第6話:アルにとっての家族
勲章授与式は大波乱の末、幕を閉じた。
多くの貴族が倒れ一時大騒ぎとなったが、主犯のアルはすでに帰宅した。
本来ならば裁判沙汰だ。しかし今回はアルも被害者であり、何より帝国の未来を担う若き宮廷魔術師なのだ。聖焔皇アグナス・イル=ルクシオンが許しを与えれば、すべての罪が無に葬られる。
そもそもアルの夢属性魔法を見せられた後に、彼を断罪する度胸のある者など存在しないだろう。
───勲章授与式の帰り。
レヴィアン公爵とセレスタリアは馬車に揺られていた。
「……どうであった。お前の
という問いに対し、セレスタリアは頬を紅潮させ、そっぽを向きながら。
「ギリギリ合格よ、ギリギリね」
「そうか……それは良かった」
(彼に惚れたか、セレス)
「でも噂通り、かなり変わった人だったわ」
「十八という若さで宮廷魔術師に抜擢されるような鬼才だ。普通とかけ離れているのも無理はない」
「魔法ももちろん意味不明なレベルだったけど……自分が馬鹿にされた時は終始面倒臭そうな表情だったのに、家族を馬鹿にされた途端、信じられないくらい激怒してた」
「きっとアル君にとっての家族とはそれほど特別なものなのだ」
「あのノワール侯爵家の長男は、ピンポイントで彼の逆鱗を突いてしまったわけね。なんていうか……愚かで可哀そうな人」
「ああ……彼は死ぬまで毎晩悪夢に蝕まれることになるだろう」
◇◇◇
その頃、ドラガルス男爵家では。
当主と夫人はテラスでお茶をしていた。
「ねぇアナタ。本当に行かなくてよかったの? アルの勲章授与式」
「アルは昔からそういうのを嫌がる性分だからな」
「まぁあの子は親同伴の晴れ舞台とか苦手だものね」
「それにアルなら一人で十分だろう」
「ええ。あの子は本来……国を席巻するような逸材だもの」
「誰かがアルに喧嘩を売らなければいいのだが」
「そうね。それだけが心配……アルは昔から無茶しがちだから」
夫人ルシアンは懐かしむように昔のアルを思い浮かべた。
◇◇◇
───今から約八年前。
まだアルが十歳だった頃のこと。
彼の怠けはピークを迎え、ほぼ毎日何もせずにゴロゴロしていた。
普通そんな令息はどんなに才能があったとしても落第者のレッテルを貼られ、両親や兄妹、場合によっては使用人からも見捨てられるものだが、ドラガルスの場合は違った。
ある時は父が。
「アル。今日は遠方から帝国騎士団が訓練に訪れるらしい。暇つぶしに一緒に見に行かないか」
ある時は母が。
「ねぇアル。さっきお抱えの狩人さんが良い鹿を取ってきてくれたから、今日くらい一緒に夕食をとりましょ。みんなで食べた方が美味しいからね」
ある時は兄が。
「アル~。旅商人から面白い本を数冊買ってきたよ。ゴロゴロしながらでも読めるからさ、ほら」
ある時は妹が。
「アル兄。メイドさんが洗った着替え、ここに置いとくね。あと暇な時に、また一緒にお昼寝してあげるからね」
アルはずっとこれが不思議でならなかった。
なぜ家族は自分を見捨てないのかと。なぜ家族はこんな自分に優しくしてくれるのかと。
ある日、兄になんとなくそれを尋ねてみた。
「なぁ兄貴」
「ん、どうしたんだい? アル」
「なんでみんな俺に優しくしてくれるんだ? 普通の貴族家なら孤児院送りだろ、俺みたいな奴は」
「なんでってそりゃぁ───家族だからだよ」
「家族だから……?」
「うん、家族だから。お父さんもお母さんも、僕も妹も皆、この世の誰よりもアルを愛してるんだよ。大好きなんだよ。だから毎日、こうやって会いに来るんだ」
「ふ~ん。よくわからん」
「あははは。きっとそのうちわかる日が来るよ、アルにも」
「………………」
(家族だから──か)
アルの心情は着実に変わりつつあった。
そんな温かい毎日に水を差すかの如く、大事件が起きた。六歳の妹ミレディアが突如行方不明となったのだ。
その日、ミレディアはメイド同伴の下、庭で遊んでいたのだが、メイドが目を離した一瞬の隙に庭を抜け出してしまったらしい。
敷地を抜けた先には魔物の住む森がある。おそらく今も森の中で彷徨っていると踏み、騎士による大捜索が行われた。地元の狩人や冒険者も有志として捜索に参加してくれた。
アルの部屋にセバスがやって来た。
「アル様、大変です。ミレディア様が行方不明になりました」
「ミレディアが……行方不明だと……?」
「はい。現在男爵家総出で捜索が行われております。では私も捜索に戻りますゆえ」
「わかった。報告感謝する」
結局ミレディアが発見されぬまま日が暮れてしまった。
魔物の森は夜になれば一気に危険度が増すため、捜索はさらに難航する。
闇雲に探しても意味はないので、一度全員集合し、新たに作戦を立て直すこととなった。
───森の最奥。小さな茂みの陰。
そこでミレディアはうずくまり泣いていた。
「ふぇぇぇぇん。暗いよ、怖いよぉ……」
昼間、彼女は蝶々を追っているうちに森に入ってしまった。そのまま出口を探そうと歩き続けた結果、さらに森の奥へ奥へと踏み入ってしまったのだ。
「うぅ……ぐすん」
魔物は夜に活発化する。これはどんな幼子でも知っていることだ。彼女は恐怖に駆られ一歩も動けず、震えながらただただ泣く事しかできなかった。
そんな時、ついに彼女の目の前に一体のゴブリンが現れた。
ゴブリンの戦闘力は成人男性と同等。……六歳のミレディアでは到底敵わない相手だ。
「ゲギャギャギャ‼」
ゴブリンは良い獲物を見つけたと言わんばかりに笑った。
「ひっ……」
ゴブリンが手を伸ばし、ミレディアが目を瞑った、その瞬間。
何者かがゴブリンの後頭部を殴打し、気絶させた。
「グ…ゲ……」パタリ
「……え?」
恐る恐る顔を上げると。
───そこには木刀を持ったアルが立っていた。
「怪我はないか、ミレディア」
「アル兄……?」
「ああ、兄ちゃんだ。怖かっただろう。よく頑張ったな」
「どうしてここがわかったの?」
「俺が妹の魔力を忘れるはずがないだろう。もう大丈夫だ、一緒に帰ろう」
「う、うん……ぐすん」
アルはミレディアを背負い、来た道を遡った。
男爵家はさらに大騒ぎになっていた。
「御当主様、御夫人様‼」
「どうしたセバス」
「アル様の姿が屋敷から消えました‼」
「「えっ⁉」」
母は膝から崩れ落ち。
「アルまで行方不明になったら、私は、私は……」
父はテーブルに拳を振り下ろした。
「クソッ‼ 今この家に一体何が起きてるんだッ‼」
……と、その時。
「森の入り口に人影が現れました‼」
「ミレディアかッ⁉」
「アルかもしれないわ、急ぎましょう‼」
全員で駆けつけると、そこには────
「………………」
全身泥と汗と血塗れになったアルが、ミレディアを背負い、立っていた。
それとは対照的に、眠るミレディアの身体には、ひと筋の傷さえ見当たらない。
きっと、アルが命を懸けて魔物から守り、ここへ運んできたのだろう。
身体はボロボロで気力もほぼ残っていない様子だったが、その堂々とした姿たるや、物語の英雄そのものであった。
「ア、 アル……お前……」
「まさかミレディアを探しに……?」
アルはミレディアを地面に優しく下ろし、ぱたりと倒れた。
「救急隊を呼べ‼」
「急ぎなさい‼ 愛する息子の命が掛かってるの‼」
その日だった。
アルが英雄への一歩を踏み出したのは。
その日だった。
アルが大切な者を守るために夢属性魔法の復元を決意したのは。
……その日だった。
アルの魂がドラガルスに刻み込まれたのは。
◇◇◇
母は優しく微笑みながら呟いた。
「……アルは昔から無茶しがちだからね」
「ああ……まったくだ」
「アナタ譲りかもね、うふふふ」
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