3.王妃様は私の味方

 私の部屋は一階の隅にある。

 ろくに家具もないし、掃除もおざなりなので埃っぽいのだ。

 ちなみに窓ガラスも割れている。およそ公爵令嬢の部屋ではなかった。


 王妃様とセバスさんはそんな私の部屋に入るなり、顔をしかめた。


「セバス、人を呼んで掃除させなさい」

「承知いたしました」


 貧相な私の部屋に王妃様がいると、場違い感が凄い。

 ちょっと申し訳ないレベルだ。

 

 というか、流れで呼んできてしまったけれど……。

 王妃のヒルベルト様は前世の記憶の中でもラスボスと言われる御方だ。

 ……緊張する。


 小さなテーブルについた私と王妃様。

 で、私のすぐ隣に座るんですね、王妃様。


「ふふっ、そんなに緊張しないで」

「は、はい」

「リリアちゃん、あなたの状況はなんとなくわかってきたわ。でもひとつだけ分からないことがあるの」

「なんでしょうか?」

「ちょっと前に会った時とは、ずいぶんとあなたの雰囲気が違う気がするのよ。あなたはもっと静かな子だと思ったわ」


 鋭い人だ。あの短い中庭の会話で私の違和感を読み取っていた。


 王妃様は正しい。私はさっきまでの私じゃない。

 あの目の前で扉が閉められ鍵をかけられた時に 前世の記憶が流れ込んできて私は変わったのだ。

 

 私が知っているのは、この世界が某有名悪役令嬢の小説にそっくりだということ。このままでは毒親の言いなりになる悪役令嬢になって、断罪されるということだ。


 でも不思議なことにリリアとしての感覚も記憶もしっかりある。魂は変わっていない気がする。異世界の間で記憶と人格が同期したと言えばいいのだろうか。


 地球で暮らしていた頃の私も、間違いなくリリアなのだ。平均的な日本人の家庭に生まれたリリアの魂が私で。異世界のリリアを助けるために目覚めた、とか……。今の状況のままだと破滅する。その危機が魂を同期させた。

 というように理解している。


 だっておかしいでしょ。

 公爵家の長女を部屋に閉じ込め、食事も満足に与えないだなんて。しかも家庭教師やマナー教育も最低限未満。これじゃまともな大人には育たない。


 いや、育てる気なんてないのだ。ハーマが大事なのは異母妹のマリサだけ。私にきちんと育ってもらっては困るのだから。


 すでに私の心は壊れかけていた。

 何をされても無気力で、反抗しない子ども。ハーマの顔色だけを窺い、じっと辛抱するだけになっていた。

 ハーマの言う通りに動くだけの操り人形。その先にあるのは破滅だ。


 それがようやく魂が目覚めて、こんな状況にできたのだ。でも前世とかを言っても信じてもらえない。当たり障りのないように言わなくては。


 私は王妃様を正面から見上げて、


「見えるようになった、と言いますか。自分の状況がおかしいって、思いました」

「……そうね」

「だから勇気を出しています。私は――」

  

 そこで王妃様が私を抱きしめてきた。


「そうよね、もういいわ。ごめんなさい」

「あ、あの……?」


 柔らかなラベンダーの匂いが私を包み込んでくれる。

 とても優しい香りだ。


「あなたのことは、気にかけていたの。でもハーマが会わせてくれなくて。ああ、こんなことなら……もっと強く出るべきだったわ!」

「王妃様……」


 王妃様の顔を見ると、目に涙が浮かんでいた。


「本当にごめんなさい、リリアちゃん。私はあなたのお母様に約束していたの。絶対にあなたを守るって……」

「私のお母様と?」


 私を産んでくれた母の名前はシャーレ。でも私を産んですぐに死んでしまった。私が知っているのはそこまでだ。小説の中でもほとんど触れられていない。

 なので私も何も知らなかった。


「ええ、シャーレはとても頭が良くて乗馬の上手い令嬢だったわ。私は貴族学院であなたのお母様と、とても仲が良かったのよ」

「そ、そうだったのですか」


 だからか。王妃様の産んだ第一王子と婚約させた理由は。私の魔力だけじゃなくて、お母様との関係もあったのだ。


 だから私の様子を心配して……。

 あれ? 王妃様はとっても良い人じゃないか。

 お母様との約束を何年経っても守ろうとしてくれるなんて。


「それが本当に、こんなことになるなんて」

「いいえ、まだ大丈夫です」


 私はやっと目覚めて、状況を認識した。

 こんな家からは抜け出してやるのだ。そのために必要なことはなにか。

 この家ときっぱりと決別するしかない。


「私がこの家から出たいと言ったら、お手伝いしてくれますか」

「当然よ。私はあなたの味方だから」


 王妃様は震えていた。

 その姿を見ていると、私も胸を締め付けられる。


「どうか私の子になって、リリアちゃん」

 

 私は力強く頷いて、王妃様を抱きしめた。

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