第十四話 ライバル出現
「奇跡の聖女アイリスと、不思議な仲間たち一座」の評判は、彼らが意図した以上に、凄まじい速度で王国中に広まっていた。
彼らが町や村を通過するたびに、噂は尾ひれをつけ、雪だるま式に膨れ上がっていく。
「聖女様の一瞥で、不治の病が治ったらしい」
「熊殺しの一族は、その咆哮一つで山賊を百人、吹き飛ばしたそうだ」
「エルフの放つ矢は、天の星を射落とすとか…」
もはや、元の事実が何であったか、誰にも分からない。
ただ、人々の熱狂だけが、先行して次の目的地へと伝播していく。
そして、一行は王都への道中、最大規模を誇る商業都市ゴールドポートの門をくぐった。
その日の朝、アイリスは
『新人。次の町では、グッズを販売する。収益の最大化を目指す』
(グ、グッズ…!? 物品販売、ということですか!?)
『そうだ。慈善事業だけでは、活動資金にも限界がある。これは、我々の崇高な旅を続けるための、必要経費だ』
ノクトの口から出たのは、あまりにも俗っぽい提案だった。
『まず、「聖女アイリスのありがたい肖像画」。これはテオに描かせろ。奴は賭博でイカサマをするだけあって、手先は器用なはずだ』
(テオ殿の絵は、魂が抜けたような、不気味な棒人間ですが…!)
『次に、「力持ちジャイルズの剛力の木片」。ギルが持ち上げた丸太の欠片を、お守りとして売る。原価はゼロだ。ボロい商売だろう』
(ただの木っ端ではありませんか…!)
『とどめは、「光輝魔術師ジーロスの祝福の羽根」。その辺に落ちている鳥の羽根に、ジーロスが微弱な光の魔力を込めて、祝福の品と称して売る。光は三日で消えるが、問題ない』
(…神様。それはもう、完全に詐欺なのでは…)
アイリスの悲痛なツッコミも虚しく、ノクトの頭の中は、すでに新しいビジネスプランでいっぱいだった。
商業都市ゴールドポートは、噂通りの賑わいを見せていた。しかし、その熱狂の中心は、どうやらアイリス一座だけではないらしい。
町の至る所に、派手なポスターが貼られていた。
「見逃すな、世紀のスペクタクル! 英雄リカルドと、竜殺しのサーカス団、ただいま凱旋公演中!」
ポスターには、金髪をなびかせ、いかにもヒーローといった風情のキザな男が、獰猛なグリフォンに片足を乗せて、ウインクを飛ばしている姿が描かれている。
「リカルド…? どこかで聞いた名だと思ったら、数年前にドラゴンを討伐したとかで、王都を騒がせていた、あの…」
アイリスが眉をひそめていると、一行の前に、そのポスターから抜け出してきたかのような、やけにキラキラした一団が現れた。
「やあ、君たちが噂の『聖女アイリス一座』だね? 僕の名はリカルド。この町のヒーローさ」
先頭の男――リカルドは、爽やかな笑顔でアイリスに手を差し出した。
しかし、その目だけは、全く笑っていない。
「君たちの噂は、かねがね聞いているよ。歌と踊りで魔王軍の砦を落としたとか、素手でドラゴンを倒したとか…。にわかには信じがたい、素晴らしい活躍だね」
その言葉には、棘があった。
彼は、突然現れて自分たちの人気をかっさらっていく、アイリス一座を明らかに敵視している。
「このゴールドポートの民を熱狂させられるのは、いつだって僕のサーカスだけだった。だが、君たちのせいで、最近の客入りは今一つだ。…はっきり言おう。この町に、スターは二人もいらない」
リカルドは、挑戦的な視線をアイリスに向けた。
「どちらが、この町の民を魅了するに相応しい、真のエンターテイナーか…ショーで、勝負と行こうじゃないか!」
「しょ、勝負!?」
「ああ。明日の日没、この町の中央広場で、僕たちのサーカスと、君たちの奇跡、どちらがより多くの観客を集め、熱狂させられるか。負けた方は、潔くこの町から去る。どうだい?」
アイリスが返答に窮していると、彼女の背後から、威勢のいい声が響いた。
「面白い! その勝負、受けたぜ!」
テオだった。
彼は、この大イベントが、莫大な利益を生むことを、瞬時に嗅ぎつけていた。
「我らが聖女様の『本物の奇跡』と、あんたらの『まやかしの曲芸』。どっちが上か、すぐに分かるだろうぜ!」
「フッ、言ってくれるね。では、明日の日没、楽しみにしているよ、聖女様」
リカルドは、そう言い残すと、颯爽と去っていった。
後に残されたのは、頭を抱えるアイリスと、やる気満々の仲間たちだった。
(ど、どうするのですか神様! あちらはプロのサーカス団です! 私たちのインチキが、通用するわけ…!)
『…面白い』
アイリスの脳内に響いたノクトの声は、焦りとは無縁の、むしろ歓喜に満ちたものだった。
(え…?)
『ライバル一座、だと? 観客動員数と満足度を競う、興行バトル…。上等じゃないか!』
ノクトは、危機的状況を、全く別のものとして捉えていた。
これは、面倒な障害ではない。これは、彼が愛してやまない、シミュレーションゲームの、新しいイベントだ。
『心配するな、新人。これは、我々のブランド価値を、この国不動のものにするための、絶好のチャンスだ。あの
彼の声は、もはや神ではなく、勝利を確信した、不敵なゲームプレイヤーのそれだった。
『いいか、今夜は徹夜だ。明日のショーの、完璧な
アイリスは、これから始まるであろう、地獄の特訓を予感し、遠い目をした。
彼女の知らないところで、王都への帰還という本来の目的は、完全に忘れ去られ、物語は、商業都市を舞台にした、二大エンターテイメント集団の、全面対決へと突き進んでいく。
その頃、ノクトの自室では、遠見の水盤に、リカルドのサーカス団の過去の公演記録が、いくつも映し出されていた。
「リカルドのショーの目玉は、飼いならしたグリフォンの曲芸飛行か。…ふん、派手なだけの張りぼてだ。俺の『演出』の前では、無力だということを教えてやる」
不本意な
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