第6話 街の外は油断できない
さっそくギルドを出たわけだけど、シウ道具店になった元々自分がいた道具店へと向かう。
まんま自分の名前を使うのを躊躇ってシュウじゃなくて、シウにしたんだと。
あれがあったと思うんだよな。
薬草を取るなら必需品だ。
ギルドからメイン通りを戻って裏路地に入る。
こんなところで良く今まで商売できたもんだなぁと思いながら歩を進める。
シウ道具屋へは人の出入りがある。
アイツ。うまくやってんな。
口の端が上がるのを我慢しながら店内へと入って行く。
『リニューアルオープン! ただいま全品一割引き!』と書いてある垂れ幕が下がっていて、ラッキー。
背負いかごを背負い、麻布の五十枚セットを脇に挟む。
その他に必要そうな小さなスコップを一つ手に持ち、カウンターにいるシュウの元へと向かう。
「父さん、毎度どうも!」
「お客さんとしては初めてだよ! 今から薬草取りに行くからこれくれ」
「あぁ。そういうの使うんだ?」
まだまだ勉強不足のようで、何をするのにどの道具を使うかということが理解できていないようだ。
「丁寧に、根を残して麻布で包むと薬草が長持ちするらしいんだ」
これは、以前に冒険者の初心者から聞いたことだった。それが、今役に立とうとしている。
「へぇぇ。流石父さん。僕もこれから知識を蓄えていい道具屋になるよ」
「収集癖のあるシュウなら、俺とはまた違った物を揃えられるだろう。楽しみにしてるよ」
「ふんっ。父さんには負けないよ?」
息子の挑戦的な言い方にこっちも燃えて来る。
「見てろ? Aランク冒険者になってやるからな!」
「ぷっ。いやいや、そこはSランクにしたら?」
シュウは笑いながらお釣りを返してきた。せっかくだからSランク冒険者になりたいと言ったらどうかというが、そこまで甘いものではないということはわかっている。
「俺は現実主義なんだ」
「へぇぇ。ガルさんはAランクなら現実的だと思ってるんですねぇぇ」
後ろを振り返るとニヤニヤしているバンダさんがいた。俺は血の気が引いていくのを感じる。別にそんなに簡単になれるなんて思ったことはない。
ただ、Sランクよりは現実的かなぁと思っただけなんだ。
「バ、バンダさん。いやっ! あのっ! なんというか……」
「いいんですよ! ガルさん。冗談です。その心意気がないと、冒険者は務まりません! 今は、Cランクで満足して食って行こうとか思っている人もいます」
バンダさんは俯くと震えていた。怒りに震えているのかもしれない。でも、Cランクで維持できるならいいんじゃないかな。
「上を目指していない、現状に満足した冒険者がどうなるかご存じですか⁉」
目を潤ませながら鋭い目つきで睨まれた。
「わかりません。すみません」
「……命を落とすんです。そんな後輩を数人見てきました」
バンダさんの目からは涙が零れ落ち、俯いていた。そんなに後輩を失っていたなんて、なんて悲しいんだろうか。
俺が死ぬ確率はもしかしたら若者より高いかもしれない。でも、俺は死なない。
「バンダさん、俺は死なないですよ」
「……ガルさんならきっとなれますよ!」
握手をすると、買い物へと戻って行った。シュウからは感心された。Aランクに知り合いがいるということで。
店を出るといよいよ街の外だ。
薬草の群生地は街から二十分ほど歩いた先にある森の右手側だったはず。そこは崖などはなく、普通に取れるところだったと思う。
今日はサンサンと降り注ぐ日差しが俺の行く先を照らしてくれている。風が後ろから吹き付けてくる。街の香りを届けてくれる。
後ろ髪をひかれながらも歩を進めて行く。
森までの道中には魔物はあまりいないといわれている。
いないわけではないのだ。
真っすぐ森を見て歩いていた。
大きな岩の横を通った時。
「おわっ!」
思わず声が出てしまった。
水色の柔らかそうなスライムが飛び出て来たのだ。
スライムの倒し方は知っている。
「よーっく核を狙って……」
剣を抜き、突き立てるようにして引き絞る。飛び跳ねているスライムへ狙いを定めて、一気に突き出す。
──ザクッ
剣は無情にも地面を抉るだけに終わった。
こちらを小バカにするように飛び跳ねている。
「くっそぉ……はぁぁあぁぁ。いかん。落ち着いて」
ローグさんから手合わせしている時に言われたことがあるのだ。攻撃が当たらなくてイライラすると逆効果なんだと。
こういう時は、一呼吸置いてよく見ることが重要なんだ。深呼吸をしてよく見る。
スライムが飛び跳ねている方向、タイミングをよく見る。俺は初心者の冒険者だ。一からこういう所を吸収していくしかない。
跳ねている体の中の核も一緒になって上下左右に移動しているようだ。体が柔らかいし、核をやられにくいような行動をするんだろう。
体が沈んで伸びて飛ぶ。また沈んで伸びて……。
たまにこちらに攻撃を仕掛ける為に飛んでくる。
攻撃の時は、僅かに色が濃くなっていることに気が付いた。
飛ぶリズムは一緒だ。トーン、トーン、トーン。それならば比較的わかりやすいタイミングだ。それに合わせて核の移動を見る。
飛ぶと体の下へ移動し、沈むと体の上へと移動する。右に飛ぶと左へ、左なら右へ。法則性が分かってきた。
集中すると核のみの移動が分かるようになってくる。
いける。
深呼吸をして核のみに意識を向ける。
核のみが動いているように見える。
結構あるんだよなぁ。
こういうこと。
落ち着いてる。良い感じだ。
「ふっ!」
沈んだ瞬間の核を狙って剣を突いた。
──バシャア
粘液が飛び散り、絶命した。
「っしっ!」
初の魔物討伐に喜びの声を上げながら、鞄から小さな瓶を取り出して粘液を採取していく。こんなことをする冒険者はもしかしたらいないのかもしれない。でも、道具屋としては見過ごせない。
なぜなら、この粘液は物と物をくっ付ける薬剤になるからだ。これは、家を建てる時の壁紙を張る時などに使うことができる。
粘着力がある割に、あまりねっとりしていなくて他の接着剤よりよかったりするのだ。
「これは、シュウにお土産ができたな」
口角を上げながら森へと再び歩を進めた。
何体かスライムが出現したが、難なく倒せた。その度に粘液を採取できたので、俺はホクホクした気分で森へと歩いていた。
遂に森が姿を現した。
群生地は資料で知っているものの、実際に行ったことはない。
少し不安はある。
両手で頬を叩く。
──パンッ
自分の中で気合を入れる。
森の中はどんな魔物が出るかはわからない。
気を付けないと足元を掬われる。
少しの光が降り注ぐ、暗い森の中へと足を踏み入れた。
ひんやりとした空気が肺へ流れ込んでくる。
そこはまるで異世界のような重い空気が身体へ纏わりつき、来るものを拒むような雰囲気を醸し出していた。
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