第6話 オーダーとは?
「だから、死のうかなーーって思ったんだ」
泣きそうな顔で青葉さんは、僕を見つめて言う。
胸の奥がチクチク痛い。
「どうしてですか?」
「私はね、ミュージシャンになりたくてギター一本で上京してきたんだよ。小さな田舎街からやってきたんだ。こうなってからの、テレビの値段は知ってるだろ?」
「はい、最低50万からです」
「そうだろう?だから、とても買えなかった。だから、どんな人がテレビの世界にいるのかもずっと知らなかったんだ」
「僕も同じです」
青葉さんは、僕を見つめていた。
僕が見ていたテレビの世界では、綺麗な顔立ちがずっと人気があったのだ。
美男美女の芸能人が、テレビのCMに流れていた。
時代が変わり。
チケット制に変わってから、今までの古いテレビは映らなくなった。
地デジに変わるから、アナログが使えなくなったのと同じ原理だ。
戻ってきた時には、最低100万もするテレビの購入をしなければならなくなった。
僕と同じで、青葉さんも買えなかったのだろう。
「雑誌は、一冊一万、CDは買うのに二万、レンタルだって、一万からだ。底辺の生活の私には買えなかった」
「僕も、同じです」
「テレビは高級娯楽だからね、夏目君。だから、あの日。私は、死のうとしたんだ」
「そうだったんですね」
「そう。両親が必死に渡してくれた20万でここに来た。デモ音源が通って会いたいとまで言われた。デビューもさせたいと言われた。だけど、会いに行ったら、オーダーされた顔だから無理だと言われてね。オーダーってのがいったい何なのか意味もわからなかった……少しずつ変わっていく世の中の流れを知ることはなかったから」
青葉さんの目から涙が流れてくる。
雑誌やCDも、高級娯楽と呼ばれ。
管理が厳しくなったのだ。
僕のようなお金のないものが、それらを目にすることはない。
高級娯楽は、一括で管理されているから。
コンビニついでに雑誌なんてことは、もう出来なかった。
商品のポスターに芸能人を使っていた時代はなくなった。
芸能人の出演料は、最低1000万以上だ。
1000万。
そんな大金を払える企業など、ほとんどないに等しい。
それに、昔と違って、ポスター類は商品の写真しか使ってはならないって決められているのだ。
昔は、芸能人を使っていた化粧品のポスターも。
今は、商品だけだ。
それと、化粧品は嗜好品に値するらしい。
なくたって生きていけるからと、政府の意向で決められたのだ。
だから、僕達が芸能人を知る世界など。
存在しない。
青葉さんは、ワインをいっきに飲み干すと、僕をジッーーと見つめる。
「死のう!そう思った。人生を変えるために来たのに……。ハニワみたいな顔したやつが、デビューの約束を交わしていて。私は、憧れていたものにはなれない事を知った」
青葉さんは、あの日の僕と同じで、絶望したんだ。
僕には、よくわかる。
「もういいやって。死ぬためにたどり着いた場所で、私は筆師に出会ったんだ」
「筆師にですか?」
「ああ、君の顔を造った事はない。何て素晴らしい造形美だ!誰が造ったんだ?私の知り合いにこんな均一が取れた端正な顔を造れる人はいないはずだよって言って。嬉しそうに笑ってきたんだ」
「それで、どうしたんですか?」
「最初は、気持ち悪いおじさんだと思ったよ。だけど、おじさんだけが、私の顔を褒めてくれた。だから私は、産まれたままだと話した」
「それで?」
「後継者にならないかと言われたんだよ。顔をまじまじと見て触ってね。合格だよって」
「それからどうしたんですか?」
「ハハハ、やけに食いつくね」
「すみません」
「いや、いいんだよ」
青葉さんが筆師になった経緯にすごく興味がある。
僕のように挫折を経験したのに。
オーダーに嫌気をさすわけでもなく。
青葉さんは、造る側に行ったんだ。
それは、なぜ?
「真麻は、わかるだろ?」
「はい」
「彼女の筆下ろしをしたのは、私なんだよ」
「それで?」
「オリジナルだって、おじさんは信じたよ。そして、私は筆師になった」
「筆下ろしって何ですか?」
「あー、筆師はそう呼んでる。筆下ろしとは、顔を造るって意味だよ」
「オーダーってのは?」
「それは、まさに注文だよね。筆師は、お客様に注文された顔をオーダーメイドで造り上げるんだよ」
青葉さんは、懐かしそうに笑う。
「それは、どんな顔でも?」
「ああ、どんな顔でもだよ!筆を触れれば勝手に
「だから、街に、美男美女が溢れてるのはそれでなんですね」
「そうだね。筆師であるおじさんが造ったんだ。今は、私も造っているけどね」
筆師のお陰で、今はみんなが痛みなどもなく治療を受けられるんだ。
納得した僕の顔を青葉さんは見つめる。
「私は、筆師として地位や名誉を獲得してる。何故だかわかるかな?」
僕は、首を左右に振った。
「私の顔はね。バランスがとれた顔だからだよ」
青葉さんの言葉に、僕は首を傾げる。
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