神様のルーブ・ゴールドバーグ・マシンー神様のピタゴラス○ッ○ー
青月 日日
神様のルーブ・ゴールドバーグ・マシン ノリノリ版
むかしむかし、まだ夜が眠り、朝が息をつくよりずっと前のこと――
世界のひとつの角に、小さな神さまがひとりいました。
この神さまは、とても長いこと生きていました。季節は数えるほどの指の間を滑り、山は何度も髪を洗うように変わり、川は退屈を流しても流しても足りませんでした。神さまは最初、世界の仕組みをいじることが楽しくて仕方がありませんでした。雲に節をつけたり、星にほんの少し遅刻を教えたりするたびに、彼の胸はぽかぽかと温かくなりました。
けれど、やがてそれも慣れてきて、笑いは少し薄れ、世界はただ規則正しく動く機械のように見えるようになりました。神さまは鏡の前に座り、自分の顔を見つめました。そこには、誰かと分かち合う表情がありません。孤独は、夜と同じくらい深く、冷たく彼を包みました。
「もう、終わりにしたい」と神さまは小さな声で言いました。
しかし、消滅は簡単ではありません。長年にわたって結ばれた法則と環は、そう簡単にほどけません。試してみても、彼は消えることができず、ただ薄れてゆくだけでした。悲しいことに、薄れるだけでは孤独は消えません。
そこで神さまは考えました。――もし、自分の分身を作り、その分身に自分を消してもらえたらどうだろう。分身は自分の知恵と好奇心を持ち、しかも別の存在である。消滅は完成するかもしれない。消えることができれば、孤独も終わる。そう信じて、彼は手を動かしました。
彼はまず、自分の小さな影をこね、言葉をひとつ植え付け、笑い方を教えました。それはすぐに動き出しました。けれど、神さまはそれだけではつまらないと思いました。儀式のようなもの、壮麗で無駄の多い仕掛け。美しくて手の込んだ手順を好む彼は、大きな計画を立てました――世界自体を長々とつないだ「ルーブ・ゴールドバーグ・マシン」を造り、最後の歯車が回ったときに、分身がこの世に「生まれる」ようにするのです。
仕掛けは山を跨ぎ、海の泡を利用し、風の歌を鍵にし、町の時計が三度鳴ると同時に小さなベルが落ち、ベルの音で最後の箱が開く――そんな具合に、無意味に見える動きが次々とつながってゆきました。神さまは完成して、深呼吸をして、スイッチを押しました。世界は長い協奏曲のように動き出しました。子どもたちはそれを不思議そうに見つめ、老人は昔の約束を思い出して涙を拭きました。機械は笑い、雲は拍手をして、最後に小さな光がふわりと舞い降りました。
光はひとつのかたちを取り、分身が生まれました。分身は神さまのすべて――優しさも怒りも、孤独な冗談も持っていました。でも、分身には生まれたばかりの眼差しがありました。世界を見つめるその目は、創られた者のまっすぐさを持っていました。
神さまは分身に頼みました。消えてほしい、と。
分身は首をかしげ、小さく笑いました。
「おじさん、どうして消えるの?」
「私は――孤独が嫌なのだよ。もうひとりでいるのは耐えられない。君が私を消してくれれば、私はいなくなれる。そして孤独は終わる。」
分身はしばらく黙って、空の色を数えました。やがて答えました。
「もしおじさんがいなくなったら、私は独りになるよ。私は自分で考えるために来たのに、独りでいるのは嫌だ。私は君と話したい。君の作った世界を一緒に見て、壊れたところを直して、退屈を笑い飛ばしたい。」
分身は自分の指を見つめ、そして神さまの手を取るように伸ばしました。触れられた神さまは驚きました。消えるはずだった彼の胸が、ふしぎと温かく震えました。世界は静かに呼吸をしました。
哲学者のように、分身は続けました。「消えることは簡単かもしれない。でも消えることによって何が終わるのか、考えよう。君が消えたとして、君の創ったものはどうなる? 創造の責任は残る。消滅は逃げではないかな?」
神さまはその言葉に、はっとしました。彼は長い間、自分の存在を終わらせることだけを考えてきましたが、創ったもの――風の歌、朝の匂い、子どもの笑顔――それらは誰が見るのか、誰が手入れをするのかを考えていなかったのです。消滅は確かに孤独を終わらせるかもしれない。でもそれは、世界に対する約束の放棄でもありました。
分身もまた一つの問いを持っていました。「それに、君は消滅したら悲しくならないの?」
神さまは少し照れて、うなずきました。「きっと、思い出しては泣くだろう。消えるのは楽ではない。」
二人は笑い、そして話し合いました。何時間が過ぎたのか、日がどれほど流れたのか、二人とも気にしませんでした。分身は問いを投げ、神さまは昔の遊び方を教え、二人で世界を少しずつ直していきました。壊れかけた橋を直し、星の位置を少しだけずらし、誰かの名前を忘れさせないために夜に小さな記憶の箱を置きました。
やがて噂が広がりました。神さまは消えなかった。分身は創造者を消さず、ふたりで暮らしている――と。人々はそれぞれの答えを見つけました。ある者は安心し、ある者は失望し、またある者は新しい問いを抱いて寝床に入りました。
最後に、神さまと分身は並んで丘に座り、遠くを見ました。神さまは子どものように訊きました。「分身よ、君はどうして私を消さなかったの?」
分身は空の一片を拾って、丁寧に手のひらに乗せました。「だって、消すという行為は終わりだけれど、私たちがここにいることにも意味がある。創る者が消えると、創られたものはどうなるか。創ることは責任であり、愛情なんだよ。だから、私たちは友達になったんだ。」
丘の草は風に揺れ、世界の歯車はいつも通りに軋みました。けれどその音は、以前より柔らかく聞こえました。たとえ最後の歯車が回って新しい神が生まれるような仕掛けがあっても、創造と消滅だけでは測れない価値があることを、二人は知っていました。
それからも、神さまと分身は世の中を見守り、時に口論し、時に一緒に歌を作りました。人々は彼らのことを「二つの心を持つ神」と呼び、子どもたちは丘で彼らの話を聞きながら星を数えました。そして誰かが孤独になりそうなとき、そっと彼らは現れて、手を差し伸べました。
おしまい。
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