第16話 嗜好品
「いただきます」
「どうぞ」
夏目君は、サンドウィッチを頬張っている。
「美味しいです」
「よかったね」
私は、ベーグルサンドを食べる。
当たり前に私が口にしているものを夏目君は食べられないことの方が多いのか。
「青葉さん、コーヒーは、本当に高くなりましたよね」
「そうだね。確かに、5年前だよね!突然、嗜好品だぁーーって言い出してね」
「はい、あれから一杯一万円です」
「高すぎるよね。だけど、暴動が起きたから、コッピィが出来たよね」
「あれは、不味いですよ。大きな声では言えないですが……」
夏目君は、小さい声で話ながら首を横に振って苦い顔をしていた。
そんな顔になる理由を実は私も知っているのだ。
何故なら、飲んだことがあるから。
コーヒーが飲みたい人達が、暴動を起こした事から、国は【コッピィ】と呼ばれるコーヒーを作り出した。
インスタントコーヒーのような瓶に入っていながら金額は3000円もする。
【コッピイ】は、モカブラウンの色をしているけれど、味がコーヒーではない。
味を知っているものからすれば、脳がバグる感覚だ。
その味は、なんともお粗末で、牛乳か豆乳、それに加えて大量の砂糖を投入しなければ苦くて不味くて全く飲めないのだ。
それでも、カフェインだけは抽出されているから、本物が飲めない人達にとっては【コッピィ】を買って飲むしかないのだ。
何故なら、本物のインスタントコーヒーを飲むためには、一瓶6万円も払わなければならないのだから。
そのコーヒーを店で飲むなら、一杯一万円は取られてしまうのだ。
「青葉さん、美味しいです」
何とかフラペチーノを飲みながら夏目君は、キラキラとした笑顔を浮かべる。
「それは、よかった」
「お金を貯めて、三ヶ月に一回コーヒーを飲んでいたので、すごく嬉しいです」
夏目君を見ながら、私は贅沢な人間になってしまったことを少し恥じた。
夏目君が、我慢をして我慢して、やっと味わえるコーヒーを……。
私は、毎日飲んでいるのだ。
「よかったね、夏目君」
私は、笑いながらコーヒーを飲む。
何が嗜好品で、どれが必要な物なのか……。
国は、色々と調べていた。
その結果、お菓子類は、嗜好品になった。
一袋100円前後だった袋菓子は嗜好品にかわった瞬間に10000円以上の値段がついたのだ。
「でも、嗜好品の基準が、いまだによくわからないんですよね」
私は、夏目君の言葉に深く頷いた。
「果物のカテゴリーもわからなかったですよね」
「確かに、そうだよね」
私は、ベーグルを食べながらある日の新聞記事を思い出す。
あの日の新聞を読んだ時、果物は嗜好品と食品にカテゴリーわけされていた。
バナナ、りんご、みかん、キウイ、パイナップルだけは食品に位置付けされ値段は昔と変わらなかった。
その他の果物は、一つあたり一万円を越えていく嗜好品になっているのにだ。
しかし、悪いことばかりではない。
このカテゴリーわけに目を付けたあるいちご農家が【ルビーレッド】と言う大粒のいちごを誕生させた。
いちごの値段は、一粒三万円だ。
私は、ある人からプレゼントに10粒入りの【ルビーレッド】を送られたことがある。
【ルビーレッド】は、究極に甘くて、一粒で心も体も満たされる極上品のいちごだった。
あれから、私は頑張ったご褒美に【ルビーレッド】を買うようになった。
まあ、そんな感じで嗜好品か食品かの基準は実に曖昧だった。
「近々、スイカが食品にもどるらしいですよ」
夏目君は、フラペチーノを飲みながら私をちらりと見た。
「それは、いいことだね」
夏目君の言葉に私は大きく頷いた。
夏と言えばスイカ。
その、スイカが一玉十万もするなんてといつも思っていたのだ。
だって、スイカは、夏休みになると母がよく切ってくれて冷蔵庫にあった。
そんなスイカが嗜好品のジャンルに入れられたことを、私はすごく驚いた。
スイカ割りなんか簡単には出来ないし、冷蔵庫に切って置いとくなんて出来なくなったから。
スイカの売れ行きは下がった。
スイカ農家は、かなり潰れた話も聞いた。
政府もようやく考えを変えてくれたのだろう。
何が食品で、何が嗜好品になるのか。
もっとしっかり考えて欲しい。
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