第45話
午後の教室。退屈そうに机に突っ伏し、指で無意識にデスクの表面をなぞっていた。神宮寺綾はダンス部の練習で不在だ。学園祭が近いため、彼女は最近遅くまで練習することが多くなっている。
教室の一角では、佐藤美咲たち女子が最新のテレビ番組やアイドルの話で盛り上がっている。耳を澄ませてみるが、そこに出てくる名前も話題も、私にはまるで別世界のものだ。元男子だった私には縁遠すぎるし、今は女子の身体であっても、まだ完全に輪に入れている気がしない。
うつらうつらしはじめた頃、隣の席から聞こえてくる男子二人の会話が耳に入った。鳥居悠智と石川達介だ。声はひそひそとしているが、キーワードとなる「足利桜梨」という名前ははっきり聞き取れた。
こっそりと姿勢を変え、声のする方へ耳を傾ける。
「で……結局、言うのかよ?」石川の声には少し呆れたような諦めが混じっている。
「わ、わかんねぇよ……」鳥居の声は悩みに満ちていた。「もし振られたら、もう友達もできなくなるかもしれないだろ?中学の時からの付き合いなのに……」
「でも、言わなきゃ永遠にわかんねぇだろ。少なくとも、まずは相手の気持ちを探ってみたらどうだ?」石川はまだ冷静にアドバイスしている。
「気持ち?どうやって探れってんだよ……話すだけで緊張して死にそうなのに……」
鳥居の不安と迷いに満ちた声を聞いていると、不思議な懐かしさと共鳴を覚えた。遠い昔、男の子だった頃、無数の昼下がりや夜、私も同じように、臆病なバカのように、心の中で何度も神宮寺綾にどう近づくかを反芻していたものだ。告白したい勇気は風船のように膨らんでは、「もし断られたら」という現実の針で簡単にしぼみ、毎日「行きたいけど行けない、行かないのは悔しい」というジレンマにもがく日々――。
かつて、私もこんな風に隅っこで、どうすれば神宮寺に近づけるかと悩んでいたあの頃のことを思い出した。
聞き入りすぎて、すっかりその共感できるもどかしさに浸ってしまい、うっかり肘で机の角の筆箱を落としてしまった。
「パシン!」
カチッと硬い音を立てて筆箱が床に落ち、中身の文房具が散乱する。
私ははっと我に返り、悪さがバレたように慌ててしゃがみ込み、拾い集めた。
「ごめん!ちょっと落としちゃって!」物音に気づいてこちらを見た級友たちに、気まずそうに笑って謝った。
鳥居と石川も会話を止め、ちらりとこちらを見たが、すぐに顔を背け、それ以上話すことはなかった。
---
放課後、チャイムが鳴ってから随分時間が経っていた。教室にはほとんど人がいない。カバンをまとめ終わるが、綾はまだ戻ってこない。
「また自主練してるのかな……?」
教室を出ようとすると、鳥居悠智と石川達介が廊下の壁際に立っているのが目に入った。鳥居は私の姿を見ると、顔を一瞬で赤らめ、唇を動かしているが、もごもごと言葉にならない。どうやら言い出しにくそうだ。
傍らの石川が我慢できず、肘で彼を小突いた。「早く言えよ、おい」
鳥居は覚悟を決めたように深く息を吸い、一歩前に出て、私に向かって深々とお辞儀をした。
「星野さん!お願いがあります!」
突然の大礼に私はびっくりした。
まだ私が返事をする間も与えず、鳥居は堰を切ったように早口で喋り始めた。
「僕、足利桜梨さんとは中学が同じだったんです!ずっと……ずっと前から桜梨さんのことが好きで……!最近、ますます告白したい気持ちが強くなって……でも……すごく怖くて……」
彼は顔を上げ、切実な眼差しで私を見つめた。
「桜梨さんが僕のことをどう思っているのか、知りたいんです……!だから……星野さんから、さりげなく桜梨さんに、僕のことをどう思ってるか聞いていただけませんか!?お願いします!」
そう言い終えると、もう一度深く頭を下げた。横にいた石川も一緒にお辞儀をした。
「星野さん、こいつ、ここ数日ずっとそのことばかり考えてろくに寝てもいないんです。どうか助けてやってください」
目の前の恋愛に悩む二人の男子を見て、心中に「同病相憐れむ」という共感が再び湧き上がってきた。「今は女子だから女子に近づきやすい」という現実的な理由以外に、かつての臆病だった自分自身への後悔を、彼らを助けることで埋め合わせたいような気もした。
うなずき、「やってみるよ」と言おうとしたその瞬間、ポケットの中の携帯が鋭く震えた。
取り出して画面を見ると、そこには綾からの、短くて衝撃的なメッセージが表示されていた。
【怪我。至急保健室に来て。】
「明日聞いてみるね!」
期待に満ちた鳥居にそう言い残すと、他には構っている暇もなく、カバンをしっかり握りしめ、背を向けて保健室へ全速力で走り出した。
保健室のドアに駆けつけ、ほとんどぶつかるようにして中へ飛び込んだ。消毒液の匂いが鼻を突く。綾がベッドにもたれかかっている。左足のくるぶしは分厚い包帯でぐるぐる巻きだ。
「どうしたの!?何が起こったの!?」ベッドまで駆け寄り、息を切らしながら尋ねた。目は包帯で巻かれた彼女の足首から離せない。
綾の顔色は少し青白く、こめかみには運動の後の汗がにじんでいる。それでも私を見ると、努めてわずかな笑みを浮かべた。
「ダンスの着地で、足をくじいちゃった」
傍らにいたダンス部の部長が申し訳なさそうに口を開いた。
「私の責任です。綾の動きに気づいてあげられなくて……」
綾は首を振った。
「部長のせいじゃない。自分がみんなに追いつきたくて、動きを急ぎすぎたから」
彼女の目は自身の足に落ちている。
「先生の話では、中度の捻挫で、しばらく安静が必要だって。学園祭……出られないわ」
少し間を置き、彼女は私を見上げた。
「もしくは……葵が代わりに出てくれない?」
ダンス部長がすぐに首を横に振った。
「無理だ。もう時間がなさすぎる。綾、君は今、しっかり治すことに集中しなさい。隊形は調整するから、心配するな」
部長は彼女をさらにいくつか励まし、保健室を去った。残されたのは私たち二人だけだ。
部屋が静かになった。平静を装う綾の横顔を見て、胸が痛み、同時に少し怒りさえ覚えた。
「無理しすぎだよ!」思わず口をついて出た。「前に、無理するなって言っただろう!」
綾はわずかに顔を背けた。
「ただ……みんなの足を引っ張りたくなくて……」
彼女の声は次第に小さくなった。
「……結局、こうなっちゃった」
彼女のそんな様子を見ると、これ以上責める言葉は出てこない。ただ深く息をつき、彼女のベッドの脇に座り、そっとシーツの上に置かれた彼女の手を握った。
「もう、いいよ。こうなった以上は」声をわざと柔らかくして。「この間は、家でしっかり休んで治そう」
綾は私の手を握り返すでも、振り解くでもなく、ただ黙ったまま、視線は虚空の一点を見つめていた。学園祭の舞台に立てないこと――負けず嫌いで強い彼女にとって、それは足の痛みよりも、ずっと辛いことなのだろう。
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