未来を夢見る魔法使いは、平穏を望みます!

羽宮明里

第1話 伝説の魔法使い

 何度も何度も夢に見る。


(私……殺される……なんで……)


 煌びやかな部屋の中、目の前の黒い髪の男が少女へ剣を向ける。剣からは何もかもを飲み込むような深い闇の色を放っている。


「命を賭してもこの罪は償えないと思え」


 男の冷たい声が響く。


(罪……? 私が一体何をしたの……?)


 反論したくとも目の前の男の憎悪と殺気に満ちた瞳が少女に向けられ、あまりの恐怖に声が出ない。

 そして容赦なく向けられた剣は少女を貫く。


「ごめん……」


 視界が暗くなる中、男は誰かの名前を呼んでいる。その声はとても悲痛で表情はどこか泣きそうな顔をしている。


(どうして……なんで、そんな顔をするの?)


 意識が闇に落ちるまで、その表情がずっと脳裏に焼き付いていた。


***


「ん……また……夢」


 アイリスは朝の柔らかな光に誘われてゆっくり目を開ける。そして昔から見ている夢の不快感が拭えない中、ゆっくり身体を起こす。

 身体を起こすといっても柔らかな寝台ではなく、霊山という特殊な山の中にある、ありふれた木の幹からだ。


 霊山は普通の山とは大きく異なっており、強い魔力を持つ希少な生き物が人間から隠れてひっそりと暮らしている。


 そんな山の中でアイリスは魔法の師であるカールから二つの約束をしていた。


 まず一つ目はこの山で生きる希少な動物たちを人間から守ることだ。

 昔からこの霊山には目くらましの結界が張られている。その為人間に認知されずひっそりと平和に生きていけた。

 しかし年々霊山の結界が弱まっており、人間が迷い込みやすくなってしまっている。

 だからこそアイリスは迷い込む人間から、山と生き物を守ることが役割であり、魔法の師であるカールと交わした約束のひとつだった。


 アイリスはぼんやりと遠くを見つめて師を思い出して呟く。


「カールが言っていた十六歳になる年の四月に迎えに来るって言っていたけど、もう四月も終わりそうだよ……」


 アイリスは三年より前の記憶が無い。目が覚めた時にはこの霊山にいた。

 自分の名前すら分からず放心していた頃、ふらっとやってきたのがカールという名の男だ。彼から『アイリス・セレスティア』という名前と、この山で生きるすべや知識、そして魔法を教えられ、霊山の守護の役割も与えられた。


 しかし数年前ある時を境にカールはこの山から出て行ってしまった。


『アイリス、約束だ。十六歳になる年の四月に迎えに来る。迎えに来る頃には山の守護が不要になるような、山の結界を強める魔法を開発する。待っていて」


 これが師匠から言われた言葉だ。その為アイリスはカールが戻る時まで、霊山から一歩も出ることなくひとりで守護することになったのだ。


 そして山の守護と一緒にきつく約束されたことがある。


『アイリスが古流魔法を使う伝説の魔法使いだということを、他人に教えてはいけないよ』


 この世界の人間は全員魔力を持っている。しかし魔法を発現できる人間は限られており、魔法を使える者たちを一般的に魔法師と呼んでいる。


 通常決められた魔法構成から魔法を使用するのが『魔法師』だ。しかし昔は詠唱だけで自由に魔法を使用できる者を総称して『魔法使い』と呼んでいた。この魔法使いが現在の魔法体系を作っていると言っても過言ではなく、魔法の始祖でもある。


 昔は魔法使いが世界を救ったという歴史やお伽話もあり、『救世主』として人々から崇拝されていた。しかし現代では魔法使いは絶滅したと言われている。

 そして人々は詠唱だけで魔法を使用できる魔法を古流魔法と呼び、古流魔法を使える者たちを『伝説の魔法使い』と呼び、崇めている。


 そんな中なぜかアイリスも古流魔法を使えてしまっていたのだった。


『いいかい。なぜ不用意に教えてはいけないのかということは、この霊山と同じさ』

『同じ?』

『そう。アイリスの古流魔法は素晴らしいものだ。だからこそ、その力を狙う輩が現れる。貴族から犯罪組織まで様々だろう。アイリスは望まず様々な者から狙われることになる。命の危険にも晒されることになるだろう』

『!』


 アイリスは師匠カールの言葉を聞いて驚きながらも、秘密を承諾する意を込めて勢いよく首を縦に振った。

 その為アイリスは古流魔法を隠すことを約束したのだった。


(私には世界を救ったり変えたりする力なんて、あるわけないのに)


 何度も思ったことだ。世界を救う力なんてないのに、古流魔法を使うだけで狙われるなんていい迷惑でしかない。


 そんな秘密を抱えたアイリスは、気分を変えて立ち上がると誰かが山に入った気配を感じる。


「……侵入者」

 

 アイリスは走り出す。


「飛べ、我を悪しきもののもとへ」


 アイリスが詠唱を唱えると身体が宙へ浮き、気配のもとまで飛ぶ。このように詠唱だけで魔法を生み出せる魔法が古流魔法だ。


 アイリスは侵入者の近くで着地し、遠目から相手を観察する。

 彼女の視界に入ったのは一人の眼鏡をかけた大人の男だった。

 一見優しそうな男だが、迷ったという雰囲気ではなく、汗を拭きながら何かを探しているように周りを見渡し、それでいて頂上に向かって歩いているように見える。


 アイリスは寝起きだったことを思い出し、鮮やかな桜色の髪を乱雑に手で梳かして身だしなみを整えてから足に力を入れる。


 アイリスは大きな木の太い枝を足場にぴょんぴょん移動してこれ以上男を進ませないように回り込み、男の前に降りる。


「うわあああ! 空から人が降ってきた!」

 

 大げさに驚き大声を出す男。


「この山は立ち入り禁止です。速やかに出て行ってください」


 普段だったら男の背後に飛び降りそのまま気絶させるのだが、この男の優しそうな雰囲気もあり、背後に立つことを躊躇して正面に立ち、戦闘態勢は崩さないまま忠告をする。

 

「あ! 君がアイリス・セレスティアさん!?」

「!」


 いきなり出された自分の名前に驚くアイリス。

 そして同時に冷たいものが走る。アイリスはずっと山で過ごしていた。外の世界に出たことはほぼなく、知り合いも今まで様々なことを教えてくれたカールのみ。不安になりながらもアイリスは律儀に対応する。


「ア……アイリス・セレスティアです……」

 

 困ったように名乗り、ぺこりとおじぎをする。カールに教えてもらった初対面の人への正しい接し方だ。


「律儀だ……ってああああああ! ごめんね、僕の名前を言っていなかったね! 僕はランスロット・バーナード。王立魔法学園の教師をしているんだよ」

「はあ」


 いまいち事態が呑み込めず適当な返事をする。

 

「今日は君に用事があったんだ! アイリス・セレスティアさん。王立魔法学園に入学しませんか?」

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