第16話 村長の家


 《マーベルside》


 ルリ姉が貴族の屋敷から戻ってきたのは、予定していた日から二日も過ぎていた。


 オレは何かトラブルに巻き込まれたから、二日も遅れて帰ってきたんだろうと思った。

 だけど、本人に理由を直接訊かなかった。


 仮に教えてくれたとしても、今のオレでは役に立てることはほとんど無いし、力になれないと思ったからだ。


 それに無事に帰ってきている訳だからきっと大丈夫だろ。


 オレは日課のランニングをしながら、考え込んでいた。

 ルリ姉が騎士に拘束されて、初めて自分の無力さを知った。

 子供だからしょうがなかったって、一言で片付けたくはない。

 実際そうなんだけどな。


 さらわれたのも蓋を開けてみれば、貴族に仕えている騎士だったから良かった。

 これがもし盗賊やごろつきなど、犯罪に手を染めた悪人ならルリ姉はどうなっていただろうな…。


 想像しただけでも恐ろしいぜ…。


 まだ十二才のガキかも知れないけど、オレは大事な家族を守りたい…。

 直接血は繋がっていないけれど、ルリ姉はオレの家族だと思っている。


 まあ、血が繋がってないことを知ったのは去年の秋頃だったけどな。

 まあ、別に知ったタイミングはそこまで気にしなくてもいいだろ。


 そんな事実を知ったところで今までの関わり方が変わることは無いし、これからも変えるつもりはない。


 ルリ姉はルリ姉だしな。

 ただ、オレはルリ姉が困っているとき、助けて欲しいと頼られたときには力になりたい!


 呼吸は少し乱れていたが、走るペースを上げて力強く地面を蹴る。


 たが、このままのオレじゃ駄目だ。

 もっと強くなって、ルリ姉がオレに背中を預けてくれるくらいに大きくならないといけねぇ!


 そろそろ今日のノルマは走り終えそうだ。

 残りの力を振り絞って、ラスト追い込む…。


 せめて今できることだけでも、全力で取り組むぜ。

 この後は腹筋と腕立て伏せだな!


 オレは鈍感で人の気持ちを察するのは得意な方じゃない…。

 だけど、今回ルリ姉が無事に帰って会った時、何か胸に秘めた思いがあるような気がした。


 長年一緒に居たからそう直感的に感じるだけかもしれないけど、恐らく何かを打ち明けようとしていた雰囲気だったんだ。


「はぁ、はぁ。ふう…」


 全力を出し切ったオレは荒くなった呼吸を鎮める。

 出来れば剣とかの訓練とかしたいけどな…。

 そんなもん家にはねえから、取り敢えずスタミナだけでも付けておこう。


 実はこの間、こっそり鎌を振り回している所をルリ姉に見られた。

 ルリ姉は村長に告げ口してオレは怒られたしな…。


 オレは村の門を潜る。


「今日もランニングお疲れ様!」


 ルリ姉が門の裏側にいて、珍しく労いの声をかけてくれた。


「おう!あれ、ルリ姉またランニングするのか?」


 今朝、村の外周をルリ姉が走っている姿をチラッと見ていた。

 また走るのかな?

 オレは気になったから訊いてみる。


「今日はランニングはしたからいっかなぁ。マーベルにちょっと言いたいことがあってね」


 ルリ姉は少しモジモジしながら、小声で呟いた。。


「ん、なんだよ!」


 もしかして悩み事でも打ち明けてくれるのか?

 オレは汗ばんだ手のひらをギュッと握り、ビシっと仁王立ちの構えをとる。


 どんとこいっ!

 いつでも受け止めるやるぜって感じの雰囲気を出した。

 オレはルリ姉を力強く見つめると、


「あのさ…」


「なんだ!?」


「……今日の夜、村長の家で三人で花火しない?」


「…花火?…お、おう…いいぜ!」


 なんだよ!

 身構えたけど、全然大した内容じゃなかった。


 まあ、オレも花火は好きだけどなっ!

 拍子抜けしたオレは顔が緩んで、ズッコケそうになった。



  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 玄関のベルを二回鳴らしてその場で待機する。


 少しするとくぐもった声で聞きづらかったけれど、扉の向こうから、


「入っておくれ」


 って声が聞こえた気がする。


 ちょっと花火、待ってきすぎたかなぁ…。

 大量に花火を入れた袋は少し重かった。


「お邪魔しまーす!」


 村長にも聞こえるように大きな声を出して、中に入る。


 あれ?

 いない…。

 多分、奥の部屋に居るのかな。


 どっこいしょ…。

 入口の隅に花火を置いて、手近にあった椅子に腰を掛ける。


 奥の部屋からドンガラゴンと大きな音が聞こえたけれど、あまりに気にせず足元に居た黒猫を抱き上げる。


 クロは、にゃーっと可愛らしい鳴き声は上げて、ご機嫌が良さそうな表情を浮かべる。


「今日は大人しいねぇ。いつもガシャンガシャンする役目はクロなのにね」


「…にゃ」


 言葉の意味が伝わった筈も無いのだが、タイミングよく返事をする。


 村長の部屋は割と色んなもので溢れており、基本歩きにくい。

 収集癖があるのか適当に物を上に積み上げてあり、部屋の中には小さな山が幾つか見える。


 クロがここにいて向こうの部屋で雪崩れが起きるってことは、村長は何か捜し物をしているのかもしれない。


 向こうで何を探しているのかなぁ。


「探し物手伝おうかー?」


 これだけ部屋が散らかっているなら私も一緒に手伝った方が早いだろう。

 この間片付けたのに…。

 潔癖症ではないが、こんなに物が散乱していたら日常生活に支障が出そうだ。


「いんや、構わんぞい」


 ごそごそ音を立てながら、手ぶらの村長がやって来た。

 どうやら探し物はまだ見つかっていないらしい。


「マーベルはまだ来ておらんのぅ」


 マーベルと目元がそっくりな、黄緑色をしたタレ目の村長が呟く。


「そうだね。庭にもいなかったからどこいるんだろうね」


 昼間走っていたからランニングの日課は終わってるかもしれない。

 とはいえ、庭にもいなかったから何かしているのだろう。

 やたらマーベルは訓練を頑張っているからね。


 私は撫でていたクロから村長に視線を移す。

 村長は短髪だが、顎髭だけ無造作に生えていた。髪も髭も真っ白である。


 私が小さい頃はまだ黒い部分もチラホラあったけれど、今は完全に雪原のような色に染まっている。

 村長も年を重ねたなと改めて実感する。


「今日の献立は決まっておるかの?」


 村長は伸ばした白い髭を触りながら、私に尋ねる。


「特には決まってないかな…。冷蔵庫の中を見て考えるつもり!」


 いつも私が料理を作り、夜ご飯はいつも村長の家で食べている。

 寝る時は向こうの家だ。

 昨日は流石に村に帰ってきたのが遅かったから、ここでご飯は食べていない。


「そぉか。なら今日は外で肉でも焼いてご飯にしようかのう…。どうじゃ?」


「たまにはいいね…!けど、なんかあったの?村長?」


 ここ二年くらいは外でバーベキューをしていなかったため、つい気になって質問する。


 ちっちゃい頃はよく外で肉を焼いて食べていたなあ…。

 懐かしい。

 私が料理をするようになってからは、ずっと家の中でご飯を食べている。


「気分じゃ気分…。それに部屋も散らかっておるしなぁ」


 村長は一瞬、かげりのある表情を覗かせた気もするが、直ぐにニコッと微笑んで部屋を見渡した。


 確かにね…。

 ついこの間まで貴族の屋敷に滞在していたから、部屋の中はいつも以上に散らばっている。

 定期的に村長の部屋を掃除するけれど、昨日の夜に帰ってきてからはまだ手付かずだ…。


「軽く掃除して、私が料理しようか?」


「いんや、今日は外で食べようぞ。ルリもたまにはゆっくりしたらよい」


 久しぶりにバーベキューするのでもいっか。

 夜に花火もするしね。

 

「外で食べるなら火起こしてくるね!」


「よろしく頼んだぞぉ。ワシは野菜を切って準備でもするかのう」


 マーベルはそのうち来るだろう。

 昼間に花火しようって言ったし…。


 私は外に出て薪を置いている小屋に向かった。

 

 うーん。

 村長…。

 薪全然ないだけど…。


 外で焼肉したかったのって薪を準備して欲しかったのかな…。

 もう…。

 薪作りは明日マーベルとしよう。

 今日は軽くバーベキューが出来る程度の木を調達しにいくか。

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