第18話 企みの露呈

 エリン嬢の誕生日会から数日が経った。


 あの一件以来、俺とエリンの婚約は滞りなく進み、今では公然の事実として貴族たちの間に広まっている。


 もちろん、これでジゲンが諦めるはずもない。

 むしろ、俺という邪魔者を排除するために、より過激な手段に出てくる可能性すらあった。

 そのリスクを潰すためにも、こちらから仕掛ける必要がある。


「それで、本当にアルカナ家に向かわれるのですか?」


 俺が外出の準備をしていると、背後から不満そうな声が投げかけられた。

 振り返ると、そこには腕を組み、頬を膨らませたレイラが立っていた。


「ああ。婚約者になったんだ。顔を見せに行くのは当然だろう」

「むぅ……。それはそうですけど……。私もお供します!」

「お前は屋敷で待機だ。これはクルーシャ家とアルカナ家の問題で、お前が首を突っ込む話じゃない」

「ヤウェル様の護衛兼剣術指南役なのですから関係あります! それに、婚約者って言ったって、どうせヤウェル様のことだから、何か裏があるんでしょう? 先日、私をお嫁にしてくれるって言ったばかりじゃないですか!」


 ぷんすかと怒るレイラに、俺は軽くため息をついた。


 確かにレイラを嫁に迎えることに吝かではないと伝えたが、あれはあくまで将来的な話だ。

 この世界の貴族にとって複数の妻を持つことは珍しくない。


「心配するな。俺が負けることはない。それとも、俺のことが信用できないか?」


 俺がそう言って彼女の瞳をまっすぐ見つめると、レイラは一瞬たじろぎ、視線を泳がせた。


「うっ……。そ、それは……信用してないわけじゃ、ないですけど……」

「ならいいだろう。大人しく待っていろ」


 俺はそう言い残し、レイラを屋敷に置いて一人、馬車でアルカナ家の屋敷へと向かった。


 ジゲンを相手にするのに、レイラを巻き込むわけにはいかない。

 彼女のレベルは51。

 ジゲンのレベル127には遠く及ばず、足手まといになるだけだ。



   ***



 アルカナ家の屋敷に到着すると、俺はエリンの婚約者として丁重に迎えられた。

 すぐにエリン本人が出迎えに来てくれ、俺は彼女に一つの提案を持ちかけた。


「エリンの魔術訓練を見学させてもらえないだろうか」

「私の、訓練を……ですか?」


 エリンは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに意図を察したのか、こくりと頷いた。


「わかりました。……ジゲンも、おりますが」

「問題ない。むしろ、好都合だ」


 俺たちは連れ立って、屋敷内にある広々とした訓練場へと向かった。

 そこでは既にジゲンが待っており、俺の姿を認めると、貼り付けたような笑みで一礼した。


「これはこれは、ヤウェル殿。わざわざエリン様の訓練にお越しとは、感服いたしました」

「婚約者の実力は把握しておきたいのでな。邪魔するつもりはない、続けてくれ」


 俺は壁際に立ち、腕を組んで様子を窺う。

 ジゲンは一瞬だけ鋭い視線を俺に向けたが、すぐにエリンに向き直った。


「ではエリン様、先日お教えした大規模魔術の構築を。私が魔力の流れを補助いたします」


 そう言うと、ジゲンはエリンの背後に立ち、彼女の肩にそっと手を置いた。


 ――それだ。


 ゲームの知識通り、物理的な接触によって魔力を吸収している。

 エリンの魔力が揺らぎ、ジゲンへと流れ込んでいくのが、俺にははっきりと視えた。

 エリンは必死に魔術を構築しようとするが、その顔は苦痛に歪み、術式は安定しない。


「くっ……!」

「おやおや、エリン様。どうかなさいましたか? 集中力が足りていないようですよ」


 ジゲンは心底心配しているかのような口ぶりで言うが、その目は愉悦に細められている。


 これ以上、好きにさせるわけにはいかない。

 俺はゆっくりと二人の方へ歩み寄った。


「面白い補助の仕方だな、ジゲン殿」


 俺の声に、ジゲンの肩がぴくりと震えた。


「……どういう意味でしょうかな、ヤウェル殿」

「その魔力の流し方は非効率的だ。まるで意図的に循環を乱して、どこかへ……そう、しやすくしているように見える」


 俺の言葉は、技術的な指摘を装った直接的な告発だ。

 ジゲンの顔から笑みが消え、空気が張り詰める。


「……ヤウェル殿は剣士でありながら、魔術にも造詣が深いようだ。しかし、これはアルカナ家に伝わる高度な補助技術。貴殿の理解の及ぶところではありますまい」

「そうだろうか? 結局は結果が全てだろう。――エリン」


 俺はエリンに視線を移す。


「魔術を構築する際、流れを内側で一回転させてから放出してみろ。余計な経路を断ち切れるはずだ」

「……! はい!」


 俺のアドバイスに、エリンは一瞬驚きながらも、すぐに実践する。

 すると、今まで不安定だった術式が嘘のように安定し、眩い光を放ち始めた。

 ジゲンが魔力を吸い取ろうとしているにも関わらず、それを上回る効率で魔力が制御されている。


「なっ……!?」


 ジゲンが目に見えて動揺した。

 計画が俺のせいで狂わされていることに、ようやく焦りを覚えたらしい。


 俺はここで畳み掛ける。


「素晴らしいな、エリン。やはり君は本物の神童だ。……だが、これではまだ足りない。本当の上達には、実践に勝るものはないからな」


 俺はジゲンに向き直り、挑戦的な笑みを浮かべた。


「ジゲン殿。エリンへの良き手本として、貴殿と俺で模擬戦というのはどうだろうか? 異なる専門分野の戦いは、彼女にとっても良い刺激になるはずだ」


 ジゲンは完全に追い詰められた顔をしていた。


 この申し出を断れば、俺の指摘を認めたも同然。

 宮廷魔術師としての、そして指南役としての面目は丸潰れになる。


 かといって受ければ、俺という得体の知れない存在と直接対峙することになる。


 しばらくの沈黙の後、ジゲンはギリ、と歯を食いしばり、低い声で答えた。


「……面白い。ええ、お受けしましょう。ヤウェル殿の実力、この目で見せていただきましょう」


 よし、乗ってきた。

 これでジゲンを公の場で叩き潰す口実ができた。


 俺の隣で、エリンが心配そうな、それでいてどこか期待に満ちた瞳で俺を見つめていた。


 今の段階のジゲンなら負ける事は100%あり得ない。


 第一の死亡フラグを叩き折るための舞台は、整った。

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