後三国志奇将演戯―異世界転移の行き先は、三国志のその先! 劉淵と石勒がヒロイン!?―
万和彁了
第1話 白いカラスと岩より生まれた天女
俺は限界だったんだと思う。だから天の御遣いなんていう、わけもからぬものに縋ってしまったんだ。そして俺は臨む。世界の中心、その輝ける暗黒時代を。
『後三国志奇将演戯』
救った命と救えなかった命。その数を比較したとき、普通の医者なら救った命ほうが多いだろう。俺だって日本にいたときはそうだった。外科では天才とさえ謳われてぶいぶい言わせていた。だけどもっと高みを目指したかたし、医者としての使命感で外国での人道活動なんかに志願した。してしまった、と今は後悔している。
「またかよ。うんざりだ」
俺はアジアの政情の安定しない国で医療活動に従事している。今日も紛争で傷ついた子供を手術で救っただけど、スタッフからもたらされた情報に憤りを覚えた。先日命を助けたとある村の人たちが民兵によって虐殺されたという。
「なんでこんなことが……」
ここは民族対立が激しい土地だった。民族なんて言葉は日本じゃ死語だ。ましてやそれが対立要因となって殺し合うのがしょっちゅうだなんて俺には理解できない。だけど病院にはいつも傷ついた人たちが助けを求めてやってきた。だけどその人たちも病院を出たらすぐに誰かに殺される。俺はもう参っていた。だからだろう。病院の外でぼーっとしていた時に魔が差したのだ。
「なんだあれ?白いカラス?」
真っ白いカラスが俺の頭上をくるくる飛んでいた。そしてそれは俺の視線に気がついたからだろうか、ひゅーっとどこかへと飛んでいった。俺はそれをふらふらと追いかけていった。密林の中をうろうろ歩く。途中で子供の死体とすれ違った。カラシニコフを持っている。少年兵だろう。哀れだ。不条理だ。無惨だ。だけど救ってやることはできない。彼はもう死んでいる。
「……カラスは。カラスは何処だ?」
まだ視界の端に白いカラスが見えた。俺をまるで待っているかのよう。追いかける。そしてほどなくしてとても綺麗な湖水の麓に辿り着いた。周囲に淡い霧が浮いている。カラスは大きな木の上に止まっていた。その根元に石でできた大きな箱があった。
「なんだこれ?」
「かー!かー!」
白いカラスが鳴いている。俺はその声に急かされるように箱を開けた。
「剣が二つ?」
その中には煌びやかな剣が二振り納められていた。二つの剣にはそれぞれこう刻まれていた。
竜泉神剣 属於劉弘祖
太阿神剣 属於晋陽段方山
「漢文?神剣とはまた……」
だけどその剣の美しさに俺は囚われてしまった。だから手を伸ばしてその剣たちを俺は両手にとった。
「二刀流!なんちゃって」
中二乙である。だけど同時に抵抗はあった。俺は医者だ。命を奪う道具には馴染まない。これは俺に縁のないものだ。だから剣を戻そうと思った。
「いいのかい?君はそれでいいのかい?」
上から声が聞こえてきた。白いカラスが喋っていた。
「俺も疲れているのかな。もう日本に戻った方がいいみたいだな」
「いいや。君は旅に出るべきだ。だって君にしか救えない命があっただろう」
「だけどいっぱい死んださ!救っても救ってもみんなみんな死んでいった!」
俺はありったけの声で叫ぶ。カラス相手に何をやっているのやら。これはきっとぼーっとして眠ってしまった俺の夢なんだろう。
「でも君はまだ諦めきれないんだろう?」
俺はカラスの言葉に沈黙する。
「ならばその剣を届けるのだ。そうすれば君の歩みたい道がきっと見えるだろう」
「それは何処にあるんだ?」
そしてカラスが言う。
「君の手をもっとも必要としているところ。ただし剣を離すなよ。剣を離せばまた前の日常に戻ってしまうからね。さあ行き給え」
俺は少し考えた。だけど無駄だと思って、剣を持ったまま霧の中へと入っていく。どうせまたあの病院に戻るのだろう。だけどしばらく歩いて。霧が晴れたとき。
「なんだここ?」
さっきまで熱帯の密林にいたはずなのに俺はどこかの山の麓にいた。山に背を向けるとそこには平原がどこまでも広がっていた。
「はぁ?え?なに?はぁ?!」
俺はどう考えても知らない何処かへとたどり着いてしまった。カラスの言う通りになった。俺は知らぬ世界に放り出されてしまったのだ。
しばらく考え込んでいたけど、助けを求めるためにとりあえず山の方へ向かうことにした。麓になら山小屋くらいあるかもしれない。俺は歩く。林の中に入る。一応道があった。そこを歩いていると、木々の間に影が見えた。
「何かいる?」
目を凝らす。そしてその影は一つじゃないことに気がついた。それらは唸り声をあげて俺に迫ってきた。
「GoOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
「うわぁ!!」
それは巨大な獣だった。だけどそれが何なのかよくわからない。四足歩行しているけど、見たこともない動物だった。いいや怪獣だ。奇怪な姿をしている。それらが五頭俺を追いかけてくる。
「くそ!なんだよ!ここはどこなんだよ!」
俺は走り続ける。だけどきっとすぐに追いつかれる。そして俺はあっという間に岩壁まで追い込まれた。その壁は淡く翠色に輝いている。この壁も不思議と言えば不思議だが、今はそれどころじゃない。俺は岩壁を背にして両手の剣を怪獣たちに向ける。
「頼むから去ってくれよ。お願いだからさぁ!」
俺は両手の剣を振り回す。だけどじりじりと怪獣たちは迫ってくる。もう囲まれて逃げ場がない。そして怪獣たちが一斉に俺に飛び掛かってきた時だ。突然突風が吹き荒れた。そして雷が響きわたり、大雨が降ってきた。それに怪獣たちは怯んでいる。そして地面が大きく揺れる。立っていられないほどだった。
「こんどはなんだよ!」
そして後ろからぴきぴきと割れるような音がした。振り向くと岩壁にひびが入っている。そして大きなきーんという音が響いて石壁が割れた。そして裸の女が中から出てきた。
「え?女の子?」
それはそれはとても美しい女だった。長い金色の髪が光り輝いてみえた。俺はその子を受け止める。
「おい。おい!大丈夫か?」
岩の中から女の子が出てくるとか意味が分からない。そしてその子はゆっくりと目を開ける。それは炎のような赤い瞳だった。そしてその眼は俺を見詰めていた。
「あなたがあたしを起こしたの?」
「しらない!お前がそこの岩から出てきたんだ!」
「そう?まあいいけど」
そして女の子は怪獣たちの方に目を向ける。
「お前たち。死にたくなければ首を垂れなさい。あたしは天より地に遣わされた天帝の御遣いであるぞ」
怪獣たちは恐れているように見えた。だけど五頭のうち一頭がその場で伏せをした。残りは震えを抑えながらも俺たちに飛び掛かってきた。
「そう。残念ね。炎剣!」
俺らの周囲に突然火が熾る。そしてそれは剣の形になって横薙ぎに振るわれた。四頭の怪獣はそれで真っ二つになった。伏せていた一頭は剣が逸れたので無事だった。
「賢い子ね。あたしの乗騎にしてあげましょう」
よってきた怪獣は借りてきた猫のようにおとなしい。その子を赤い瞳の女は撫でる。
「名前はそうね。五匹の生き残りだから五花にしまよう」
あまりにも超常的な風景に俺は動揺を隠せなかったのだ。
これが俺と石珠との出会い。そして世界の中心の輝ける黄金時代の始まりだったんだ。
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