第12話 おっさん、立ち向かう

ガルド、ミナ、リリスは長く暗いトンネルを抜け、闇が広がる荒野、アグヘイロに到着した。



「ここは……」ガルドが呟く。

そこは文字通り、何もない荒野だった。不気味に紅く光る月だけが、果てしない荒野をおぼろに照らしている。



「見て、何かいる!」

ミナが指さした方を見ると、何かがうごめいていた。

「敵か……?」

一行は慎重に近づいていく。そこにいたのは一匹の小悪魔だった。そして彼女が振っていたのは……白旗だった。

「な、白旗?」リリスが驚く。

「降参だよぉ、勝てるわけないよぉ」

小悪魔は泣きそうな声で訴えている。

「あんたが……闇のガーディアン?」

「そうだよ。アタイの名前はサネグ。あんたたち、アタイよりずっとずっと強いガーディアンを7人もしばいてやってきたんでしょ?今さら試練したって負けるに決まってるよぉ」

「あなたね……」

炎の魔法使いは、呆れたように小悪魔を見つめた。

「もうアタイの負けでいいよ」



サネグはぴょんと立ち上がると、降参というように両手を挙げた。

「あの……ホントにそれでいいの?」ミナが困惑したように尋ねる。

「あー、オッケーオッケー。大精霊様も別に無理しなくていいからーって言ってた」

「なんか拍子抜けね」

リリスががっくりと肩を落とす。

「じゃ、今まで集めてきた珠をここに出して。んで順番に願いを言ってくの」

サネグが催促する。

「だってさ、どうする?」

リリスがガルドに言う。

「……」

「珠を揃えて、願いを叶えて、んでこの冒険は終わり」

小悪魔がニヤリと笑う。

「なんか、あっさりしてるね」

ミナは思いもよらぬ展開に困惑を隠せない。

「でもま、現実はこんなもんじゃない?ゲームじゃないんだし」

「……そう、これはゲームじゃない」

沈黙していたガルドが重い口を開いた。

「こんなに都合のいい展開があるわけないんだ」

「……ガルド?」



「おいサネグ、お前の、いや、『お前の主』の望みはなんだ?」

ガルドがサネグを指さす。

「え?ガルド、どういうこと?この子はただの闇のガーディアンだよ?」

「俺はずっと疑問に思っていた。各地で珠を受け取る度に、大精霊達が次の行き先を『一箇所だけ』指定する事にな」

「ガルド……?」

「行き先なんていくつか示してもいい。全部示してもいいじゃないか。地図を渡してもいい。それなのに、同じ口調で次の試練の地はどこどこだって。ゲームじゃないんだよ」

「……」

「そして、相手を操る『瘴気』の存在。飛躍しすぎかも知れんが、ここで俺は一つの可能性を考えた」

「……」サネグは無表情でガルドを見つめる。

「瘴気で、大精霊さえ自覚出来ないほどの微量の瘴気で、『次の試練の地』をその口から言わせる。冒険者は、次々に珠を集め、『最後に』自分の元にやってくる」

「そんで、その『最後の大精霊』は自分のものと合わせて8つの珠を集めた状態で、自分の願いをかなえる、ってこと?」

「どうなんだ?サネグ」

「ふふっ、あなたずいぶんと想像力が豊かね。でも全部、あなたの考えすぎ。何の根拠もないことよ?」

「……そうだな、ただの妄想でしかない」

「でしょ?だから早く……」

ガルドは無言で道具袋から一つの珠を取り出す。

「そうそう、そんな風に」

サネグは目を輝かせる。

「サネグ、これが何か分かるか?」

「?それは8つの珠の一つ、『水の珠』だよ」

「そう、あの時は大変だったぜ。村全体が瘴気に飲み込まれて、風と水の融合でやっと浄化して」

「思い出話なんて後でいいからさ」

「その後は海賊ウェッソとの戦いだ。あいつも多量の瘴気を帯びていて、瘴気を浄化させてやっと倒した」

「だから何がいいたいのよ」

サネグが明らかにイライラし始める。

「つまり、この珠は、他よりずっと長く、多量の瘴気に曝されてきた、ってことだ」

「!」

水の珠が、水の魔力とは明らかに異質な、黒く濁ったオーラを放つ。同時にサネグの体からも、同質のオーラが放たれ始めた。

「これは……瘴気!」

ミナがポーチを握りしめる。

「あたしとヒガンの一騎打ちで起こったのと同じ……同質の魔力が共鳴しあっている!」

「ということは……」

「ああ、各地を恐怖と混乱に陥れた瘴気の持ち主にして黒幕、それがこいつら闇のガーディアンと大精霊だ!」

ガルドがいい放つ。


「あ、ああ……あああ!」

ガルドの言葉で、サネグの体が突然不自然にねじれ始め、彼女が苦悶の声を上げる。

「な、なんだ?」

細く引き伸ばされ、まるで杖のように変形したサネグが、弾かれたように後方に跳ねる。そこに人影が現れ、その禍々しいオーラを放つ杖を手にした。

「てめぇ!」

そこにいたのは、あのフードの男だった。

「やれやれ、偽のガーディアンまで用意して、

 上手く事を運んでいると思ってたんだがなぁ。

 まさか僕が拡散した瘴気を使って探知するなんて」

「お前、一体何者だ」


「僕の名前は、アルリョート」


そう言うと、男は自らのフードを脱ぎ捨てた。現れたのは、火達磨のように全身が瘴気で覆われた、不定形の実体だった。

「なんて悍ましい姿……」

「まるで瘴気が意思を持っているみたい……」ミナが呟く。

「世界を守る八大精霊の一角が、なぜこんなことを!」

リリスが叫ぶ。

「八大精霊?世界を守る?ふふふ、大精霊は元々七人しか存在しないよ」

「なっ?!」

「他の大精霊サマとやらの認識をちょいといじくって、『八大精霊』に書き換えたのさ」

「なぜそんな事を!」

「ガルドくん、だったかな。さっきの推理、見事だったよ。伊達に他より歳を取ってないね」

「てめぇ……」

「だが、少し違うな。僕は元から大精霊なんかじゃない。別の世界からやってきた、君たちの言葉でいう、『魔物』だ。僕はこの世界に、『七つ』集めると願いをかなえることが出来る不思議な珠があることを知った。だが僕が自分で集めるのは少々面倒、だから」

「大精霊に紛れ込み、「試練の伝承」を広め、腕に覚えのある冒険者たちに珠を集めさせ、集めた珠を奪い取ればいい。そう考えた」

「そう、そして君たちは僕の期待通り全ての珠を集めてノコノコと僕の前に姿を現したわけだ。」

邪神は笑みを浮かべる。

「ずいぶんと気の長い話ね」

「何、君たちとは時間のスケールが違う。僕からすると、面白いくらいに一瞬で食らいついてくれたよ。で、これが最後の『お願い』だよ。その珠を置いて、立ち去れ。そうすれば、僕の記憶は消えて、君たちは何も知らず平穏に暮らせる」

「いやだ、と言ったら?」

「君たちはここで消滅し、残った珠を受け取って僕がこの世界を支配する。さあ、どちらがいい?」

「アルリョート。もう一つ、可能性を忘れてるぜ」

「何?」

「ここでお前は俺たちに完膚なきまでに叩きのめされ、完全に消滅する」

「ククク……アーッハハハ!」

アルリョートが大笑し、咆哮する。

「面白い、やってみなよ!」



ガルドが召喚ボールを握りしめる。

「サイエン……悪い、ボールがぶっ壊れるかもだが、ここが正念場だ、全員呼び出すぜ!」

ガルドが召喚ボールを地面に叩きつける。

「来い! サイエン! そして! 全! ガーディアン!」

紫色の光が爆ぜ、アグヘイロの荒野を照らす。紅い月が不気味に揺らめく中、全ガーディアンがガルドの前に立ち、アルリョートを睨む。

「アルリョート! てめえの野望、ここで終わらせてやる!」ガルドが剣を構え、叫ぶ。

「ククク…面白い! さあ、かかってきなよ!」アルリョートの不定形な体が瘴気で膨れ上がり、黒い霧が荒野を覆う。杖から放たれる瘴気の波動が、地面を腐らせながら迫る。



「キャノ、行くであります!」キャノが飛び上がり、空中から【トルネベルデ】で瘴気を切り裂く。風の刃がアルリョートを捉えるが、彼の体は霧のように揺らぎ、傷を再生させる。

「ふふ、風ごときで僕を止められると思う?」

邪神が黒い気弾を放ち、キャノを狙い撃った。

「きゃあ!」

被弾したキャノが黒いオーラに包まれ墜落していく。

「キャノ!」ガルドが叫ぶ。

「このくらい大丈夫であります!……うっ!」

彼女が膝をつき、突然、黒い結晶が体を包み始める。

「こ、これは……?体が!」

一瞬のうちにキャノの体は完全に黒い結晶に閉じ込められ、動きが止まる。

「キャノ!てめえ、キャノに何した!」

ガルドが怒りをアルリョートにぶつける。


「ふふ、瘴気の結晶にしてあげたんだよ。君たちの力なんて、僕の闇の前では何の役にも立たない!」


「この! 私の水で押し流す!【浄水の螺旋】!」

メロの巨大な水の螺旋がアルリョートを飲み込む。だが、瘴気が水を黒く染め、逆流してメロを襲う。

「ああっ!」

メロの体もみるみるうちに結晶になっていく。

「次」

アルリョートが杖を振ると、瘴気の槍が長く伸びてナスタを貫く。

「ぐっ、俺の拳は…!」

ナスタが氷拳【レドーニャ・キリーク】を繰り出す。

「無駄無駄」

槍から溢れる瘴気が氷をせき止め、ナスタを侵食。黒い結晶が彼女を包む。

「ナスタ! くそっ!」

「ウチの力、見せたる!」

ディララがコステベクでアルリョートに突進する。だが、瘴気の霧がゴーレム、そしてディララを結晶に飲み込んでいく。「ガルド…負けんといて…!」

「くそ!ソノラ、援護を!」

ガルドが叫ぶ。

「ガルド様、計算済みです!」

ソノラがミサイルを連射する。

「効かないよ」

アルリョートが瘴気の壁を展開、壁は衝突したミサイルを腐食していく。アルリョートはミサイルごと瘴気の壁を押し返してソノラにぶつけ、ソノラは物言わぬ黒い結晶に変わった。

「まだ、まだ終わらんですぞ!」

サイエンが爆弾を投げ、爆発がアルリョートを包む。だが、瘴気は爆風を包み込み、押し返す。黒い風を浴びたサイエンの体も結晶に変わる。「ガルド氏…信じてますぞ…!」

「ったく、数だけは多いね、うっとうしい」

両腕から波動を放ち、ヒガンが、そしてカクタスがなすすべもなく結晶に変わってゆく。


「みんな……!」

ガルドが剣を握りしめ、叫ぶ。

ガーディアンたちが次々と結晶に閉じ込められ、荒野は静寂に包まれる。紅い月が不気味に輝き、アルリョートが嘲笑う。「どうだ、ガルドくん? 君の仲間はみんな僕の闇に飲まれた。さあ、珠を渡せ!」



「くっ……」

ガルドはがっくりと頭を垂れた。

「ガルドさん!」

「おっさん!今あんたがここで折れてどうすんのさ!」

「さぁ、これで終わりだよ!」

アルリョートの瘴気の炎が燃え上がり、三人に襲いかかる。

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