閑話1
御神刻斗は、新しいクラスメイトたちと共に数学室にいた。
「オガミくん髪白っ。脱色?」
「地毛だ。日本でも珍しいらしい」
「日本って自然が豊かで景色が綺麗なんだってね!」
「そういう観光場所は沢山ある。というか、はっきり言えば観光場所くらいだ。他は普通」
「ぶっちゃけ外国から見たイギリスのイメージってどうなの?」
「紅茶が好きってイメージが先行するな。反対にコーヒーがそんなに好きじゃないイメージもある」
「その
「小学生の時。友達みんなで彫った」
教室でも移動中でも、数学室の席へ座っても彼の周りをクラスメイトが囲っていた。
今は春学期であり、あと四ヶ月すれば進学する。そんなタイミングで現れた日本からの留学生。
外見は近寄りがたい印象がないこともないが、ランディルスクールの生徒はそんなことでは物怖じしない。次から次へと彼に質問をしていく。
そして御神刻斗は話し掛ければきちんと言葉を返してくれる人物であった。
仏頂面でぶっきらぼうだが、意外と無口というわけではなく。口数は少ない方かもしれないが、しっかりとリアクションを取ってくれている。
故にクラスメイトたちは既に彼に対して少なくない好感を持ち始めている。
そんな中、クラスの中心人物の一人、ミーミル・ルーフェが少し探るような声色で話し掛けてきた。
「ねぇ、トキトくんとアリアス……あっ、さっき教室にいた娘ね。会ったことあるの?」
留学生である刻斗が教室に入ってきた際、ミーミルはアリアスの顔がまるで血の気が引いたかのように青白くなるのを見た。
次にディアキに眼を向けると、彼も彼で驚いたような表情になっていて。
しかも二人はホームルームが終わると、体調が優れないということですぐに教室から離れて行ったのだ。
アリアスたちと刻斗に何かあったのではないか?
そんな疑問が浮かび、ミーミルは質問した。
「……、」
聞かれた刻斗は表情こそ変わらないが、質問攻めにあっていた中で初めて沈黙する。
答えあぐねている、そう思ったのはミーミルだけであく周辺でやりとりを聞いていたクラスのみんなもだ。「何だなんだ?」「アリアスと会ってた?」「そういえば、アリアスとディアキがいないね」と各々反応を見せる。
「……実は」
数秒して刻斗は口を開く。
「昨日の夕方、たまたま出会ったんだが、不審者に間違えられてしまった」
「へ? 不審者?」
頷く。
「街の方を少し見て回ろうと思って散策していたんだが、道に迷ってしまって。それでちょうど近くにいた彼女に話し掛けたんだが、その……まだこっちの言葉が不慣れなんだ」
「えっと……、それで?」
「多分、彼女から見れば怪しい言動で近づいた見知らぬ男性だから……」
「不審者に間違えられた?」
「ああ。ついでに彼女の近くにいた男性にも『近づくな』と注意されてしまった。見当たらないが、彼もさっきまで同じ教室にいたな」
同じクラスメイトで、アリアスとよく共に行動していて、今この場にいない男子生徒。ディアキのことだろう。
クラスメイトたちが刻斗の話を聞いて、なんとなくその場をイメージする。
「「「「「ぷっ」」」」」
ドッと数学室が沸き上がった。周りにいる人は、アリアスとディアキの関係も知っているから想像に容易いのだろう。
ミーミルも苦笑。
「あー……、なるほどね」
彼の口調がぶっきらぼうなのは性格だけでなく、案外まだ英語に不慣れというのもあるかもしれない。
「その時は弁明して二人から離れたんだが、もしかしたら勘違いされたままかもしれない。まさか同じクラスにいるとは思っていなかったから、俺も驚いてしまって何も話さないままにしてしまったし」
つまり、アリアスとディアキからすれば「昨日絡んできた変な奴が留学生として現れた」と思い込んでいる可能性があると。
――本当はそんなことはなく、刻斗が話した内容は昨夜攫われてしまったアリアスを助けに行った際に、敵と間違えられて攻撃をされたことを元にでっちあげた嘘に過ぎないのだが。
「それで、その二は人どうしたんだ? ここに来ていないようだが」
刻斗は自然な流れでアリアスたちの様子を伺ってみる。口調は淡々としているようで、「改めて誤解を解きたい」というニュアンスを込めて。
「えーと、アリアスたちね、なんか体調悪いみたいで保険室に行ったの」
「……そうか」
ミーミルは思う。このタイミングで保険室へ行くのは、昨夜のことで警戒しているようなもので、刻斗はそう感じてしまったのだろうか、と。
(でも……)
改めて考えてみる。
発言に要領を得ない人、というだけでアリアスという少女は相手を警戒するだろうか。ディアキも。
刻斗が東洋系の外国人なのは見て明らかだ。言葉が不慣れなことくらい容易に想像つくだろう。
(アリアス、どうしちゃったんだろ?)
ミーミルは席を立った。
「どうしたの? ミーミル」
クラスメイトの女子が尋ねる。
「やっぱり私も保険室行ってくるね。ついでにトキトくんの誤解のことも伝えておくよ」
そう言って数学室を出て行った。
アリアスとディアキ、そしてミーミルの間柄を知っているクラスメイトたちは質問攻めから慰めや弁明に切り替えて刻斗に話し掛けていく。
「いやー、オガミも災難だったな。まぁミーミルが上手く伝えてくれるよ」
「あ、アリアスやディアキのこと悪く思わないであげてね。あの二人、ちょっとトクベツな関係だから」
すると、刻斗は突然、
「二人は付き合っているのか?」
おっと? と、周りの生徒が少し驚く。まさかここにきて直球な質問が投げかけられるとは。見た目によらずにこういう話に興味があるのか、はたまた不慣れな言語を用いている故の大胆な言葉使いなのか。
「もうーそれを直接聞くのは野暮よ」
「とりあえず一週間くらいあの二人の様子見てみろって。色々察せられるぜ」
「ちなみにアリアスを狙おうってんならやめときな」
「いや、むしろアタック掛けるなら直前に知らせてくれ! 第二回ドッチボール大会の幕開けだ!」
「……そうか」
ドッチボール大会はわからないが、アリアスとディアキの関係についてはもはや答えを言っているようなものではないか、と刻斗は思い、それ以上は聞かないことにした。
チャイムが鳴り各々席へ、同時にグランが入室する。
「セイラスとスライグは保険室で休んでいる。後は全員揃っているな……ん、ルーフェはどうした?」
「ミーミルも保険室に行きましたー」
クラスメイトの女子が答える。どうやらグランとミーミルは廊下で鉢合わなかったようだ。
「まったくあいつは……。まぁいい。ではテキストを――」
突如、闇が降りてくる。快晴の風景を写していた窓が黒く塗りつぶされた。
「停電か?」「馬鹿、空が暗くなってるんだよ」「急に曇った?」「いや、それにしては暗すぎじゃねぇか? 夜みたいだぞ?」
クラスの一人が窓を開けようとする。しかしどういうわけか、スライド式の鍵を解錠しても窓は固く閉ざされ、開けることはできなかった。
この状況でグランは敵に「結界」を張られたことを瞬時に理解する。
そして結界の発動とほぼ同時に動く人物が一人。
御神刻斗。彼はずっと傍らに置いていた竹刀袋から瞬時に長剣を鞘ごと抜き出した。
それを見てグランは仕掛けられたと感じ、
「御神⁉ 動くな!」
「そういうわけにもいかないだろう」
言って、刻斗が剣を振り抜く。だが斬ったのは一枚の札だった。
(これは……⁉)
この時点では二人は知るよしもないが、それはチャンチャンが仕込んでいた呪符であった。
刻斗の抜剣によって、クラスのみんなもこの事態に混乱していく。
そして呪符は刻斗が斬った一札だけではなかった。机の内側、椅子の裏面、壁の隙間から数十の呪符が現れ、宙に浮かび、数学室にいる者を囲う。
飛び掛かってくる呪符を刻斗が二、三程斬っていくが、数が多く、あっという間に生徒たちの額に貼られていく。
呪符に取り憑かれた生徒たちは正気を失ったかのように眼に光を失い、刻斗やグランの方へ手と足を向けてきた。
(精神操作の類いか!)
グランはスーツの懐からフルフィンガーのグローブを取り出した。布地は黒、手の甲の部分には宝石が埋められ、爪の部分にはメタルシルバーが施されている。
無論ただのグローブではない。
装着し、グランはグローブに魔力を込める。それによってグローブは効力を発揮し、淡い光が円上に奔った。
未だ宙に浮いている札はその光に触れただけで灰も残さずに燃やされていく。
更に操られている生徒たち対しても、接触した光は綺麗に呪符の部分だけを焼いていった。
呪符を取り除かれ、生徒たちはばたばたと倒れていく。
グランはすぐに一人の生徒の側へ飛び込んだ。首筋に手を当ながら脈を取り、顔色を伺う。
「……。大丈夫、命に別状はないようだ」
「そうか」
刻斗は数学室の扉に手を掛けてみる。しかし、
「……閉じ込められたな」
スライド式の扉は固く閉ざされており、刻斗が腕を引いても開く気配がない。
グランが舌打ちしながら自分の見解を述べた。
「『赤き竜』が貼った結界を、教室ごとに〝上書きされている〟。思った以上に用意周到だぞ」
ここにまだ起きている生徒がいれば、もしくはアリアスがいれば、先程の「呪符」や「結界」という言葉に疑問を持っていただろう。
しかし、御神刻斗はすんなりとグランの言葉を受け入れ、それどころか、
「俺ならこの結界を内側から破壊できる」
そう言ってのけた。
「ここにいるみんなを頼む。お前なら、別の結界を張って守ることができるだろ?」
「それは、だが……」
「俺はアリアスたちとミーミルを探す」
敵が仕掛けてきた。狙いはおそらくアリアスだろう。ならば可及速やかに合流しなければならないのは事実だ。しかもミーミルが不運なことに一人で教室を出てしまっている。彼女に何かあればアリアスは自分を責めてしまうだろう。もっともアリアスとミーミルの関係性を、刻斗が把握しているかどうかはわからないが。
だが、ここにいる生徒たちも放っておくことはできない。ここで刻斗とグランの二人で離れてしまえば、クラスのみんなはまた敵に利用されてしまう。
刻斗の提案は合理的だ。グランならばクラスのみんなを守れると判断したのも正しい。
しかしグランは迷っていた。アリアスとミーミル、彼にとっても二人は大事な生徒だ。教師生活は任務で始めたものだが、彼女たちには情が芽生えていた。
出来ることならば自分が助けに行きたい。
しかし、ここにいるクラスのみんなも守るべき大事な生徒たちだ。捨て置くことなんてできない。剣一本で戦う刻斗では、この大人数を庇いきることはできないだろう。
迷ったところで今できる行動は一つしかない。どちらかは残り、どちらかが助けに行く。
グランは歯噛みして、
「御神、本当に貴様を信用していいんだな?」
「まだ疑っていたのか」
「なら、証明してほしいものだがな……」
言って、グランは懐からもう一つグローブを取り出し、刻斗に投げ渡した。
「保険だ。持って行け」
「……、」
刻斗はグローブを内ポケットにしまい、そして扉に向き直る。
そこでグランは、刻斗の異能を目撃した。
(これが、スライグの報告にあったものか)
白髪の髪が徐々に漆黒に染め上がる。もはや闇色と称してもいい程に。
そして刻斗の身体にも闇色のオーラが纏わり付いた。
刻斗は長剣を一閃、斬り払った。開くことに頑固になっていた扉は、斜めに真っ二つになり、瓦解する。
グランは思案していた。
結界が張られ、あの扉は動かすことも、そして恐らく壊すことすら困難となっていただろう。
あの闇色の状態となった刻斗は長剣に、あるいは扉に、どんな作用をもたらしたのか。
刻斗の髪が元の白髪へ戻っていく。
「行ってくる」
彼は短くそう告げて、数学室から出て行った。
「……頼んだぞ」
刻斗が去って行った数学室の教室を見つめながら、グランは呟いた。
御神刻斗。ラウ総督が呼んだ、不可思議な男。今は彼に頼るしかないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます