第3話 パートナーとして

## 1. 遺跡での共同作業


春の柔らかな日差しが、割れた窓ガラスの隙間から差し込んでいる。埃っぽさの中に、どこか生命の息吹を感じさせる暖かな空気。そんな廃墟の入り口で、俺たちは即席チームとしての第一歩を踏み出した。


「んー!やっぱりこの空気が一番ワクワクするよね!」


隣でサクラが気持ちよさそうに伸びをしながら、目を輝かせている。その姿は、まるでこれからピクニックにでも行くみたいに屈託がない。初探索でガチガチに緊張していた俺とは大違いだ。


「じゃあ、ハルト、どの建物から行こうか?」


「そうだな。少し奥にある、あの5階建てのビルはどうだろう。人の出入りが少なそうだし、何か残ってるかもしれない」


「よーし!いくぞー!」


俺が指差すと、サクラは元気よく拳を突き上げ、先陣を切って歩き出した。その背中がやけに頼もしく見える。


建物の中は、外の陽気とは裏腹にひんやりとした空気が漂っていた。俺たちは1階から順番に探索を開始する。サクラが先頭で、ウサギみたいにぴょこぴょこと軽快に進みながらも、その視線は鋭く周囲を警戒している。俺はその後ろから、プリエスと共に情報エネルギーの反応を探知しながらついていく。


『順調ですね、ハルト。サクラの警戒レベルは標準以上です。安心して作業に集中してください』


俺の肩の上、半透明のプリエスが感心したように囁く。


『ああ。すごく安心して作業に集中できる』


一人だった時とは雲泥の差だ。サクラが周囲を警戒してくれるおかげで、目の前の探索に全神経を注げる。この安心感だけでも、サクラを誘った価値はあった。


しばらく探索を続け、3階の一番奥の部屋にたどり着いた。そこは役員室だったのだろうか、ひときわ立派な机の上に、ポツンと携帯型の量子ストレージが置かれているのを見つけた。


「ハルト、何か見つかった?」


「ああ、ここに携帯メモリーがある。スキャンしてみるよ」


俺がQSリーダーをかざすと、プリエスが即座に解析を始める。


『この情報は人事関連のデータですね。企業の評価制度や給与情報が詳細に含まれています。結晶化すれば高値で取引されるでしょう』


「人事や給与情報みたいだ。結構価値がありそうだよ」


「速っ!もうスキャン終わったの?」


サクラは入口を見張ろうと歩き出したところだったが、驚いて振り返った。最近、この速度に慣れてしまっていたが、確かに初心者レベルの装備で見れば異常な速さだろう。まずい、ちょっと目立ちすぎたか?


「ああ、このQSリーダー、じいちゃんの形見でさ。見た目は古いけど、結構高性能なんだ。早速、結晶化してみるよ」


「わかった。お願い。私は入口で見張ってるね」


サクラは納得したように頷くと、再び入口の方へ向き直った。俺はプリエスのサポートを受け、短時間で高品質な結晶を作り上げる。実力半分、プリエス半分。いや、正直に言えば3:7くらいかもしれない。


「すごい!なんて綺麗な結晶!私が作るのとは全然違う…。しかも、やっぱり速いよ」


完成した結晶を手に取ると、サクラが目を丸くして感心している。プリエスのおかげだ、と素直に言うべきか迷う。だが、まだ彼女を完全に信用したわけではない。この古びたデバイスが、ただの年代物じゃない、とてつもなく高性能なシロモノだってことは、俺でも分かる。万が一、サクラがこのデバイスの本当の価値に気づいたら…?俺を騙してでも手に入れようとする動機が生まれてしまうかもしれない。


俺には金も地位もないが、このプリエスだけは唯一無二の価値がある。まだ、それを打ち明ける時ではない。疑り深いだろうか?いや、慎重なだけだ。


「そうかな?ありがとう。最近、結晶化はかなり上達したんだ」

QSリーダー込みでな、と心の中で付け加える。嘘は言っていない。


「私ももっと練習しなきゃなー」

そして、サクラが冗談めかして言った。

「あ、もしかして、その高性能なQSリーダーのおかげだったりして?」


図星を突かれ、心臓が跳ねる。隠し事をしていると、なぜこうも人は動揺するのだろう。


「…まあ、そんなところかな」


「へー、いいなー。私もそんなの欲しいなー…なんてね。ハルトの実力だよね。私も頑張らなきゃ」


言葉に詰まった俺を見て、気分を害したと勘違いしたのか、サクラが慌ててフォローしてくれた。


「ごめんね、変なこと言っちゃって。でも本当にすごいよ。尊敬する」


「あー、いや…。お互い頑張ろう」


「うん!」


少し気まずい空気が流れたが、サクラの太陽みたいな笑顔に救われた。


## 2. 共通の価値観


探索を続け、4階のある部屋で、今度は小さなアクセサリーケースを発見した。中には古びた指輪やネックレスが入っている。


「これは…宝石だね」

サクラが言った。どうする?という顔で俺を見る。宝石類はそれなりに高値で売れる。難しい技術も要らない。ただ、安全遺跡内の物品を持ち帰るのは違法だ。遺跡内の物品は、情報以外すべて国の所有物と定められている。


俺は少し考えた後、静かに首を横に振った。


「そうだね。でも、遺跡の物品を持ち帰るのは違法だから、置いていこう」


「だよね!」


内心、もし彼女が「持って帰ろう」と強硬に主張したらどうしようかと思っていたが、サクラも同じ考えだったようで、心底ほっとした。探索者の中には、こうした物品を平気で持ち帰る者もいる。バレなければ罪にはならないかもしれないが、もし発覚すれば窃盗罪で免許も剥奪だ。何より、俺はそういうことが嫌いだった。「俺は泥棒じゃない」という、ただそれだけの単純な思いだ。だが、そこは譲れない一線だった。


サクラは俺の答えに満足したのか、「だよねー!」と上機嫌で探索を再開した。


## 3. 異なる価値観


しばらくすると、今度は古い机の引き出しから、写真や手紙の束が出てきた。


「これは…」


中を見てみると、かなり個人的な内容だった。色褪せた家族の写真、恋人へ宛てたであろう手紙、日々の出来事が綴られた日記。紙媒体でこの手のものが残っているのは珍しい。たとえ媒体が劣化していても、強い感情や思い入れが込められた情報には、多くの情報エネルギーが宿ることがある。


『個人の記録ですね。感情的価値が高く、希少性もあります。結晶化すれば良い価格で取引されるでしょう』


プリエスの冷静な分析を聞きながら、俺は結晶化の準備を始めた。その時だった。


「ハルト、ちょっと待って」


サクラの声は、いつもより少しだけ真剣な響きを帯びていた。


「これ、誰かが誰かを想って書いた手紙だよね。写真も、きっとすごく楽しかった時の顔してる。これを私たちがバラバラにして、エネルギーとして使っちゃうのは…なんだか、その人たちの気持ちまで消しちゃうみたいで、嫌だな」


その言葉に、俺はハッと手を止めた。確かにそうだ。俺たちは、他人の記憶や記録を「商品」として扱っている。生活のためとはいえ、割り切れない気持ちがあるのも事実だ。だが、これは仕事だ。生きるためにやっている。


「そうだな。でも、もう持ち主はいないだろうし、情報としては価値がある。俺たちも生活があるからさ」


サクラの表情が悲しげに曇る。


「でも…これを売るのって、なんだか気が進まないな。お金のためなら、何でもしていいってわけじゃないと思う」


「うーん…それは分かるんだけど…」

サクラは俯いてしまった。


俺は無意識に髪をかきあげながら考える。今日の探索で、サクラはまだ直接的な利益を生む働きはしていない。結晶化はすべて俺がやっている。彼女はただ、そこにいてくれるだけだ。いや、その存在がどれだけ助けになっているかは分かっている。だが、彼女自身はそれを負い目に感じている節があった。そのサクラが、探索の目的に直結する利益を制止している。よほど嫌なのだろう。


『プリエスは、今の件どう思う?』

俺は心の中で、相棒に問いかけた。


『私には理解できない感情ですが、ハルトがサクラの意見を尊重することは、チームの信頼関係構築において非常に良い判断だと分析します。経済的観点から見れば、数万円の機会損失が発生する可能性はありますが、価値観の相違を理解し、折り合いをつけることは、長期的な協力関係を築く上で不可欠な投資です』


プリエスの言葉が、俺の背中を押してくれた。


「…分かった。君の気持ちを尊重するよ。これは、このままにしておこう」


「…いいの?」


「君の言うことも分かる。確かに、誰かの大切な思い出を勝手に売るのは…良い気分じゃないもんな」


俺の言葉に、サクラが申し訳なさそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう、ハルト。ごめんね、私のわがままで」


「いや…。サクラがはっきり言ってくれて良かった。こういう、なんていうか、価値観の違いみたいなのは、チームを組む上ですごく大事なことだと思うんだ」


「うん、私もそう思う。私、結構思ったことをすぐ口にしちゃうから、今までそれで上手くいかなかったこともあって…。本当にありがとう、ハルト」


なんだかすごく感謝されて、少し照れくさい。


「よーし!じゃあ、気を取り直して次、行こう!」


照れ隠しに大げさに言うと、


「おー!」


サクラが右手を上げて、元気に応えた。その笑顔は、さっきよりもずっと晴れやかだった。


## 4. 一日の成果


その日は結局、魔物に遭遇することもなく、順調に探索を終えることができた。採掘できた情報結晶は合計で8個。プリエスのおかげで品質も上々だ。


帰りの電車の中、夕日に染まる街並みを眺めながら、今日一日を振り返る。


「今日はお疲れさま、サクラ」


「お疲れさま、ハルト!私は全然疲れてないよ〜、見てただけだしね!」


「いやいや、君がいてくれたから安心して作業に集中できたんだ。本当に助かった」


「そう言ってもらえると嬉しいな。私もすごく楽しかったし、勉強になったよ」


その日の夕方、俺たちは二人で田中商会を訪れた。


「おお、ハルト。そちらのお嬢さんは新しい仲間かい?」

店主の田中さんが、少し驚いた顔で俺たちを迎えた。


「まあ、今日だけ、ですけどね」


「そうか、それは良いことだ。一人は何かと危険だからな」


早速、結晶の査定をしてもらう。


「ほう…今日もなかなか良いじゃないか。8個で8万円だ」


「は、8万円!?」

サクラが素っ頓狂な声を上げる。


「ああ。企業の人事関連情報は、その手の専門職には需要があるからな。品質も良いし、これは高く売れる」


二人で4万円ずつ。過去最高、とまではいかないが、十分すぎる成果だ。


「今後もこの調子で頑張りな。だが、無理は禁物だぞ」


「ありがとうございます」


## 5. 新たな仲間


店を出て、駅までの帰り道。サクラが興奮冷めやらぬ様子で話しかけてくる。


「4万円!すごい!今までで一番稼げたよ!」


「そうだな、なかなかの成果だ」


サクラは少し歩みを止めると、意を決したように俺に向き直った。


「ねえ、ハルト。連絡先、交換しない?私、またハルトと一緒に行きたいな」


もちろん、異論はない。むしろ、こちらから切り出そうと思っていたところだ。


「うん、ぜひ。また一緒に行こう」


「やった!今回は私の出番があまりなかったけど、次はもっと活躍できるように頑張るからね!」


「うん…いや、魔物は出ない方が良いかな(笑)」

なんだかんだで、魔物はやっぱり怖い。


「あはは、そうだね(笑)。でも、もし出たら私が守ってあげるから!」


「期待してるよ。でも、男の俺が守られるのも、なんだかなあ」


「男なんだから小さいことは気にしない!大丈夫、大丈夫!」

サクラはそう言って、俺の背中をバンと叩いた。その手は、思ったよりずっと力強かった。


---


サクラとは連絡先を交換し、また一緒に探索に行く約束をして別れた。彼女の家は二つ隣の駅らしい。意外と近くて良かった。


『良い仲間ができましたね、ハルト』

プリエスが俺の肩の上で、少し微笑んでいるように見えた。


『ああ。でも、プリエスのことは結局話せなかったな。なんとなく…まだ話しづらい』


『慌てる必要はありません。信頼関係は時間をかけて築くものです。ハルトのペースで進めるのが最善ですよ』


そうだな。焦ることはないか。


家に帰って祖母に今日の成果を報告すると、とても喜んでくれた。


「まあ、良いお友達ができて良かったじゃない。一人より二人の方が、おばあちゃんも安心だわ」


「うん、そうだね。機会があれば、今度紹介するよ」


「あら、楽しみにしているわ」


今日は色々あったが、すごく充実した一日だった。

サクラか。これから、上手くやっていけると良いな。

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