第7話 それは扉を開く小さな呪文

「【冥途】というメイド…どっかの大人ゲームのキャラクター?流石はメイド、エッチいわね」


キュポッ キュッキュッキュ シュバッ!!

『女中もしくは使用人であって、メイドではありません!エッチなのはいけないと思います!風評被害です!考えを改めてください!』


「ってアンタの姿をメイドっていうのよ!屁理屈っていうのよそれは!というか、さっきから言葉の音だけでどうやって『メイドと冥途』を区別してんのよ!」


などと筆談とリアル声で私は目の中のメイドと殺意をむき出しながらやり取りしていた。未だ私はベッドで正座をしながらメイドも眼前2m位の位置で正座をしてカンペを見せてくる。時折隣の次兄の部屋からシクシクと漫画のような泣き声が聞こえてくるが、兄が何か感動的な漫画でも読んでいるんだろうと無視をした。というか、それがBGMだとしたら最悪な選曲だよ!などと私は思った。


(そもそも壁が薄いのが悪い!そしてこのメイドも悪い!私、悪くない!!…でも夜遅いからそろそろ小声で話さないと…というか私まだお風呂入ってないや!こんな変なメイドを相手してる場合じゃあない!)


と、どうやら兄のすすり泣く声(?)で現実に引き戻されて日常生活を思い出した。

私はその不可思議メイドに向いて


「取り敢えず話はここまで。はい、定位置に戻って。それももうちょい小さくなってくれる?大きく見えると精神がもたないのよ。結構ジワジワくるから」


と言うと、メイドはイソイソとカンペにマジックで文字を書き、胸の高さにそっと持ち上げてこちらに向いた。それも目を丸くして驚いた様子で。私は「何だろ?(そのあざとげなポーズは?流石メイド、媚の売り方がいやらしい)」と言いながらカンペの文字を読んだ。


『え?私、居ていいんですか?』


メイドの反応はなるほど納得だった。私は先程まで「出て行け」と言っていたのに「待機していろ」と意見を変えたからだった。私はため息を一つついてメイドに向かって口を開いた。


「意思疎通出来るんならね。取り敢えず私の生活の邪魔だけはしないで。あと家族に迷惑や害をかけるようなら…」

と言いながら自分の右手を拳にして右頬に当てる。


「私が強いか、アンタが強いか。勝負が始まる…いいわね!!」


と脅迫すると、メイドは頭をブンブンと振り『しません!しません!!』と書かれたカンペを見せつけてきた。「分かったなら…」と私が言い切る前にメイドは視界の右上に走り出し、今までよりも遠く(?)移動したらしく大きさが豆粒程度になっていた。私は一息つき、メイドに向けて話しかけた。


「それでよし!(そのまま消えろ!)」


と言うと豆粒大のサイズになったメイドが何かを書いてカンペを振っているのだが、見えるわけないので無視することにしてお風呂場へと向かった。




「くは~…疲れた…」


湯船に浸かりながら口から漏れた言葉は女子中学生らしからぬ言葉だった。目を重点的に指圧しながら顔のマッサージをする。すると頭のてっぺんが痺れるように気持がよくなった。

「…これは本当に目が疲れてるわね~~誰の所為かな~~?」

と小言を言うと、メイドがペコリ~と頭を下げた。やれやれと思いつつ、今は極楽気分だから許してやることにした。

ふ~と息を吐きながら浴室の天井を見上げ、今日あった出来事を振り返った。


(学校に行く前にこのメイドが自転車のサドルにI字バランスで立ってて、そして保健室で…いや、おかしくない?)


私の中でふと疑問が湧きだした。それは『朝のあれは何だったのか』という事だった。何故あんな馬鹿な格好で私の大切な自転車のサドルでポーズをしてたんだ?確かにあの時メイドは目の中に居たのではなく、現実に居たはずだった。間違いなく足を刈った、私の手刀で。感覚もあったし、メイドが無様に地面とキスをしたのも見た。それを『顔を動かして、目で追って、見た』はずだった。

つまり存在したメイドを見ていたことになる。目の中に居るメイドではなく。

そう考えると『視界のメイドとあのメイド』は同一のものだったのだろうか?という疑問が湧いた。

疑問に思ったら答えが欲しくなるお年頃。私は視界のメイドに対して手招きをしながら


「ちょっと、メイドカモン!」


と呼びつけると、メイドの冥途はイソイソと視界の端から目の前に息を切らせながら走ってきた。そしてビシッと軍隊バリに直立不動の体勢になった。いや、ここは軍隊じゃないから…と思ったのだけれど、そんなことはどうでもいいかと思って先程の疑問をメイドに投げかけた。


「ねえアンタは今朝、私の自転車で変なポーズしてたわよね?」


と問いかけると、メイドは表情を変えずカンペに何か書き始めた。

キュッキュ キュッキュ

(…相変わらずこれってタイムロスなのよね)

とメイドが一生懸命文字を書いている間、私はボーっとその工作を見ていた。だが、やっぱり口から文句が出てしまった。


「喋ったり出来ないのアンタ?」


その一言にメイドは手を止め、こちらを見た。すると書き込んでいたカンペの画用紙のページを一枚めくり、新しく文字を書き始めた。

キュッキュ キュッキュ

(…あ、無理ってことかな?また無駄な時間を費やしてしまった感じ?)


と私が思っていると、メイドはサッとカンペを見せてきた。


『目で音を感じることが出来たら変態ですよ?主は変態なんですか?目で捉えることが出来るのは【光と記憶】です』


はい、カッチーーーーーーンときましたーーーー!!

半分まで読んだ時、私の中で怒りのメーターが天元突破一歩手前まで行ったのだが、その後の文章を見たことで疑問が湧き踏みとどまることが出来た。私、偉い!と思い、右頬に向けてかざした右手をスッと湯船に沈めた。


「光と記憶?光は分かるけど…【記憶】っておかしくない?視界とか風景とかなら意味が分かるんだけど…」


と問い直すとメイドもまた首を傾げていた。だらだらとしていたら流石に湯船に浸かり過ぎていたらしく、のぼせてきた。私はメイドに「ハウス!」と言って定位置に戻し、風呂を出ることにした。




自室で髪を乾かしながらカンペの意味を考えていた。


(【記憶】…かぁ)


その単語が妙に引っかかっていた。

へーそうなんだー、と流せばいいものの、それが不思議と出来なかった。

ブオーとドライヤーから出る熱風が湿った髪を乾かしていく。日常のワンシーンを取り戻した私は熱に負けていた頭が正常化していった。けれど正常化した頭でもあの言葉の答えを見つけることが出来なかった。

記憶とは何か?

と言った私をメイドのあの不思議そうな表情でこちらを見返したことを思い出す。つまり『目で感じるのは光と記憶』だという考え方が『メイドにとって極当たり前』ということなのだろうとは理解できた。


(つまり、私から説明を求めても的確な答えは返ってこないってことよね)


と普段よりも頭が冴えていた。お風呂の効果は絶大らしい。フウっと息をつきつつ乾いた髪をとかす。

そういえば今朝の事を聞いていないと思い、大豆よりちょっと大きい位になったメイドを見ると正座して待機していた。それもどうやら瞑想しているようで目を瞑っているみたいだ。


「貴様は武士か!」


と言い放ったけれど、メイドは微動だにしなかった。相手にするのも馬鹿馬鹿しくなり、私は再び大きなため息をついてベッドに潜り込んだ。


(目で感じる記憶って何なんだろう…)


電気を消した室内の天井をぼんやり見ながら再びその問いを頭に巡らせていた。時折窓から車のライトが飛び込んできては消え、光と闇を演出した。

ライト、光、記憶…

目で見た物がいつかは過去に。いいえ、一秒後にはそれは過去だよね。それに、光が到達したときには過去だよね。網膜?だっけ?それを通過したときにはもう過去の映像をみているわけで…


過去、記憶、思い出…


その言葉は薄れる意識のなかでもずっと響いていた。

それは祈りのように。

それは呪いのように。

それは祝うように。

それは听(わら)うように。

それは混ざり合い姿を変えるように…


ゴウン!ゴゴゴゴゴゴ…


その言の葉は、鉄の扉を開く鍵となってしまった。

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