第46話 合同演習
## 1. 集結の地、それぞれの思惑
作戦決行まで、あと一週間。
吐く息が真っ白に染まるほど冷え込んだ早朝。俺たちは、北関東に位置する広大な準汚染遺跡に集結していた。ここは、かつて五十万人以上が暮らした大規模なニュータウンの跡地。今では、崩れかけた高層マンションが墓標のように立ち並び、魔物が散発的に出現する危険地帯と化している。今回の合同演習は、この遺跡に巣食う魔物を掃討するという、水琴さんたちの組織が日常的に行う「浄化任務」を兼ねていた。
演習場に指定されただだっ広い駐車場には、すでに多くの参加者が集まり、冬の寒気を吹き飛ばすような熱気と緊張感に満ちている。水琴さんが率いる巫女装束のチームが八つ。その中には、舞さんたち「斎」チームの姿もあり、こちらに気づいて小さく手を振ってくれた。その笑顔に、少しだけ緊張がほぐれる。
『マスター、複数の強力な情報エネルギー体を感知。特に注意すべきは、三時の方向にいる集団です』
プリエスが俺の意識にだけ警告を送ってくる。そちらに目をやると、いかにもエリートといった風情の探索者グループが、最新鋭の装備をこともなげに点検していた。あれが、噂に聞く管理室直属の部隊か。空気がピリついているのが遠目にもわかる。
やがて、一台の黒塗りの政府公用車が、砂埃を巻き上げながら静かに到着した。後部座席から降りてきたのは、くたびれたスーツ姿の男。管理室の副室長、渡辺だ。人を食ったような笑みを浮かべているが、その目の奥は全く笑っていない。俺とプリエスが最も警戒すべき組織のナンバーツー。この重要な作戦に、彼らがどう関わってくるのか、全く予測がつかなかった。
そして、彼の後ろから護衛として現れたその姿に、俺は思わず息を呑んだ。
シロガネ、ユウ、アヤ、ケンジ……。紛れもない、シロガネチームの面々だった。もう一つの護衛チームも、彼らと同等の練度を持つエリート集団のようだ。総勢九名の護衛に囲まれた渡辺副室長の姿は、まるでこれから戦場に赴く王侯貴族のようだった。
「やあ、また会ったな」
リーダーのシロガネが、以前と変わらない涼やかな笑みを浮かべて近づいてくる。だが、その目には、俺たちへの純粋な好奇心と、管理室の尖兵としての冷徹な光が同居していた。
こいつら、敵なのか味方なのか、さっぱり分からん。
「今回は、副室長の護衛として参加させてもらう。よろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
俺は、内心の動揺を押し殺し、精一杯の笑顔で応えた。
簡易的な壇上に上がった水琴さんの、凛とした声が演習場全体に響き渡った。
「皆さん、お集まりいただき感謝します! これより、筑波侵攻作戦『夜明け』の最終合同演習を開始します!」
水琴さんは、ホログラムで青白く映し出された筑波遺跡の禍々しい立体図を指し示し、作戦の概要を説明していく。
「本作戦の最終目標は、筑波遺跡中枢部…十年前にその存在が確認された『筑波体験型デジタルミュージアム』への侵攻と、そこにいるであろう主の無力化です。当日は、私を本隊の中心とし、各個撃破しながら確実に進軍します。移動は車両で行います」
表向きは、あくまで「掃討作戦」。だが、俺たちと水琴さんだけが、その真の目的を知っている。
『表向きの作戦を進めつつ、プリエスには筑波AIへの対話チャネルを開く努力をしてもらう。一定距離まで近づけば、可能かもしれない、というプリエスの言葉によるものだ。もし、デジタルミュージアムに到達しても対話のきっかけが掴めなければ…その時は、戦闘もやむを得ない』
それが、俺と水琴さんの間で交わされた密約だった。
水琴さんの説明が終わると、演習の具体的な内容が発表された。
「これより、二チーム一組でペアを組み、指定されたエリアの魔物を掃討してもらいます。これは、皆さんの連携能力と実戦能力を確認するためのテストです。この程度で問題が出るようなら、本番への参加は見送らせていただきます」
水琴さんと渡辺副室長は、護衛チームの一つと共に本部テントに残り、各チームのパフォーマンスをドローン映像で監視するという。
そして、俺たちのチームのペアとして指名されたのは、皮肉にもシロガネチームだった。
まったく、どういう運命の巡り合わせだよ。俺は思わず天を仰いだ。
## 2. 呉越同舟の共同戦線
演習が始まると、俺たちはシロガネチームと共に、指定された廃墟ビル群へと向かった。
総勢八名が乗り込んだフロンティア号が、瓦礫を避けながら廃墟の中を進んでいく。車の窓からは、かつての繁栄の名残を留める無数のビル群が見える。だが、その多くは崩れ落ち、窓ガラスは割れ、壁には魔物の爪痕が生々しく残っていた。まるで、文明の墓場だ。
プリエスはフロンティア号のコンソールに設けられた定位置に鎮座し、外部スキャナー「ミネルヴァの梟」を展開して周囲の情報をスキャンしている。俺は運転席でハンドルを握り、助手席のケンジがナビゲーションを担当していた。
不意に、ミオとアヤがほぼ同時に声を上げた。
「前方、一時方向に魔物の群れを確認!」
「数が多いわよ! こっちに気づいてる!」
俺はフロンティア号を急停止させ、各員が所定の位置に散開する。
シロガネとレオがそれぞれのライフルを構え、遠方の魔物を狙い始める。サクラとユウは前衛として、魔物の群れに突入する準備を整えていた。
空には鳥型の魔物が舞い、地上では狼やライオンほどの大きさの四足歩行型が土煙を上げている。中には象のような大型の魔物や、もはや何と形容していいか分からない異形の魔物まで混じっている。数は二十体以上。さすがは準汚染遺跡。魔物の数も質も、かなりのものだ。
「さて、お手並み拝見といこうか」
シロガネが、愛用のカスタムライフルを構えながら、楽しそうに口の端を上げた。そのライフルは、レオが持つものと同じ軍用の払い下げ品がベースだったが、より洗練されたカスタマイズが施されている。
「そっちこそ」
レオも負けじとライフルを構える。二人のスナイパーが、互いの存在を意識しながら、停止したフロンティア号の上に作られた簡易的な狙撃ポジションに身を沈め、遠方や高所の魔物を次々と正確に撃ち抜いていく。
レオの照準スコープには、プリエスがミネルヴァの梟を通じてリアルタイムで解析した風向きや魔物の動きがオーバーレイ表示され、彼の射撃精度を飛躍的に高めていた。一方、シロガネはその卓越した射撃技術と冷静な判断力で、まるで狩人のように獲物を仕留めていく。
「銃を使い始めて二ヶ月とは思えない腕前だな」シロガネが感心したように唸る。
「色々カスタマイズしてあるのさ。あんたも相当な腕前だな」レオも素直に賞賛を返す。
「ほう、どういう改造をしているんだ?」
「企業秘密、と言いたいところだが…まあ、いい。教えてやるよ」
レオは、同じ銃を愛する者として、嬉しそうに自慢の改造について語り始めた。二人の間には、早くも技術者としての奇妙な友情が芽生え始めていた。
一方、地上では、サクラとユウが前衛として魔物の群れに突入していた。サクラが新装備「瞬脚の具足」を駆使した高速移動で敵陣を攪乱し、強烈な打撃で敵を弾き飛ばす。すかさずユウがその隙を逃さず、魔法剣でコアを正確に貫く。パワーのサクラと、技のユウ。全く異なる戦闘スタイルだが、その連携は驚くほどスムーズだった。
「君の動き、面白いな。まるで獣のようだ」
「ユウさんこそ! 剣の軌道が全然読めない!」
二人は互いの実力を認め合い、戦いの中で楽しそうに笑みを交わしていた。
車内では、アヤとミオが広範囲の索敵と精神干渉によるサポートを行っていた。
「ちょっと、そっちの索敵範囲、広すぎ! 私の領域と被ってるんだけど!」
「あなたの探知魔法が粗すぎるから、私がカバーしているだけ」
相変わらず口喧嘩は絶えないが、その連携には一切の無駄がない。互いの能力を正確に理解し、補い合っている。プロフェッショナルとしての、奇妙な信頼関係がそこにはあった。
そして、俺とケンジは、車両の中で…正直、暇だった。
「…俺たち、やることないな」
ケンジが苦笑しながら肩をすくめる。
「まあ、みんなが喧嘩しないように見張ってるのも、大事な仕事ですよ」
俺がそう言うと、ケンジは「それもそうか」と笑った。
俺たち二人は、直接的な攻撃手段を持たない分、チーム全体のバランサーとしての役割を担っていた。ケンジは医療魔法の使い手で、出番がないに越したことはない。
プリエスは戦闘記録を保存しつつ、逐次改善点をフィードバックし、俺は無線で各員に指示を出していた。いつもならプリエスが直接伝えるのだが、シロガネチームもいる手前、俺が司令塔として振る舞う必要があった。
『ハルト、シロガネに伝えてください。前衛はまだ余裕があります。近距離の敵はサクラたちに任せ、弾を温存して遠距離の脅威を優先的に排除するように、と』
「シロガネさん。前衛はまだ余裕があるので、近くの敵はサクラたちに任せて、弾を温存し遠距離の敵を優先的に狙ってもらえますか?」
「お、そうか。了解した」
『ハルト、ミオとアヤに伝えてください。飛行している魔物を優先的に狙うように。地上のサポートは不要です』
「ミオ、アヤさん。飛行している魔物を優先的に狙って落としてもらえますか? 地上のサポートは不要です」
「了解」「わかった!」
『ハルト、サクラに伝えてください。もう少し、ユウとの距離を詰めて連携を強化するように。自分一人で倒そうとせず、ユウにもう少し任せるように、と』
「サクラ。もう少し敵を引き付けて、ユウさんとの距離を詰めて連携を強化して。自分一人で倒そうとせず、ユウさんに任せても大丈夫だよ」
「わかった。ありがとう、ハルト!」
ケンジが「ハルトくん、視野が広いね」と感心したように呟く。
「この情報解析支援システムのおかげですよ」と俺はプリエスのQSリーダーとミネルヴァの梟を指差す。
「そうなのか。すごいな。もっと大規模な部隊でも指揮できるんじゃないか?」
「いやあ、そこまでは無理ですよ。俺たちのチームで手一杯です」
あまり大きいことを言うと、プリエスの正体を知られかねない。本当はプリエスは凄いんだぞ、と自慢したい気持ちをぐっと我慢した。
演習は、驚くほど順調に進んだ。
俺たちとシロガネチームの連携は、予想以上にスムーズで、互いの戦闘スタイルを尊重し合いながら、効率的に魔物を掃討していった。エリア内の魔物を掃討し終え、俺達は本部へ引き上げを開始した。
## 3. 対話の可能性
運転をケンジに交代し、俺はプリエスと共にフロンティア号の後部座席に座った。
隣にいたシロガネが、ふと俺に話しかけてきた。
「ハルトくん、今日はありがとう。俺達のチームとしても、非常に有意義な演習になったよ」
「こちらこそ、シロガネさん。あなたたちの戦い方、本当に勉強になりました」
「これで神社組織も、情報魔法を見直すきっかけになれば良いんだがな」
「水琴さんは合理的な人ですから、積極的に取り入れたいと思っているようですよ」
「…君は、東雲水琴とはどういう関係なんだ?」
彼の質問は、不意に鋭さを増した。
「そうですね。俺達は、今回の作戦の"協力者"といったところでしょうか」
「協力者…か。今回の作戦、君たちはどう見ているんだ?」
「どう、というのは? こういう大規模な作戦は初めてなので、正直なところ、不安の方が大きいのですが…」
「なぜ、その危険な作戦に参加する? 実力があるのは分かったが、やはり君たちにとって、リスクが大きすぎると思うが」
「…この作戦の目的は、俺達の目的でもあるからです。危険ではありますが、この機会を逃すわけにはいかないんです」
「君たちの目的、か…。俺達シロガネチームは"三大汚染地域の完全制覇による世界平和"を掲げている。君たちの目的も、同じようなものなのか?」
「うーん…いえ、俺達はそこまで大きな目標があるわけではないです。あえて言うなら"筑波の主との対話"でしょうか」
「対話…」シロガネは心底意外だという顔をした。「君たちは、対話ができると本気で思っているのか?」
「可能性は高いと思っています」俺はきっぱりと答えた。
「…対話して、どうしようというのだ? 降伏勧告でもするつもりか?」
「いえ、そうではなくて…。俺達は、筑波の主が何を考えているのか、知りたいんです。なぜ、あのような行動を取るのか、理解したいんです。その先は、まだ分かりませんが…」
「…ふむ。君たちは変わっているな。そんなことに命を懸けるとは」
「…シロガネさんは、もし対話できるとしたら、どうしますか?」
「俺か?…正直、分からんな。一方的に殴りかかってくる相手に、対話の余地などあるとは思えんが…。だが、そうだな。仮に相手が対等以上の存在であれば、まずは話を聞くだろうな。それから、相手の弱点を探る。もし、交渉が可能ならば、こちらの要求を伝える。無理ならば、戦うしかない」
「なるほど…。俺は、共存できる可能性があるかもしれない、と考えています」
「共存…か。ますます想像がつかんな。だが、なるほど。そんな可能性など考えもしなかった。柔軟な思考だ。だが、戦場では甘い考えは命取りになるかもしれない。気をつけた方がいい」
「はい、ありがとうございます」
シロガネとの会話が途切れると、車内にはエンジンの低い唸りだけが響く、穏やかな静寂が戻ってきた。俺は、窓の外に流れていく荒涼とした景色を眺めながら、さっきの彼の言葉を反芻していた。
「甘い、か…」
確かにそうかもしれない。力で全てをねじ伏せようとする相手に、対話などという理想論が通用する保証はどこにもない。だが、俺たちの手の中には、祖父が遺した『対話ログ』という確かな道標がある。そして、プリエスという唯一無二の『鍵』がある。
『ハルト、気にする必要はありません』
プリエスが、俺の思考を読み取ったように、静かに語りかけてくる。
『彼の言うことも一つの真実。ですが、私たちの選択が間違っていると決まったわけではありません。可能性が1%でもあるのなら、私たちはそれに賭けるべきです』
『…そうだな。ありがとう、プリエス』
お前にそう言われると、なんだか不思議と勇気が湧いてくるよ。
俺は、隣に座るシロガネに再び目を向けた。彼はもう何も語らず、ただ静かに目を閉じている。今日の演習で、俺たちは互いの実力を認め合った。目的は違えど、この世界を良くしたいという想いは、きっと同じはずだ。今はそれで十分だ。
後部座席では、サクラとユウが今日の戦闘について楽しそうに語り合っている。レオは、ケンジとライフルの改造談義で盛り上がり、ミオとアヤは、相変わらず互いにそっぽを向きながらも、時折、専門的な探知魔法の技術について小声で意見を交わしていた。
立場の違う者たちが、一つの目的のために集い、そして去っていく。この合同演習は、俺たちに多くのことを教えてくれた。
決戦の日は、もう目前に迫っていた。
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