マフィ恋ー雲嵐 過去回想-

らいか

プロローグ 優しい嘘つき

 ーー両親からずっと値踏みされていた。

「雲嵐は浩然よりも頭がいいわね。貴方は要領がいいから、次期ボス候補にもなりそうだわ」

 ーーなりたくもないマフィアのボスになる為だけに育てられてきた。

「雲嵐は優しすぎるのよ。貴方は次期ボス候補になるんだからもっと厳格でいいのよ。将来が楽しみだわ」

 ーーただ俺は……家族と幸せに暮らしたかっただけなのに……

「浩然と貴方を平等に?じゃあ……貴方が浩然の分まで頑張るなら考えてあげるわ?」



 10歳の誕生日。父と母はケーキを囲って俺を祝ってくれた。

「誕生日おめでとう。雲嵐。お前は本当によく頑張っている」

 親に望まれた人格になりきり、理想で塗り固められた息子として生きるのは苦痛でしか無かった。


「親父、お袋。俺の誕生日を祝ってくれてありがとう」


「雲嵐の誕生日プレゼントは新しい道着ですって」


「ははっ!お前は本当に武術が好きだなぁ」

 武術なんて大っ嫌いだ。人の心の痛みを感じてしまう俺にとって、相手を痛めつけるのは精神的に削られる。そんな事もこの両親は知らない……両親の中で俺はマフィアのボスに対して向上心が高い秀才な息子だ。俺は心を殺す度に苦虫を噛み潰したような味が口に広がる。でも……

「親父。今日は浩然も呼ぶ。いいよな?」

「あいつを呼ぶのか?」

「あぁ」

 両親は顔を見合わせると、渋々頷いた。


「……まぁ良いだろう。いつも通り優しく接してやればいいんだろ?……にしても、ますます良くなったじゃねぇか。当主らしい堂々たるぶりだ」

「そうか……」

 浩然の為ならこんな苦痛も耐えられたーー

 浩然は母親に呼ばれ、無愛想な顔つきで部屋に入ってきた。

「浩然……!今日はお前に俺の誕生日を祝って欲しかったんだ。一緒にケーキを食べよう」

 俺は久しぶりにみた浩然の顔に思わず笑顔がでた。しかしすぐにやめた。机の下で強い痛みを感じたからだ。脚の太ももを母親が強く抓った。

 ーー〝冷徹であれ〟という無言の圧だった。

 二つ下の俺の弟の浩然は俺には一切口も聞かず椅子に座った。

「パパ、ママ。俺の分のケーキちょうだい?」

「ふふっ、はいはい。貴方のケーキは大きめのものよね?」


「うん!……あ!また雲嵐のが大っきい!ずるい!」


「雲嵐は次期当主なんだから、人より多く貰わないと示しがつかないのよ」

「ずるいよ!雲嵐なんて先に産まれただけなのに、雲嵐ばかり贔屓して!」

「コラ!そんな風に兄に言うものではない」


「……ふん」

 浩然は父の注意を不服そうにしながらも文句を言うのをやめてケーキを食べ始めた。

 こんな親でも浩然にとっては優しい親なんだな……みんなが甘いケーキを美味しそうに食べるのを見ながら、俺は吐きそうな程苦いケーキを頬張った。


 ケーキを食べ終わると、両親は俺を連れて部屋に戻ろうとした。その後ろを浩然は追いかけてイラストを見せた

「ねぇ!見てパパ、ママ!俺家族の絵を描いたんだ!」

 小さな男の子が2人と両親のイラスト……8歳にしては少し幼い気もしたが、浩然なりに両親に見てほしいと思う努力の表れだった。

 こんな親の何を見て頑張ろうと思えるのかーー

 両親は浩然の絵を見るなり愛想笑いをした。


「ふーん?」

「ははっ、お前は本当に暇だな」

 浩然は両親の言葉を受け止めると、悲しそうに笑った。

 このクソ親どもは浩然の名前で呼んでもいない。親としての愛情も注がない……なのに浩然はずっと親に認めて欲しいと頑張っている。俺は浩然の純粋無垢な姿を見て心を痛め、部屋に向かった。

 俺が部屋に行こうとすると、両親は浩然なんて見向きもせずに俺についてきた。浩然は俺たちの背中を悲しそうにみているのが伝わってきた。

 両親が俺を愛してるから浩然に関心がないって?

 笑わせるなーー

「雲嵐……今日浩然に対して、お前は笑っていたなぁ?」

 こいつらは俺達の利用価値を値踏みしているだけのただの屑だーー

「……すみませんで……」

 俺が言葉を言い終わる前に親父の足が俺の腹を抉る。背中に激痛が走る。

「いいか?お前は次期マフィアのボスとして威厳を持て。甘さを捨てろ」

 母親は浩然の描いた絵を後ろで破り、もう目もくれないように捨てた。俺は2人に逆らうこともせずただ一言。「はい」と受け入れるしか無かった。

 両親は俺の様子を見たあと、部屋を去っていった。俺はすかさず浩然が描いた絵を拾い上げ、一つ一つ貼り合わせた。浩然に冷たい態度でしか接しられないのに、浩然は俺の事も家族と思って絵を描いてくれた……それだけで心が暖かくなった。この世で唯一俺を次期ボスとしてではなく家族としてみてくれているからだ。俺はすかさず浩然の絵を机の引き出しにしまい、手紙を書いた。

 浩然への手紙……母親になりすましてのものだった。俺が幼少期に欲しかった言葉を注ぐように浩然に手紙を書いた。

「梓晴、これをいつものように」

 書いた手紙を侍女に渡す。浩然への手紙を男の俺が描いたらすぐにバレてしまう……だから優秀な梓晴に渡した。彼女なら筆圧を真似ることができるからだ。梓晴はいつものように俺の手紙の内容を母親そっくりの文字で書き換えていく。出来上がった手紙を俺に渡して見せた。


「梓晴。本当にお前はよくできた侍女だ」

 俺は普段封じられている笑顔を向けると、梓晴は眉を下げながら口を開いた。

「雲嵐お坊ちゃま。ちゃんと浩然お坊ちゃまに自分が書いていると本当の事を言わないんですか?」

「いいんだ……浩然には黙っていてくれ。浩然が欲しいのは、親からの深い愛情なのだから」

「雲嵐お坊ちゃま違います。浩然お坊ちゃまは両親だけでなく、あなたとの関わりも欲しがっているように思います。あなたも見たでしょ?この絵を……」

 俺がさっき修復した浩然の絵を見せると、梓晴は真ん中には俺と浩然が手を繋いでいるシーンを指さした。

「浩然お坊ちゃまは雲嵐お坊ちゃまの愛情を欲しがっている証拠じゃないですか。どうしてあなたはこんなにも浩然お坊ちゃまを大事な弟として愛情を注いでいるのに、浩然お坊ちゃまにはそれを伝えてあげないんですか?」

 ーーそんなこと出来ればずっと前にしている……

 でも、あの両親との約束があるからもう二度と浩然に優しく接してあげられない。いい兄になってあげられない……

 俺は遠くを見つめ、心を置いてけぼりにしたまま言葉を放った。

「梓晴。余計な詮索はよせ。感情的になるのは当主としてあるまじきことだ」

 梓晴は俺の言葉を聞いた後、鼻で笑った。

「雲嵐様はマフィアのボスなんか向いてないお方ですね」

 梓晴は言葉を置いたまま部屋を後にした。

 わかってる。俺が1番マフィアのボスに向いてないことなんて……

 でも、俺がなるしかないんだ。浩然がマフィアの世界なんか知らず、幸せに生きてくれるなら耐えてみせる。誕生日の夜。誰もいない部屋で俺はそのまま布団へと向かった。


 7月。

 夏休みに入った頃だった。俺は相変わらず灰色な日々を送っていた。

 こんな地獄を生きる事に無気力感を感じつつ、夏休みの宿題を終わらせる為に頑張っていた。ふと時計を見ると夜中の3時。流石に夏休み初週で夜更かしはいけないと宿題を切りあげた。

 トイレへと向かう廊下を歩いていると、ふと話し声が聞こえた。赤木組の特攻隊員達だった。特攻隊のメンバーは酒を酌み交わしながら話をしている。

「なぁ聞いたか?ボスの跡継ぎ」

「あぁ、雲嵐坊ちゃんだろ?あの人はすげぇな。10歳って若さなのに、もう英語も勉強してるし、立ち振る舞いもボスに似て堂々としてきている。8月には実際に作戦会議に研修で来るとか……」

「ひぇ〜ガキなのに頑張るねぇ〜ボスの期待も大きいだろうな……」

 酔っぱらいの戯言と思い、部屋の前を去ろうとした時、一人の男の声が聞こえた。

「……だが、これで浩然様は18で処分が決まったな……」

 は……?

「兄貴、あの話ほんとなんすか?ボスの弟さん、跡を継げなかったから、殺されたって」

「当たりめぇよ。この世界で跡を継げる能力がないやつと見なされる。さらにはボスの息子。持ってる情報が違う。なら、生かして破門にされるよりも、殺して情報を守ることを優先させられる」

 今……なんて?

 浩然が殺される……?

「それもそうっすね。物流とか探られるのも危ないですし」

「浩然坊ちゃんには悪いですが、我々は何もしてやれませんなぁ」

 嘘だ……俺は浩然を守る為に跡継ぎとしての任を頑張ってきた。なのにそれが逆に浩然を殺すことになっていた。

 俺は頭が真っ白になった。

 どうにかしないと。浩然が……死んでしまう……!

 10歳の俺が考えられる選択肢なんてほとんどなかった。でも普段誰にも弱音を吐かず、1人で抱え込んできた俺に助けを求める手立てはなかった。

 俺の頭の中で出た答えは「家から出ていこう」それしか無かった。

 浩然を守る為に頑張った事が無駄だったこと。親からの酷い扱い。そのふたつの絶望と、のこり少ない浩然が生きる未来の希望のために、俺は真っ暗な街を駆け抜けた。

 朝日が登り、息が切れ、俺は目の前の公園に吸い込まれるように入った。

 金もない。お腹も空いた。でもあるのは公園の水だけ。俺は何も考えず、ブランコに座った。日差しが照り付ける中、俺は1人なのだと気がつくと、安堵で涙が溢れた。

 親から受けてきた辛い境遇。唯一大事にしていた弟からも憎まれる日々。親に言われた弱音を吐いてはいけないという呪いの言葉のせいで自分を殺してきた毎日ーーそんな絶望から解き放たれ、ようやく年相応の感情がこの時押し寄せた。

 泣き崩れ、ブランコの上で泣いていると、まだ朝の6時なのに2人の足音が聞こえた。俺は顔を上げると、そこには赤木組の宿敵である青木組のボス「青木雄大」と小さな女の子が見えた。女の子は俺の顔を見るなり雄大の後ろに隠れた。雄大は俺になんて目もくれず大きなあくびをしたあと、女の子と共にキャッチボールを始める。

 何もすることがない俺は、ただ2人のキャッチボールをながめていた。ボールが空を飛ぶ度に2重に見え、視界に暗い靄がかかっていた。俺がボーッと二人を見ていると、いたたまれなくなった雄大がボールを持ったままこっちへと歩いてきた。雄大は俺の目の前に来るなりその場にしゃがみ、目線を合わせてきた。雄大は柔らかい微笑みで話しかけてくる。

「おいガキ。かぁちゃんと父ちゃんはおらんのか」

 俺は雄大の突然の言葉に驚いた。

 こいつ、赤木組のボスの息子って知っての態度か?俺はぶっきらぼうに返した

「うるせぇ、てめぇは青木のボスだろ……俺は赤木組のボスの息子だ。笑いに来たわけじゃねぇなら帰れ」

 上手く滑舌が回らない。頭がぼーっとする。でもここで青木組に捕まったらどんなことをされるか。俺は意識がはっきりしない中雄大に食いついた。雄大は立ち上がると俺の頭にゲンコツを落とした。隣の女の子も慌てて雄大を止めようと足にしがみつくと、雄大はニヤリと笑って言葉を続けた。

「ガキが強がんな!おめぇみてぇなやつはな、大人の力借りねぇと生きられねぇんだよ。ほら、理由は後で聞いてやっから、うちに来い!」

 そういうと雄大は俺を背中におぶった。

「おーい!お前水も飲んどらんかったやろ。顔真っ赤やぞ。さっき小突いてやったら意識しっかりもどったか?家までしっかりしぃや!」

 あれで小突いた気でいるのか。どう考えても殴りかかられた様にしか思わなかった。俺は雄大の背中に項垂れたまま目を閉じた。


 ーー初めて見た敵の大将は、どこまでもお人好しのバカで、ウザイくらいに眩しい太陽のような人だった。

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