」

「分かった、約束する! だから早く!!」

「ししょー……!!」


 シオンが泣きながら、エルフ族の残した封印の秘杖を振る。

 そして。

 ぼくと邪神は亜空間に吹き飛ばされ、永劫の闇に封じられることとなったのだった。


 ****


 ──それから十年後。

 封印された亜空間からなんとか帰還したぼくは、完全に知らなかったのだ。


 まさかシオンの性別が、男ではなく女で。

 しかも人間でないどころか、サキュバスだったってことを──




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10万字書き終わってるので、完結保証でございます。

毎日更新の予定となります。

もしよろしければ、ぜひぜひお付き合いくださいませ。

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