第3話

朝日がカーテンの隙間から差し込み、神宮寺のドレッサーに小さな光の斑点を落としていた。

私は衣櫃に掛けられたピンクの織物を前に呆然と立ち尽くし、指先で二本の細いストラップを弄っていた。

どう見てもこれは何かの武器の缚り紐にしか見えない。

「变態」

「私の下着を一生眺めてるつもり?」背後から神宮寺の声がした。彼女が長い髪を右肩にまとめる動作がはっきりと伝わってくる。

その言葉に触れたように私は手を離した。

「子猫ちゃん、主人の下着でオナニーしようかなんて考えてた?」

彼女はその織物を手に取り、私の目の前で残像ができるほど揺らした。

「これはヴィクトリアズ・シークレットの限定品よ、汚したら賠償してもらうからね·…」

神宮寺が突然近づき、鼻先が私に触れそうになる。

私はパジャマの裾をぎゅっと握りしめ、半歩後ずさりする。

背中が衣櫃の扉にぶつかり、鈍い音を立てた。

神宮寺は私の襟元をひっくり返し、指先が肌をなぞる。

「ノーブラ状態がずいぶん続いてるみたいだけど、監視力メラにパンチラ映ったらどうするのよ·…」

彼女はふわりと透けるような黒い布の塊を投げてきた。

私は慌ててそれを受け止めるが、レースのリボンが手首の内側をかすめる。

広げてみると、複雑な形をしたブラジャーだった。クロスしたストラップは、どこか中世の拷問器具の設計図のようだ。

「これ···ちょっと透けすぎじゃない?」

「野良猫に選択権はないの」

彼女は突然手を伸ばして私のパジャマの裾をめくり、指先が下腹部をかすめる。小さな戦傈が走る。

「これは女の子の必須の鐘よ」

「五分間あげる」

姿見鏡には私の不器用な姿が映っていた。

背中のホックは、故意に意地悪しているかのような暗証番号ロックで、クロスしたストラップは胸に赤い跡を刻んでいる。

三度目に指が絡まった時、背後に突然温かな身体が寄り添つてきた。

「よく覚えておいてね」

黒いレースのブラジャーが肌に触れた瞬間、私は背中を跳ね上げた。

「リラックスして。」

私が息を呑む声と彼女のくすくす笑いが重なる。

ブラジャーを着け終えると、彼女は突然私の肩をぐいと掴んで体をひっくり返した。

鏡には、彼女が私たちの胸を比較するような危険な姿勢が映っている。私は顔を赤らめてそらした。

「やっぱり私より大きいわね」

「昨日の目測には誤差があったみたい」

「目測?」

「子猫がお風呂に入ってる時にさりげなく計っといたの」

彼女は突然ストラップをきつく締める。突然の压迫感に、私は彼女の胸の中に倒れ込んだ。

薄い寝間着を通して、彼女の胸の鼓動のリズムがはっきりと感じ取れる。

「どうやらブラジャーを買いに行く必

要がありそうね」

——

試着室の光灯がブンブンと音を立てていた。私は姿見鏡に映る見知らぬ輪郭をじっと見つめる。

黒いブラジャーが信じられないようなウエストとヒップの比率を強調している。

「女の子の身体って、こんな造りなのか?解剖図とはまったく違う、流動的な幾何学的美学だ」

「やっぱり何度見ても飽きないな!自分がこんなに美しいだなんて」ノックの音が響く。

私は試着室のドアを頭が通れる程度の隙間だけ開け、神宮寺を見た。「これ···背中のホックが、外、外せないんだ…」

ドアは瞬間的に引き開けられ、神宮寺がさっと中に滑り込んできた。

「教えるのにも授業料がいるわよ」

私はすくむように前のめりになり、額が鏡に触れる。

彼女の指はヴァイオリンの弦を結ぶように器用で、ブラジャーが外される瞬間、どこか見知らぬ膨張感が胸郭から広がっていく。

「こっち向いて」彼女は突然命令した。

無意識に体を向けた刹那、神宮寺の親指が私の頭を押さえつける。

「これらの数値、よく覚えておいてね」

「科学は厳密でなければ」彼女は手品のようにメジャーを取り出した。

「動かないで」彼女は近づいて私の首周りを測り、垂れた髪が胸の裸の肌をかすめる。

「呼吸が荒すぎるとデータに影響するわよ」

メジャーがお尻に移動した時、私はついに我慢できずに彼女の手を払いのけた。

「ヒップのデータは脱がないと正確に」

「ダメ!」私は必死にスカートの裾を握りしめ、布が裂ける音が狭い空間に格外にはっきりと響いた。

「80/64/90··なんて罪深い数値なん

だ」

神宮寺は軽く笑い声を上げ、指で私の熱くなった類をつついた。

彼女は振り返り、ドアに少し隙間を残して出て行った。

「次は実戦課程よ」私は頭を隙間から出す。下着店の暖色灯の下、神宮寺が衣類を選ぶ姿は、現代アート展を布置しているかのようだ。彼女は青いブラジャーを一つ私に手渡した。

「ここまで露出度高くないとダメ?」私は手のひらに収まりきらないほどの小さな布地に目を見開いた。

「桃が熟する時には必要な投資よ」

指先がブラジャーの縁をなぞる。異様な触感が神経末梢を伝い全身に広がる。

これが女の子が毎日経験する儀式なのか?

「手伝おうか?」神宮寺のノックの音が再び響く。

果たして彼女はわざとだ。これは前のものとはまったく違うタイプだ。

「絶対いや!」私は慌てて体を翻し、肘が金属のフックにぶつかって「ガチャン」という大きな音を立てた。

試着室に突然耳障りなブザー音が鳴り響く—背中が緊急呼び出しボタンを押してしまったらしい。

「お客様、大丈夫ですか?」店員のドアを叩く音と神宮寺の笑い声が同時に炸裂し、私は慌てて警報を止めようとした。

「事故の時は証人が必要よね」彼女がドアを開けて入ってくる様子は、自分の寝室に戻るのと同じように自然だ。

「お願い…」

私は絡まり合ったストラップの塊を绝望的に見つめる。

私は硬直したまま、彼女の指が背中を動き回るのを感じる。ブラジャーのストラップが締め付けられる時、布の摩擦特有の「サラサラ」という音を立てる。

「交差させて、三回巻いて、そし

て···」突然の締め付けに私は彼女の胸

に倒れ込む。「·…捕獲完了」

鏡の中、彼女はあごを私の肩に乗せ、指がブラジャーの縁をなぞっている。

「私の触り心地とは違うね」

「同じタイプ、着てみない?」彼女は自分のワイシャツのボタンを外し、白いブラジャーが萤光灯の下で真珠のように光る。

私が反応するより早く、彼女は器用にホックを外していた。「ほら、こんな感じで」

「待って!」私が体を回転させた勢いが強すぎて、後頭部がハンガーにぶつかる。

痛みで視界が暗くなる刹那、神宮寺の指がぶつかった場所を撫でているのを感じた。

「本当にバカ猫ね」彼女はため息をついた。「こんな時は、『脱ぐの手伝って』って甘えるべきなのに」「若いっていいですねえ」店員が傍らで笑いをこらえる声が聞こえる。

レジの前で神宮寺はマジックで付笺に何やら書き込みながらいた。「ベーシック3着、勝負下着2着、特殊シチュエーション用は··…」

「特殊シチュエーションって?」

彼女は突然付笺を私の胸にパンと貼り付け、ボールペンで丸を書きながら言う。

「卒業式のオープンバックドレスにはノーワイヤーが必要だし、体育の授業にはスポーツ用の防震タイプ、それと··」

ペン先が突然ウエストの辺りまで滑り落ちる。「··私に引き裂かれた分の替え玉ね」

レジ前での折磨は数分続いた。神宮寺は一件一件の下着をガラスの台の上に広げ、戦利品を展示する狩人のようだった。

店員がアンダーパンツの必要を尋ねた時、彼女は私のうなじを軽くつまんで笑った。

「野良猫には、最も恥ずかしい款式を使わせないと恩を忘れちゃうからね」

ミントグリーンのストラップタイプが紙袋に詰められる瞬間、私は魂が砕けるかすかな音を聞いたような気がした。

神宮寺は突然私を再び試着室に押し込み、黒いパンストを丸めたものを投げつけてきた。「入学試験ね」

下着の洗礼を経た後なら、女子の衣類については一人で身に着けられるようになっていると思っていた。

私は自分を過大評価していた。自ら試着室のドアを少し開けた。

「助けが必要?子猫ちゃん」果たして、神宮寺は予備のストッキングを摇らしながらドアの脇にもたれかかっていた。「それとも、その格好で新入生を迎えるつもり?」

鏡には、長椅子にまたがったみっともない私の姿が映っている。パンストは膝のところで引っかかり、哀れな皱を作り出していた。

神宮寺はため息をついて中に入ってきた。「足上げて」

突然の浮遊感の中、彼女の指先がふくらはぎをかすめる。

ストッキングの端が太ももの付け根にやっと収まった時、

「呼吸が乱れてるわよ」彼女は突然手のひらを私の胸に当てた。布の下の鼓動が指先を震わせる。

私は彼女がストッキングの股部分を私に向けていることに気づき、血の気が一気に耳の先まで上ってきた。

買い物を終え、彼女は紙袋を受け取ると同時に私の小指を絡めた。

「これはあなたの給料から天引きね」

「給料?」

「家政アシスタント、時給1500円」彼女は私の親指をPOS機のサイン欄に押し付けた。「試用期間は三ヶ月」

電車のガラスに私たちが重なり合った影が映る。

彼女は突然冷たいミルクティーを私のうなじに押し当て、私がすくんだ隙に私の耳たぶを軽く啮んだ。

「動かないで」

帰り道、神宮寺は『ちびまる子ちゃん』の主題歌を鼻歌混じりに歌いながら小石を蹴って遊んでいた。

夕日が私たちの影を長く引き、また短くする。彼女は突然何か冷たいものを私の手首にはめた一下着店の防盗磁気タグだった。

「どうして私にこんなに親切にしてくれるの?まだ知り合ったばかりなのに」電車の中で、私は神宮寺に好奇心を持って尋ねた。

しかし神宮寺は私に答えているようには見えなかった。彼女は茶目っ気たつぷりに言った。「あなたも私を拒まなかったじゃない!」

夕暮れが訪れる頃、神宮寺のドレッサーには戦利品が並べられていた。

彼女はピンセットで新しい下着のタグを透明のアルバムに挟み込んでいたが、突然黒いストラップのネグリジェを投げてきた。「今夜の寝間着よ」

真夜中に目が覚めたのは、胸に未知の束缚感を感じたからだ。神宮寺がいつの間にかやって来て、私の枕元に蜷局(とぐろ)を巻いていた。そして指先で、私の寝間着から滑り落ちたストラップを引っ掛けている。

好きな人とここまで親密になれるなんて、思いもよらなかった。

私はそっと薄い毛布を引き寄せ、二人の身体を覆った。

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