第12話「全ては君のために」
アレクシス様の腕の中は、不思議と冷たくなかった。むしろ、彼の体温と、彼から溢れる優しい青色の光に包まれて、心の底から安心できた。
「……怪我は、ないか」
耳元で、彼の低い声が囁く。私は、彼の胸に顔をうずめたまま、こくこくと頷いた。
「アレクシス様こそ……もう、大丈夫なんですか?」
「ああ。もう、この力に飲まれたりはしない」
彼は、私の体を縛っていた鎖を、まるで紙でも引きちぎるかのように、いとも簡単に破壊してくれた。自由になった私は、改めて彼を見上げる。
彼の蒼い瞳は、以前の、何も映さない湖面のようだった頃とは全く違っていた。そこには、はっきりと、私への深い愛情が湛えられている。色が見えなくたって、分かる。
そして、彼の周りには、あの美しい青色の光が、常にゆらめいていた。それは、彼の魂そのものが、その色に染まったかのように見えた。
「団長!」
レオン副団長たちが、安堵の表情で駆け寄ってくる。
「ご無事でしたか!本当に、どうなることかと……!」
「ああ、心配をかけたな。だが、見ての通りだ」
アレクシス様はそう言うと、私を抱きしめる腕に、さらに力を込めた。
「俺は、俺の本当の力と、感情を取り戻した。……いや、この感情は、新しく生まれたものだ」
彼は、私を見つめて、はっきりとそう言った。
「全ては、ミオ。君がいてくれたおかげだ」
その言葉に、周りにいた騎士たちが、ヒューヒューと口笛を鳴らして囃し立てる。私は恥ずかしくて、彼の胸にさらに深く顔をうずめるしかなかった。
「こほん。……さて、残党の掃討と、事後処理を始めるぞ。お前たち、持ち場に戻れ」
レオン副団長が、わざとらしく咳払いをして、部下たちに指示を飛ばす。皆、ニヤニヤしながらも、敬礼をして散っていった。
二人きりになった広間で、アレクシス様は、改めて私に向き直った。
「ミオ」
真剣な声で、名前を呼ばれる。私は、どきどきしながら顔を上げた。
「俺の世界は、ずっと無色透明だった。親友を失ったあの日から、全ての色が消え、凍てついていた。それが、当たり前だと思っていた」
彼は、ゆっくりと私の頬に手を伸ばし、優しく涙の跡を拭ってくれる。
「だが、君と出会って、俺の世界に、少しずつ色が戻ってきた。君が作るスープの温かいオレンジ色。君の笑顔がくれる、穏やかな緑色。君の存在そのものが、俺の凍てついた心を溶かしてくれた」
彼の言葉の一つ一つが、私の心に温かく染み込んでいく。
「もう、俺は自分の力を恐れない。この力は、君を守るためにある。そして……俺の感情は、もう君なしでは存在しない」
彼の周りの青い光が、ひときわ強く、鮮やかに輝いた。
「俺の感情は、すべて君のものだ。ミオ」
不器用で、まっすぐな告白。
私は、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、最高の笑顔でうなずいた。
「……はい」
その返事を聞いて、彼は、初めて、はっきりと、笑った。
それは、まるで雪解けの後の春の日差しのような、温かくて、優しい笑顔だった。
私はもう、他人の感情の色を、怖いとは思わない。
怒りや嫉妬の色は、今でも不快に感じるけれど。
でも、こんなにも美しくて、愛おしい色もあるのだと知ってしまったから。
アレクシス様がくれる、この深く、優しい青色。
この色がある限り、私はもう何も怖くない。
後日、ゾルダート魔導皇国との間には、正式に不可侵条約が結ばれることになった。
アレクシス様の解放された魔力は、一国を滅ぼすにはあまりにも大きすぎた。その力を目の当たりにした彼らは、早々にアストリア王国への干渉を諦めたらしい。
そして、国に平和が戻ると、私とアレクシス様の関係にも、新しい名前がつくことになった。
「なあ、本当にいいのか?俺は、騎士団長だ。これからも、危険な任務につくこともある」
「構いません。あなたの帰る場所は、私でありたいから」
「そうか。……なら、もう何も言うまい」
彼はそう言うと、私の左手の薬指に、彼の瞳の色と同じ、美しい青い宝石があしらわれた指輪を、そっと通してくれた。
「月島美桜。俺の妻として、生涯、俺のそばにいてくれ」
「はい、アレクシス様。喜んで」
彼の周りには、幸せを示す輝くような黄金色の光と、私を愛おしく思う深く優しい青色の光が、きらきらと混じり合っていた。
私の世界は、もう、不快な色で満ちてなどいない。
私の世界は、あなたという、ただ一つの、愛おしい色で、満たされている。
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