ミスティック・ゼロ ~ゼロと馬鹿にされた俺だけど、仕方なく学園生活を頑張る~

雷舞 蛇尾

001 プロローグ ~回想~


 ―― どうしてこうなったんだ ――


 目の前に広がるのは血の海。

 複数人の生徒が力なく倒れている光景。


「はぁ、はぁ」


 荒れ狂う鼓動を押さえつけ、理性を保つ。

 ふと目の前を見やると、一人の見慣れた少女が地べたにペタンと座り込み、虚ろな瞳でこちらを見ていた。


「助けて……」


 光を無くしたその目からは幾筋もの涙が溢れ、その表情には絶望という二文字が体現されている。

 彼女の目の前にもう一人、血まみれで倒れている一人の見知った少女。綺麗な金髪は乱れ、いつもの余裕はその様子からは感じられない。

 それから……、いや、俺の目の前に居たのはその二人だけだった。


―― どうしてこうなったんだ ――


 頭の中で反芻される疑問。

 いやいやと頭を振る。

 いくら学生だとはいえ、この道を進むと決めたのなら、こういう事態だって想定内のはずだ。魔物討伐は決して遊びじゃないのだから。


 俺まで動揺して彼女たちのように絶望に染まる訳にはいかない。


 呼吸を一つ置き、頭の中を冷やしていくように冷静さを取り戻す。

 この状況を打破するには、もう力を隠しておくことはできない――か。

 あまり人には見せたくない力ではあるけれど、四の五の言っている暇はどこにもない。

 絶望の最中、それでも命を残している仲間を救うため、俺は地面を蹴った。


 ◇


「『この世の理は、1ナノの未知な揺らぎで崩壊する』。これは、万能物質『自在石ミスティウム』の存在を発表した斑鳩いかるが正義せいぎ博士の言葉です」


 1986年。

 今から五十年ほど前に突如として宇宙より飛来した約10メートルの隕石によって、人間の、世界の理は変わった。


「皆も知っての通り、宇宙からの飛来物『オブジェクト・アップ』が日本近海に落下して以降、世界各地に『魔洞ダンジョンホール』が発現しました」


 オブジェクト・アップ飛来による魔洞の発現は、当時の世間を震撼させ、人々を恐怖の底に落とした。

 野生動物をはるかに超越した、獰猛で強暴な『魔物モンスター』と呼ばれる生物を魔洞は生み出したからだ。


「この魔洞が生み出す魔物は、近代のどのような軍事兵器を用いても傷一つつかなかった。しかし、オブジェクト・アップの中からわずか数十キロしか採取されなかった物質が人類に希望の道を開いたのです」


 教師は嬉々として説明を続けながら、要約を電子黒板にスラスラと書いていく。


「それこそが斑鳩博士の発表した自在石と呼ばれる物質。地球に存在するどの原子構造にも当てはまらない未知の物質のその特性は、『人の意志に反応して、いかなる物質にも自在にその姿を変えたり、元に戻ったりできる』というものでした。また、物質変化を起こす際に元の質量を変えずにエネルギーを生み出すことも分かり、このエネルギーを使用することで魔物に傷をつけることができました。こうして、人類は魔物を撃退する術を手にしたのです」


 補足するならば、魔物の脳であり心臓でもある『コア』も自在石でできており、魔物を倒せば倒すほど、魔物を倒すための武器の素材も手に入る。

 近年ではこの自在石をインフラ利用できたことで、どちらかというとそちらの目的で自在石を採取している傾向が強くてなっているらしいけど。


「さて、話を魔物に戻しますね。この魔洞から出没する魔物を効率よく撃退していくにあたり、魔物のとある特性を利用しているのですが……。では、七種さえぐささん」


「は、はいっ!」


 教壇に立つ、男性教師に名指しされた俺の前に座る女生徒が、教科書を持ったまま立ち上がった。


「僕たち人類は、魔洞の脅威にさらされながらも、今こうして平和な日常を生きることができている。それはこの魔物の特性を利用した討伐がなされているからです。それは何か分かりますか?」


「えーっと、えーっと――」


 指名された彼女は、おろおろしながら教科書を覗き込んでいる。

 いやいや、これは基本中の基本だと思うんだけどな。


「14ページ」


 俺は頭を抱えながら、後ろから答えが書いてあるページ数を教えた。

 小声で言ったからもしかしたら聞こえていないかもだけれど、それならそれでまぁ仕方がないってことで。

 しかしそれは俺の杞憂だったようで、ページ数が分かったのだろう彼女は、教科書を急いでパラパラとめくり始める。


「えーっと、魔物の特性、それは太陽が苦手だと言うことです。太陽が苦手な魔物は、必然的に夜行性となり、日中は魔洞の中で寝ていることが多いため、日中帯に可能な限り魔洞の入口近辺に居る魔物を討伐することで、夜間帯に外に出てくることを防いでいます」


「はい。ありがとうございます。この特性はこれからこの学校で学びを進めていくうえで、非常に基礎的な知識となりますので、次からは教科書とにらめっこしなくても答えられるよう、しっかりと勉強をしておいてくださいね」


 どうやら教師にはバレバレだったらしい。

 慌てて椅子に座る彼女の顔は恐らく真っ赤になっていることだろうと思っていたら、振り返った表情を見てやっぱりと思った。


「ありがとう。伊砂いすか君」


 彼女は小声で俺にお礼を伝えてきた。

 そんなのは後でいいからとりあえず前向いてちゃんと授業を聞いておけと釘をさしておく。


「さて、今日の授業はここまでですが、少し時間が余っていますね。ではこのオブジェクト・アップについてみんながどこまで知っているのか聞いてみましょうか。伊砂さん」


「はい」


 まぁ、後ろの席だし次は俺の番だよなと思い、重い腰を何とか持ち上げて立ち上がる。


「オブジェクト・アップというこの物体は、何故オブジェクト・アップと名付けられたのでしょうか」


 俺はホッと胸を撫でおろす。

 どんな無理難題を吹っ掛けられるかとひやひやしたけれど、簡単な問題で良かった。


「本来は未知の可能性を意味する『Unknown Possibility』の頭文字をとってオブジェクト・UPが正式名称。UPがアップと読めること、そして魔物から採取される核が人類の生活基盤を向上させる可能性も持っていたため、向上とかけてオブジェクト・アップという俗称が当時のマスコミによって流布され、一般化したことで、オブジェクト・アップと呼称されるようになった。だから、オブジェクト・アップと名付けられたというのは厳密には異なり、今でもオブジェクト・UPが正式名称です」


 俺が気だるげにそう答えると、周りの生徒から「おぉ~」という感嘆にも似た声が上がった。

 俺がまじめに答えられたのがそんなにも意外だったのだろうか。


「ありがとうございます。完璧な回答でしたね。先ほどはあえてオブジェクト・アップという呼称を用いましたが、彼の言った通り、オブジェクト・UPが正式名称となります。今後の授業では正式名称しか用いませんので、何を言っているのか分からないといったことが無いように注意してくださいね」


 教師がそこまで言ったところで、授業終了を告げるチャイムが鳴った。

 どこかで舌打ちするような音が聞こえたが、まぁ、気のせいだということにしておこう。


 ◇


「伊砂君、さっきはありがとう。とても助かったよ」


 お昼休み。

 俺は屋上のベンチで、お手製弁当を食べながらお礼の言葉を受け取っていた。


「助かったよって。あのなぁ」


 俺は白米を一口頬張りながら、彼女に説教をする。


「先生も言っていたけど、魔物の特性なんて基本中の基本なの。あ、甘めの卵焼きめちゃくちゃ旨い。さすがにそのくらい予習しとかないと、世間知らずだって恥ずかしい思いするのは君なんだよ。あ、この肉団子も甘いタレと肉の塩加減が丁度よくておいしい」


「説教かお弁当の感想かどちらかにして欲しいんだけど――」


 そう言いながら、彼女は困ったような笑みを浮かべる。


「でも世間知らずっていうのは耳が痛いかな。やっぱりもっと勉強しなきゃだよね」


 そう言いながら辛そうな表情を浮かべる彼女を見て、少し言い過ぎたかなと思い頭を掻く。


「まぁ、そのために俺がこうして個別レッスンしている訳だから、カバーできてなかったって意味では俺の落ち度かもしれない。一方的に責めて悪かった」


 俺はそう言って頭を下げた。

 しかし彼女は首を横に振る。


「ううん。そうやって優しくしてくれるのは嬉しいけど、それじゃあ自分のためにならないから。だからダメだって思ったことは素直にダメだって言って欲しい。世の中には『零等級自在創術士ミスティック・ゼロ』と呼ばれる人が居ると言われている中で、私はまだ一番下の六等級シックスなんだし」


 彼女は表情に影を落としながらそう告げる。

 『零等級自在創術士』か。

 一等級自在創術士ミスティック・ファーストすら遥かに凌駕する力量を持つとされ、あまりの数の少なさから、その存在自体が幻なのではないかとも言われている数名の戦士たちのことをそう呼ぶ。

 一等級ファーストまでが国に認められたものに与えられる資格であるのに対して、零等級とは国に力を示したものに与えらえる一種の称号のようなものというのが、一般的に語られているおとぎ話だ。

 まぁ、授与された人を見たことが無い国民栄誉賞的なものだと俺は理解している。

 そんな一般的には眉唾物とされてもおかしくないような話と比較するなよなと思いながら、俺は最後の一口を頬張った。


「もっと頑張らないと追い付けないよね。自分の身を犠牲にしてでも頑張らないと――」


 その言葉を受けてそちらに目をやると、彼女は俯いたまま手を震わせていた。

 あー、これはいつもの自己肯定感低下モードに入ってしまったか。


「おーい。あんまり不穏なこと言うなよ、ひ――」


 ザザッ――。


 言葉に気を付けながら俺がそう注意しかけたところで、今テレビの砂嵐ようなものが一瞬目の前に走ったような――。

まぁ、気のせいかと思ったところで、キーンコーンカーンコーンと昼休み終了5分前のチャイムが鳴った。

「あはは、もう片付けなきゃ。ごめんね、伊砂君の言いたいこと、分かってるから」と彼女は照れ笑いを浮かべながら、食べ終わった弁当箱の片づけを始めた。


 本当に分かっているんだか――。


 俺はそう思いながら、入学式から1週間経った日のことを思い出していた。

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