第18話 告白
花火を存分に楽しんだ私達は村長の家に戻った。
「どうして二日も帰ってくるのが遅れたんだ?」
マーベルはクロをツンツンしながら尋ねてくる。
「…」
村長は私が入れた珈琲を
「言いづらいなら、別にまた今度話しても構わないんだぜ!」
意を決して私は口を開いた。
「実はこの間の貴族のパーティーに参加した時、屋敷が襲撃されたんだ」
「だから予定より帰って来るのが遅れたんだな…。みんな怪我はしてなかったのか?」
この場で少し濁して伝えた方が無難かもしれない。
「うん。みんな怪我はしてなかったよ…。アレク様が標的でたまたま敵と居合わせたけど、私は襲われてないから。多分だけど、騒動は無事収まったと思う…」
事実は違うけれど、起きた出来事をそのまま伝えると返って不安を煽るだろう。
私が襲撃者とか鉢合わせて、毒で倒れてしまった事とかね…。
ただ、嘘をつくことに抵抗もあったから、少し歯切れの悪い感じになったのは否めないけど。
「まあ無事で何よりだな」
「うん」
まあ、それについては本当にそう思う。
こうやってマーベル達に会えたしね。
「そういえばさっきルリ姉が話したいことがあるって言っていたよな!この話とは違うことなのか?」
「そうだね…」
いざ打ち明けるとなると、少し勇気がいるな。
すーー、ふぅー。
二人に打ち明けるって決めたからね。
「あのさ…。私、この村から出て行こうと思ってるの…」
「おう……。いつ出ていくつもりなんだ?」
マーベルは軽く相槌をうち、村長は頷くだけでじっと見守ってくれる。
二人ともそこまで動揺した様子は無い。
もしかして、村長たちは察していたのかもしれない。
口に出したことは一度も無かったけれど。
「本当はね、来年ギルドに登録をして冒険者になってから、この村を出るつもりだったんだ…」
「お、おう、そうだったんだな!」
少し目を見開いたマーベルだったけれど、そのまま話を続けてくれと目で訴えてくる。
マーベルが大人しく耳を傾けているのが、少し意外な反応だった。
てっきり、冒険者になることすら反対してくるかと思っていたから。
「けど、予定が変わったんだ。突然なのは本当にごめん!明後日にはこの村を離れようと思うの」
口に出したら余計に感じるけど、唐突すぎるとは思う。
「それは急すぎるだろ!けど、どうしてなんだ?」
怒ると思ったけど、マーベルは思ったより冷静に理由を尋ねてきた。
村長もあまり動揺した様子はなく、優しく見守っている。
「アレク様から直々に学園に入らないかいって提案があったの。せっかくの機会だから、行ってみたいって気持ちが強くてさ…」
勿論、この気持ちに嘘偽りはないけれど、学園に行く理由は他にもある。
それはまた私が襲われてしまう可能性があるということ。
万が一その時近くにいたら、危害が加わらない保証は何処にもない。
正直に二人に打ち明けたらきっと、
「大丈夫だ!心配ないからここにいろよな!」
「そんなこと気にせず大丈夫じゃぞ」
って言ってくれるだろう。
だからこそ最悪の事態を想定したら、二人からなるべく離れて今置かれている状況を知る必要がある。
二人から離れたら確実に安全になるのか?
と言われたら違うけれど、側にいるよりかはマシだと思う。
「学園に行くために離れるか…」
マーベルは小さな声で呟く。
村長は珈琲をテーブルの上に置くと、真っ直ぐな瞳でこちらを見てくる。
今まで、自分の願望をこうやって伝えたことはなかった。いつも村長たちに少し遠慮することが多かったから。
だから二人も私の要望を叶えようとしているのかもしれない。
「冒険者になりたいっていうルリ姉の気持ちは分かったし、応援するぜ!」
「うん」
冒険者になることは応援してくれるようだ。
打ち明けて良かったな。
「けどな、学園に通うことには反対だぜ!」
マーベルは顔を
やっぱりそうだよね…。
眉間に皺を寄せているマーベルは、予想通り学校に行くことには賛成してないようだ。
分かっていた反応だけど、一応訊いてみる。
「マーベルはどうして反対なの?」
「そこまで悪い騎士じゃ無かったみたいだけどな…。
ルリ姉を攫ったやつがいる所に頼るのが賛成したくないって理由だな。
それにアレク様がいい人だったとしても、ルリ姉を強引に連れ去った事実はあるからな」
「そうだね」
地下牢で話した以降はあの騎士は見ていない。
恐らくどこかに左遷されたか、解任されているかもしれないけど、そこはマーベルにとって関係ないのだろう。
「それだったら、冒険者になるから明後日ここを離れる!って言ってくれた方がオレは納得できるぜ!」
そうなんだ…。
「まあ、本音を言えば嫌だけどな」
「うん…」
普段は能天気なマーベルだが、今は真面目でチャラけた雰囲気が全くない。
私自身、マーベルの主張も理解はできる。
もし逆の立場で事件の詳細を知らなけれれば、私もマーベルと同じ反応をしていたかもしれないし。
だけど、襲撃者のことを考えると、どうしても話す気持ちになれず、この場から離れた方がいいと思ってしまう…。
村長の意見はどうなんだろう?
ここまで話したけれど、序盤から無言でこの場をずっと見守っている…。
「村長はこのことについてどう思うかな?」
目が合うと、村長がゆっくりと口を開いた。
「…ワシはな、ルリの進む道を拒むつもりはない。じゃがな…。
どうしても、今すぐここから離れないといけないのかのぉ?」
いつもより元気の無い口調で、寂しそうな面持ちで村長が尋ねてくる。
「いずれここを離れて冒険者になろうと思っていたから…。まあ、いきなり学園に通いたいって言うのは自分でもちょっと図々しいかもしれないけど、離れようと思っているかな」
村長は先程よりも悲しみを帯びた瞳でこちらを見やると細々した声で呟く。
「そぉか…」
二人とも私が冒険者になることは、そこまで言及してこないようだ。
「なあ、金銭的に学園はキツいんじゃねえか?」
椅子から立ち上がったマーベルは納得がいかないのか、学園に入るための問題点を指摘する。
実際、そこが平民が学園を諦める要素で一番大きな割合を占めているだろう。
確かにマーベルの言う通りだ。
「うん。私一人じゃ通えなかったけど、アレク様がサポートしてくれるからそこは大丈夫かな…」
苦虫を潰した表情でマーベルは黙り込み、椅子の背もたれ部分に視線を落とす。
「全くお金が無いわけじゃないからのぉ。…ワシのお金が足しになるかわからんが、少しばかり出しても構わぬかのぉ」
村長は悲しんではいるものの、背中を押しくれるみたいだ。
お金を工面してくれるのはとても嬉しいけど…。
もしも、村長が金銭的に余裕があればもっと贅沢な暮らしを送っているだろう。
それにこの14年間、ずっと傍で面倒をみてくれたのだ。
だから今回は村長に甘えるべきではないと思って、その受け入れを断った。
「村長…気持ちは凄く嬉しいけど、何とかなるから安心して欲しいかな」
私は心配させまいと微笑みながら話した。
村長はここ最近…。
いや、過去を振り返ってもこんなにも沈んだ顔を見せたことはあっただろうか。
バンッ!!!
豪快に木製の椅子が吹き飛んで、無造作に積み上げられている物が崩れ落ちた。
マーベルに視線を向けると、鋭い視線で睨んでいた。
ムカついて強く蹴り飛ばしたのだろう。
「もう勝手にすればいいんじゃねぇか!早く学園に行きたいなら、さっさと行けばいいと思うぜ!じゃあな!」
マーベルは悪態こそつかなかったものの、玄関の扉を乱暴に閉めて立ち去った。
「こんな形で突然、打ち明けてごめんなさい…」
静寂が訪れた空間にポツリと零す。
私は村長に負担をかけたくないから申し出を断ったけれど、それが良く無かったのかな…。
「いいんじゃよ。マーベルのことは気にしなくていいぞい。…明後日には本当に旅立つ予定なのかのぉ?」
既に村長の顔から悲しみは消えていた。
温かい眼差しだけど、何かを決意したような瞳で私を見つめた。
「そのつもりかな…。本当に急でごめんなさい…」
「大丈夫じゃ。打ち明けるのは勇気がいったじゃろう。今日はゆっくり休んでおくれ」
「うん…」
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