第10話 おっさん、機械に翻弄される

ヤーパの港から船に揺られ、ガルド、リリス、ミナの三人は電磁都市ラトリシダに降り立った。船着き場の金属製の桟橋は、微かな振動と共に彼らを迎えた。



彼らの目の前に広がるのは、近未来的な都市の姿だった。ガラスと鋼鉄でできた高層ビルが空を突き刺し、青白い光のラインが建物や地面を走っている。無数のドローンが規則正しく飛行し、透明なチューブの中を高速で移動する無人の自動運転車が音もなくすれ違う。街路では清掃ロボットがゴミを吸い込み、点検ドローンが壁面をスキャンしていたが、人の姿はどこにもなかった。まるで都市が自律した生物として、脈動しているようだった。



「全く人の気配を感じない街ね」とリリスが呟く。

彼女の赤いローブが、微かな風に揺れた。

「そうです、ここに『人間』はいません」

上空から澄んだ声が響いた。三人が顔を上げると、白く輝くボディの女性型マシンが背中のジェットを噴射させ、ゆっくりと降下してくる。着地と同時に、目に相当するディスプレイにニッコリと笑う電子の目が表示された。



「こんにちは、私の名前はソノラ。雷のガーディアンと呼ばれる存在です」と彼女は自己紹介した。

「俺はガルド。こっちはリリス、ミナ」とガルドが答える。

「電磁都市ラトリシダへようこそ」とソノラが応じ、ディスプレイの笑顔が輝く。

リリスが眉を寄せ、「ここには人は住んでないの?」と尋ねた。

「住んでいるといえば住んでいるし、住んでいないといえば住んでいません」

「どういうことだそりゃ? なぞなぞか?」

女性型ロボットの回答に、ガルドが首をひねる。



ソノラは淡々と説明を始めた。「全ての住民はデータ化され、各個人がパーソナルインターフェイスを用いてやり取りすることで、実体を用いたコンタクトを不要にしています」

ガルドとミナは顔を見合わせた。ミナがリリスに小声で尋ねる。「今の、分かった?」

リリスは肩をすくめ、「専門外だわ」とだけ答えた。



「テクノロジーについてはあまりお詳しくないようですね。では、今回は実体を用いた試練を行います」とソノラが告げる。

ガルドは剣を構え、「そっちのほうが分かりやすいぜ」とニヤリと笑う。ミナはポーチに手を伸ばし、瓶を握り締めた。リリスも杖を手に、鋭い視線をソノラに向ける。

「では試練モードに移行します」ソノラは自らに青白いバリアを張り、機械的な声で続ける。「しばらくお待ち下さい。ラトリシダの自動運転車のルートを変更……自動機械を全て区画外に移動……システム異常なし、ラトリシダ、試練モード」



突然、地響きが周囲を揺らした。ガルド、ミナ、リリスは地震かと身構える。すると、目の前にあったビル群が地下に沈み込み、地面が滑らかに整えられていく。同時に、500メートルほど離れた四方に巨大な壁がせり上がり、天井が閉じた。壁と天井に走るエネルギーラインが空間を眩く照らし、気がつけば三人は広大な部屋に閉じ込められていた。



「パーツ射出」ソノラの呟きと共に、壁から両腕両足、胴のパーツが、天井から頭部パーツが射出され、彼女の周囲で組み上がっていく。ソノラはみるみる巨大な人型ロボットへと変形した。5メートルを超えるその姿は、圧倒的な威圧感を放つ。

「お待たせしました。『雷の試練』を開始します」とソノラが宣言した。



「先制します。【左腕からの高圧電流】」

ソノラの手のひらが白熱し、紫電が迸る。

「雷っ! なら【土壁瓶】!」

ミナがポーチから瓶を取り出し、地面に叩きつけると、三人の前に巨大な土壁が現れ、電撃を防いだ。

「いいぞミナ!」

ガルドが叫び、腰の召喚ボールを手に取る。

「来い! ディララ!」

ボールを投げると、煙と共にゴーレム「コステベク」に搭乗したディララが現れた。ゴーレムは蒸気機関を唸らせ、巨大なハンマーを構える。

「雷のガーディアンか! ならウチにお任せや!」

ディララが叫び、コステベクがソノラに突進する。

「うぉりゃあ!」

「分析……蒸気機関が動力源……厄介ですね」ソノラは紙一重でハンマーを躱し、紫電を放つ。しかし、コステベクは動きを緩めない。



「動力源が電気なら止まってたかもなぁ! でも!」ディララは腕のドリルをソノラに突き込む。ガリガリとソノラのボディが削れる音が響く。

「……動力が電力以外のロボットへの対策」ソノラは両腕をゴーレムに向け、「【両腕からの電磁力波動】」と告げる。腕から放たれた波動がコステベクを直撃し、機体がパチパチと火花を散らす。



「なんや、か、体が動かへん!」ディララが叫ぶ。

「あなたの機体『コステベク』は磁力を帯びました」とソノラが告げる。

「な、なんやて?」

「【磁力による吸着打撃】」

ソノラの言葉と共に、壁の一部がキューブ状に飛び出した。ガルドがそれに気づき叫ぶ。

「危ねぇ! 【鉄壁】!」

ガルドはコステベクの前に立ち、スキルを放つ。巨大な金属の塊が四方から襲いかかり、ガルドとディララを吹き飛ばした。

「おわっ!」「きゃあ!」

「おっさん! ディララ! クソッ!」リリスが杖を構え、魔法を放つ準備に入る。



「無駄です。【反発付与】」

ソノラが波動を放つと、リリスの身体から真紅のエネルギー体が分離される。

「なっ、魔法が使えない?」リリスは炎を放てず、焦る。

「あなたと『炎の魔力』を分離し、反発する性質を付与」とソノラ。リリスが魔力に近づこうとするが、近づくほど魔力は遠ざかる。「無駄です。電撃」

スタンガンのような電撃が走り、リリスは音もなく倒れた。

「リリス!」ミナが叫ぶ。

ソノラはガルドとディララにも「反発」を付与する。ガルドから「輝き」が、ディララから「土の魔力」が抜けていく。



「後は、あなただけです」ソノラはミナに向き直る。

「くっ」ミナはポーチを構えた。

「あなたのスキルは【融合】、他者がいることで成り立つ。あなただけでは私には勝てない。もちろん瓶攻撃も全て対策済みです。降参してください」とソノラ。

「私だけ……?」ミナが呟く。

「そう、もう残っているのはあなただけです」

「……ないで」

「? 聞き取れませんでした」

「勝手に決めつけないで! ガルドもリリスも、ディララもすぐそこにいる!」

「戦闘不能だということです」

「私がみんなの近くにいる、私はまだ戦える!」

ミナの声が強くなる。



「私、分かりかけてきた。自分のやりたいこと」

「……その話、今必要ですか?」ソノラが冷たく返す。

「私、皆と一緒にいたい」

「……」

「私がいて、みんながいて、笑いあっていて……そんな世界を、そんな時間を、ずっと守っていたい」

「無駄な会話」

「みんな一緒に、一つの大きな家族みたいに……」

その瞬間、ガルド、リリス、ディララのエネルギーが一斉に輝き、ミナに集まり始めた。

「根拠不明。だが危険を認識。【反発付与】」

ソノラが波動を放つが、エネルギーは「反発力」すら飲み込み、光の波動に変える。

「これは……!」

「皆の想い、借りるね!行って! 【調和弾】!」

ミナから放たれた光の球がソノラを直撃し、そのエネルギーを取り込んでいく。

「力が……抜けていく……」ソノラのディスプレイが暗くなり、地面に倒れた。

「降参、デス」



「や、やった……」ミナはペタンと座り込む。

その瞬間、ヴゥンという振動音と共に、紫のドレスの貴婦人がホログラフィックで現れる。

「あなたは……」ミナが顔を上げる。

「私は雷の大精霊、グロリア。あなたの『繋げる』意思、確かに感じました。これを受け取りなさい」

グロリアから雷の珠を受け取り、ミナは「ありがとうございます」と呟いた。

「ミナ、こんな話を知っていますか」とグロリアが続ける。「ある種類の虫は、その重量から、絶対に飛ぶことが出来ないはずなのです。なのにその虫は現実に飛んでいる。なぜだと思います?」

「……?」

「それは、その虫が『自分が飛べないことを知らない』からだとか。実際は空気の粘性により飛べているのですが、虫にそんなことがわかるはずもなく、彼らはただ飛ぼうと思うから飛んでいるのです。我々ラトリシダの民は、論理的に予測し、出来ることは出来る。出来ないことは出来ないと考える。あなたたちは違う。論理を跳躍した『想い』という力で、予測も出来ない現象を引き起こす」

「グロリア様……」

「さぁ、いよいよ旅も終盤。次は光の城クリスタリオンです。これからも見せてください。『想い』の力を」

「ミナ、おめでとう」リリスが目を覚まし、微笑む。

「ミナ、お前のおかげだ」ガルドも笑顔で言う。

「あんた、なかなかやるやん。見直したで」ディララがニッと笑う。

「みんな……」ミナの目が潤む。

「もう少しだよ、行こう! クリスタリオンへ!」ミナが叫ぶ。

「おう!」ガルドが応じる。

「では私もお手伝いを」ソノラが立ち上がり、召喚ボールに触れ、登録される。

「おっしゃ、行くぜクリスタリオン!」ガルドが拳を上げる。



「おっさん今回いいとこなしだったね」とリリスがからかう。

「それはお前もだろ!」ガルドが言い返す。

「ふふっ、二人とも」ミナが笑う。

小声で、ミナは呟いた。「だいすき」

「ん? ミナ、何か言ったか?」ガルドが振り返る。

「なんでもないよー」ミナは笑い、パタパタと駆け出す。

「なんだよ一体?」ガルドが首を振る。

「何か元気ねー」リリスが笑う。

ガルドとリリスはミナを追いかける。ミナの手の中で、雷の珠がきらめいた。

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