千眼の雷神、都市を観る
爆弾魔どりえもん
都市の雷編 第一話 瞳、銃、傘。
僅かばかりの腐臭が鼻の中に潜り込んだことにより、私は長い眠りから醒めたようだ。薄暗い木造小屋の中、薄汚いベッドの傍の椅子に座り込んでいた。風で捲れたカーテンの向こう側から差し込む光が目を焼く程眩しい。
最後私に残った記憶を辿る…が、何も掴めずに終わる。どうやら私は一片の記憶も有していないようだ。ゆくあても当然無いので、一先ずこの小屋から出ることにした。重い腰を上げ、振り返ると、漆塗りの棚の上に紙切れとコンパスが置いてある。それらを手に取り、眺める。紙切れには、「陰瞳蕾よ、南へ行け」と書かれている。私は、この陰瞳蕾という文字の並びにやたらと既視感を感じていた。風が帽子を飛ばしかけたので抑えると、ふと思い出す。
私の名前は、陰瞳蕾(いんどう つぼみ)。
どうして忘れていたのか、それは一度考えないことにして、指示通り南へ向かうことにした。私の名前を知っている人物なら、私の味方なのかもしれない。そういった単純な思考をするしかない程、情報が足りない。ふと、人と同じ大きさの鏡があることに気がついた。自分の顔すら思い出せないので、一度確認しておきたいなと思ったので、鏡の前に立つ。
白いシャツに灰色のロングコートを袖を通さず羽織り、ダメージの入ったジーンズを履いている。そして、腰まで伸びた紺色の髪の毛先は、鮮血のように紅く染まっていた。何より目を引くのは、右目の瞳が二つあることだ。確か重瞳…とか言っただろうか。少し奇妙だが、どこか安心感を感じる。根拠も無く美形だな、としみじみ感じる。
用も済んだので扉へと歩む。すると何故か、涙が頬を伝う。理由もわからない喪失感や名残惜しさを抱えつつ、外へと飛び出した。
眩んだ目を擦り、ゆっくり目を開くと、鬱蒼とした森の中だが、ここの周囲は木が切り倒されており、光が大いに照っていた。
手に取ったコンパスを眺め、方角を合わせていると、どこからか鼻息が聞こえてくる。人間のものではない。
ふと振り返ると、角の生えた四足の動物が、こちらを見据えていた。見た事のない動物なので、危険かどうかも分からず突っ立っていると、動物が大きく踏み込み、次の瞬間、数メートル吹き飛ばされた。腹の肉が角に抉られて激しく出血する。
あまりの痛みに頭が回らなくなる。
こんな、何もわからないまま死ぬなんて…
記憶の断片が見える。
そこでは、先程の小屋のベッドの上で私が何か話している。
「これが俺の能力だ。誰にもバラすんじゃねぇぞ?ガキ」
粗暴な口調で誰かに語りかけていた。
猛獣が力強く踏み込む。この記憶も意味を成さないと直感した。
次の瞬間。
猛獣が頭部から激しく出血し、倒れ臥す。するとすぐに、二人の人間が木々の隙間から姿を表した。
「折角合成でも人でもない肉食べれるのに脳傷つけてどうすんのさ。冷凍弾とか無かったわけ?」
「これから反乱軍の残党と戦うってのに減らしてどうすんだバカ。大脳は傷つけてねぇし。つかプリオン怖くねぇのか」
「百何十度以上で不活性。まあ僕は生で食べるけどね」
「死ぬぞ」
何やら会話しているが、内容が入ってこない。
「おい、大丈夫か?まさか残党じゃねぇよな…?」
「流石にこんな弱いのが居るわけないでしょ」
そう話しながら、身長の低い黒髪メガネの人物が手当をしてくれる。
「あなた…は?」
「ピルグリム所属のニコ。お前、どこの所属だ?」
「所属とかはわかんないけど…私は、陰瞳蕾」
わかんねぇってなんだよ、と零しながらも手当を進める。
「あ、シャツ無傷だ。イイモン着てんなぁ。金持ちか?」
それに対する答えを私は持ち合わせていない。疼痛が少しづつ引いていく。
「あの、ピルグリムって?」
「は?ピルグリム知らねぇとか…赤ちゃん以下だろ」
「この調子だったら、記憶処理を受けた可能性あるね」
灰色の髪をした、傘を持っている長身の人が言うと、ニコという人物は、あー、という顔をして眉を顰めた。
「処理とかはわかんないけど、記憶は無い」
「はーあ、面倒なこった」
「行くあてあんのか?」
「なんか南に行けとは言われた」
「どの程度だよ。南面の管轄まで行けってか?ピルグリム支部までか?フワッとしやがって」
灰色の髪の人物がニコを宥める。
「僕はミハイル。このイライラアホンダラとコンビ組んでるよ。苗字由来でニコって呼ぶ人いるからややこしい事によくなる」
「いらん情報を二つも…」
「いやぁ名前とコンビ組んでるって情報は要るでしょ」
「イライラアホンダラとややこしい呼び方のことだよ!」
「イライラアホンダラからブチギレアホンダラへ…!」
謎の漫才を見せられ、呆然とする。
「とにかく、お前は暫くうちで保護する」
どうやら野垂れ死ぬ可能性は消えたようで安心した。
「あ、君今都市転覆罪の疑いかけられてるからワンチャン死刑ね」
…え?
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