30.お披露目パーティーで頑張ります!④

 壇上の裏の幕が開き、私とフェルトは手を繋いだまま舞台へと躍り出ます。

 大丈夫。足はもつれません。


 軽く息を吐いて、私たちは向き合います。

 会場からは拍手が鳴り響いていますが、その声と視線に引っ張られてはいけません。

 私はぎゅっとフェルトの手を握りました。


「リリア、行くよ」


 こくりと頷くと、フェルトが足を動かして始めます。

 同時に楽団が明るく弾けるような旋律を奏でました。


 エンバリー王国における夏の名曲『陽は高く、楽園にて』です。

 パーティーで良く演奏される楽曲に乗り、私たちは踊ります。

 でも、タダのダンスではありません。


 彼のリードに合わせてステップを踏みながら、同時に私の心は腕につけた魔道具のリングにも注がれました。


『ゆっくり、焦らず』


 招待客ではなく、フェルトを見て。

 何度も練習してきた通りにやるだけです。


 ダンスは難しい物ではありません。

 リードするフェルトはとても動き回って大変だけど、実は私はあまり動かないダンスなのです。


 優雅に見えるステップを踏みながら、私はリングに魔力を与えます。

 張り裂けそうな心の火を形に変えるのです。

 

『ぴー!』


 リングから魔力で作られた幻の小鳥が舞い上がりました。

 鮮烈な赤色の小鳥です。


 小鳥は可愛らしい声を上げながら、私とフェルトの周りを飛び回ります。

 よし……!


 まずは第一段階、成功です。

 これに観客たちがどよめきます。


「もう身体を動かしながら、魔道具を……?」

「殿下はまだ八歳と聞いていたが」

「すでにこれほどの制御術を身につけておられるとは……」


 これは王妃様とローラ先生の作戦です。

 正直、ダンスだけを見たら私はお粗末なものです。

 不慣れなドレスで踊れるほどの運動神経はありません。


 でも魔道具とフェルトがあれば……素晴らしいお披露目になります。


「その調子だよ、リリア」


 励ましてくれるフェルトの声を聞きながら、私は胸元のブローチに意識を向けます。

 そうです、魔道具はひとつだけじゃありません。


 まだ私はできます。

 今度は胸元のブローチに魔力を注ぎまました。


 大丈夫、落ち着いて……。

 これらの魔道具はローラ先生の作った難しくない魔道具です。


『ちゅんちゅん!』


 今度は空色の小鳥が胸元から生まれました。

 ぱぁーっと赤色の小鳥をかすめ、私とフェルトの周りを旋回します。


 私の心はこれ以上ないほど、研ぎ澄まされていました。

 今、ここからは色々な物が見えます。


 陛下と王妃様は心から喜んでいるようでした。

 温かい視線を感じます。


 壇上の裏にはローラ先生がいます。

 相変わらず仏頂面ですが、小さく頷いてリズムを取っていました。


 大叔父様は壇上のそばで警備の責任者を務めています。

 視線を向けると、にかっと笑ってくださいました。


 まだまだ、ここからです。

 私は意識をブローチとリングに向けます。


 もっと華麗に。

 注ぐ魔力に応じて小鳥がくるくると壇上を舞います。


「……ふぅ」


 フェルトが息を整えました。彼も魔道具を持っています。

 魔力が弾け、彼のネックレスから純白の鳩が飛び出しました。


 成功です。三羽の鳥が交差し、美しく鳴いてくれます。


『くるっくー!』

『ぴーぴー!』

『ちゅんちゅんー!』


 小鳥たちの鳴き声と夏の曲がシンクロし、楽団も激しく盛り上がります。

 誰が始めたのか、会場からリズムに合わせて手拍手が鳴ります。

 この会場にいる皆が、音楽と鳥と私たちと一体になってくれました。


 ヴェラー大公は……身体を震わせて、涙を浮かべているようでした。

 私を通して母を思い出しているのでしょうか。それは救いでしょうか。

 もしそうなら、私も嬉しいです。


 ノルザは目を見開いて、身体を強張らせていました。

 私のことはもう放っておいてください。しっかりとやっていけますから。


 そして最後に、ラーグ大公は爛々らんらんとした眼で私を見ています。

 でもどこか驚いていて――控えめですけれど、周りに合わせて手拍手をしていました。


 最後のパートになって。

 汗を浮かべたフェルトが耳元でささやきます。


「……いくよ」

「うん!」


 最高潮に高鳴ったところで、ダンスが終わりました。

 小鳥も魔力の粒になって綺麗に霧散します。


 そこで私とフェルトがお辞儀。同時にシンバルの音も響いて曲も終わりました。


「素晴らしい!!」

「これほどの子どもは初めて見た!」


 会場の皆が、褒めてくれます。

 拍手がいつまでも鳴りやみません。


 はぁぁ、やったぁ……。

 なんとかやり遂げました。


 実際に踊ったのは五分程度。

 それでも私にとっては初めての大舞台です。


「……頑張ったね」

「ありがとう、フェルトのおかげ」


 私より遥かに激しく踊ったフェルトが高揚したまま、頷きます。

 彼が一緒で本当に良かったです。

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