オーダー【筆師が愛した顔】

三愛紫月

第1話 出会い

「いじってる?」

「いえ」

「凄いね。もう一度聞くけど。本当に、いじってない?」

「はい」

「なら、合格だ!」

「ありがとうございます」


 僕の名前は、夏目大弥なつめだいや、今年で27歳になる。


 僕は、この顔をオーダーしたと思われるのが嫌で、いつもは眼鏡にわざとテープで目を細くしている姿で過ごしている。


 そんな僕が、【筆師】という職業に出会ったのは半年前の事だ。


 あの日僕は、いつものように、居酒屋のバイトをしていた。


ーー半年前


「いらっしゃいませ」

「二人なんだけど、個室にいけるかな?」

「はい、こちらにどうぞ」


 やってきた男の人を見た僕は驚いた。

 彼の顔は、まるで彫刻刀で彫られたように美しかったからだ。


「ご注文は?」

「ビールとこれとこれで」


 注文をとりながら、彼の綺麗な顔をジッーと見つめてしまう。


「失礼しました」

「君も興味がある?」

「はい?」

「君もオーダーメイドに興味があるのかな?って聞いてるんだよ」

「オーダーメイドですか?」


 僕の理解が追いついてないのをわかった彼は、隣に座る女の人に声をかける。


「ほら、志摩ちゃん。教えてあげて」

「はい」


 男の人に言われて女の人は鞄からタブレットを取り出し、僕に見せてくる。


「彼は、【筆師】という仕事をしています。私は、その秘書をしています」

「筆師?」


 筆師……?!

 初めて聞く言葉だ。


「はい!2020年代では、美容整形と呼ばれていましたか?」

「あーー、整形ですか」


 整形なら知っている。

 僕のこの顔は、よくオーダーしたと言われたことがあるから。


「はい。それは、昔の話で、今は、違います」


 女の人は小さなアタッシュケースを開いた。


「絵の具で使う筆ですか?」

「まあ、似たようなものですね」


 中に入っていた筆を触りながら、女の人は、ニコッと微笑んだ。


「それで、こんな風にするんです」

 

 女の人は、タブレットをもう一度僕に見せてくる。


「これは……」


 これ以上の言葉を紡ぐことはできなかった。           


 僕は、見せられた動画に魅了されていたから。


 こんな経験は、初めてだった。

 身体の底から、興奮していた。


「気になるなら、おいで!君のオーダーも叶えてあげるから」


 男の人は、ポケットから名刺を取り出して僕に渡してくる。


 僕は名刺を受け取って「失礼しました」と頭を下げて個室を出て行った。


 オーダー……。 

 さっき見た映像が、頭から離れない。

 まるで、魔法みたいだった。


 一時間半ほどして、二人は帰って行き僕はその日のバイトを終えた。


 家に帰って、名刺を見つめる。


 名刺には、【筆師】青葉桃陵あおばとうりゅうと書かれていた。

 

 さっきの感覚は、久しぶりだった。


 僕には、もう夢も希望もやる気もなかったから。

 

 昔は、モデルになりたくてなりたくて仕方なかった。


 だけど。

 20歳の時オーディションに行った僕は、審査員にこう言われた。


【オリジナルじゃなきゃ駄目なんだよ!そんな造られたオーダー品の顔じゃ無理なんだよ。わかるかな?】


 僕には、彼等が言ってる意味が全くわからなかった。


 そのオーディションでは、半魚人のような男が合格した。


「オーダーメイドか……」


 テープをはずして、眼鏡をはずす。

 僕の顔は、あの人に負けている。


 パソコンを開いて【筆師】という職業を検索する。

 初めて聞く職業。

 初めて出会った綺麗な人。


「なになに、筆師とはオリジナルの造形美のある人間のみがなれる職業。うーーん。どういう意味だ?」


 オリジナルっていったい何なのだろうか?


 僕は、こんがらがった頭でパソコンを閉じた。


 オリジナル……。

 

 母と父は、事故で死んだから。

 僕は、両親以外の人間を知らない。

 親戚も、知らない。


 僕の両親は、駆け落ち同然で、この街にきたから……。


 写真もそんなに多くはない。

 だけど。

 整形をした記憶は、僕にはない。

 だとしたら。

 オリジナルになるのか?

 

 でも。

 両親がしたら?

 うーーん。

 難しい。

 わからない。


 だとしたら。

 わかるのは……。

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