32.幕間 ラーグ大公の思惑

「ラーグ大公閣下、フェレント公爵殿が面会に来られておりますが」

「……会おう」


 リリアのお披露目パーティーの前々日。

 南方の領地より王都に到着した私は疲労困憊だった。

 四十も半ばにもなって長旅は辛い。本当はゆっくりと休んで体力を回復させたいところ。


 しかし血縁関係にあるフェレント公爵の件は私の耳にも入ってきていた。

 いわく、妻であるハーマをノルラント治療院送りにさせられ、子のリリアを奪われたとか。

 これは確かに私のさらなる権勢拡大において厄介事になるやもしれぬ。

 会うしかなかった。


 私の執務室に訪れたフェレント公爵はやつれ、私より疲れていた。


「お久し振りでございます、閣下」

「うむ、久しいな。まぁ、かけたまえ。何用だ?」


 この大した才覚も魔力もなく、顔と血筋のみで公爵になった男が正直なところ私は好きではなかった。ろくに前線にも出ず、軟弱極まりない男だ。

 そのくせ変なところで思い切りが良いのも始末に負えない。


 とはいえ座学は相応にできていたので、公爵は務め上げると思ったのだが。

 それから私はフェレント公爵から愚にもつかぬ演説を聞かされた。ヒルベルト様の逆鱗に触れ、リリアを奪われてうんぬん。


 はぁ……心中で深いため息をつく。この件について私の結論はもう出ている。

 理はヒルベルト様のほうにある。


 リリアにしたことについては、事が起きた後にフェレント公爵の屋敷の人間に確認してある。さもありなん、だ。


 どうしてあの馬鹿女のハーマの手綱を取っていなかったのか、理解できん。

 私でさえ、こうして情愛を持って愚かな一族の者の話を聞いているというのに。


 なぜ実の娘に愛情を注げなかったのであろうか?

 最後まで熱心そうに聞いてあげた私を誰か評価して欲しいものだ。


「それで……夫人を取り戻したい、と?」

「はい。それと叶うならリリアも。マリサと合わせてまた四人で暮らせれば……!」


 ――正気か?

 喉の奥から出かかった言葉を呑み込む。

 私がいくら王国内で権勢があっても、こんなことには使いたくない。


 そもそも私はハーマも好きではなかった。

 あの女は顔がいいだけで、他に特技があるとすれば嘘が上手いくらいだ。

 遠く離れた南方の社交場でさえ悪評が広まっている女だぞ。


 そう言ってしまいたかったが、自制した。

 この男にもまだ使い道はある。


「……私の言う通りにすると誓うか?」

「はい、もちろんです!」

「夫人はしばらくの間、諦めるがいい。これがひとつめ」

「な、なんと? それでは意味が……」


 あの馬鹿を戻すのは百害あって一利なし。どうでもいいことだ。


 私が興味あるのはリリアだけ。彼女は魔力も図抜けており、容姿も期待できる。

 だが一番は子どもながらに利発で賢そうであったという点だ。

 

 フェレント公爵とハーマを見事やり込めた、というのは誇張だろうが。

 それでも大の大人に負けまいとする性根の強さは評価できる。


 私にとって大きな駒になってくれそうなのは間違いない。


「まずはリリアだ。夫人に比べて、急を要するのはこちらではないか?」

「……確かに、そう言われれば」

「だろう? お披露目パーティーに合わせて、戦略を練ろうではないか」


 しかし話し合いを重ね……結局、戦略を考えたのも私。

 この男からは泣き言しか出てこなかった。

 つくづく使えぬ男だ。





 そしてお披露目パーティー、当日。

 実際に会って私は度肝を抜かれた。


 リリアは果たしてこんな子どもであったであろうか?

 前に会ったのは数年前。この頃の子どもの成長は著しいにしても。


 いや……大したものだ。

 最初はヴェラー大公やヒルベルト様との応酬になるかと思いきや。

 思わぬほどにリリアには胆力がある。


 これでも私は武人にして政治家だ。目線の揺らぎ、手足の震え、奥底の魔力の波。

 全てから心理状態を読むことができる。

 その勘が言っていた。リリアは普通の子どもではない。


 フェレント公爵とハーマにきっぱり絶縁を言い渡したというのも……あり得る。

 これほどまでに心が強いのであれば。


 そして魔力を披露するフェルト様とのダンスも見事の一言であった。

 ダンス自体はまだ研鑽の余地があるとしても。


 ふたつの魔道具を身体を動かしながら使うのは、言うほど簡単ではない。

 大人でも制御術に不得手なら苦労するであろう。適性があっても十三歳で出来れば御の字。八歳であそこまで出来るとは、まさに神童だ。


 ヒルベルト様がリリアを奪ったのも頷ける。

 まぁ、冷血そうに見える王妃様にも情はある。シャーレに対しての義理立てかもしれないが……しかしあのリリアになら情も湧こう。


 そして私が頭を働かせているというのに――リリアの挨拶途中、フェレント公爵が妙な動きをしていることに私は気が付いた。


 ……何かしようとしている。 もしかして、叫ぶつもりか?

 私はすぐに彼のズボンの袖を後ろから引っ張った。

 これは私の直感だが、正しかった。フェレント公爵が動きを止める。


「余計なことはするな」


 全く、何を考えているのだろうか。

 せっかくの晴れの舞台をぶち壊しにするつもりか。

 はぁ……戦略うんぬんを話し合ってきたのが馬鹿らしい。


 あの子の価値がフェレント公爵にはわからぬか。

 あれだけの制御術を身につけているのなら、将来はどれほどの大物になるだろう。

 その子の晴れの舞台を壊そうとするとはな……。


 ……王家の式辞が終わり、私の胸の内はたぎっていた。

 あれほど有望なのは数十年振りだ。本当に面白くなってきた。

 フェレント公爵の手元に戻すのも一興かと思ったが、考えを改めよう。


 決めていた戦略のうちのひとつを小声でフェレント公爵へ伝える。


「リリアの価値をもう少し釣り上げよう。プランCだ」

「それでは……娘が返ってこないのでは?」

「お前は私の言う通りにしろ」


 やれやれだ。

 事はもはや、そういう次元ではないというのに。


 これは政争だ。それも十年後を見据えた、一大劇。

 さて、リリアはどう反応するか。それでさらに器がわかろうというものだ。



これにて第3章終了です!

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