第9話 おっさん、仲間を取られる
ガルド、ミナ、リリスは、炎の国ヤーパの港に降り立った。
ヤーパの城下町は石畳の道に沿って木造の家々が連なり、瓦屋根が陽光を反射する。町屋の軒下には赤い提灯が揺れ、着物を体の前で重ね合わせて帯を巻いた、独特の服装をした人々が行き交う。市場では焼き魚や団子の香りが漂い、刀鍛冶の金槌の音が響く。遠くの火山は絶えず赤い溶岩を流し、黒い煙を空に吐き出すが、町人たちは動じず、日常の活気を保っていた。空気が熱く灰が舞う中、子供たちが表で遊び、甘味処では釜が湯気を上げる。
「なんというか、独特な国だね」
「ここは周りを海に囲まれてて、その中で独自の文化を発展させた国なのよ」
興味深げに周りを見渡すミナに、リリスが説明する。
「へえ、詳しいねリリス」
「私、お母さんがここヤーパの出身なの」
「そうなの?」
「らしいの。私もそれ以外お母さんのことは何も知らないけどね」
リリスが苦笑する。
と、色々と話しながら三人が石畳を歩いていると、腰に刀を差した警備兵がリリスを見て目を丸くした。「ユ、ユリネ様!」 その声に、リリスが振り返る。
「えっ、なぜ母の名前を!?」
警備兵は答えず、大きな巻貝を取り出し、力強く吹き鳴らした。途端に、甲冑を身に付けた兵士たちがわらわらと集まり、三人をとり囲む。ガルドが剣の柄に手を置き、「何だ、こいつら!」と構え、ミナもポーチを握り、「やばいよ、ガルドさん!」と叫ぶ。リリスも杖を構えたが、兵士たちは一斉にリリスの前に片膝をつき、頭を下げた。
「おかえりなさいませ、ユリネ様!」
「待って、私は母じゃな……」リリスが言いかける中、炎の装飾が施された人力車が到着。
「ささ、オトモの方もご一緒に!」と兵士が促し、三人は半ば強引に人力車に乗せられた。車は火山の手前にそびえる城へ向かい、石垣と朱塗りの門をくぐって、本丸へとひた走る。
城内は畳敷きの廊下に、炎を模した金箔の装飾が輝き、紙灯籠がゆらめいている。広間では、火の大精霊ツツジが待っていた。紅蓮の着物をまとい、髪に炎のようなかんざしを挿した彼女は、リリスを見て涙ぐんだ。
「よくぞ、このツツジの元に帰ってきてくれた……ユリネ」
リリスが静かに言った。
「ツツジ様、申し訳ないのですが、私はユリネじゃありません。娘のリリスです。母は私を産んですぐ亡くなりました。私は、母の出自がヤーパであること以外、何も知りませんでした。まさか母が炎のガーディアンだったなんて……」
ツツジの目が揺れ、ゆっくり語り始めた。「そうか……。そなたの母、ユリネは誇り高き炎のガーディアンだった。だが、ある時遣いとしてこの国にやって来た王都の騎士と恋に落ち、国を出たいと望んだ。わしは反対した……色恋のためにガーディアンの任を放棄するなどとんでもないと……それが彼女を駆け落ちに追いやった。それから便りもなく……頭ごなしに否定するのではなく、もう少しこう、話し合えたのではなかったのかと今でも後悔しておる」
彼女は畳に手を置き、頭を下げた。「すまなかった」
「そんな、そんなの母が勝手すぎますよ!我が母ながら、申し訳ありません……」リリスもツツジに頭を下げる。
ツツジは微笑み、立ち上がった。「だが、そんなわだかまりも今日までじゃ」
「えっ?」
「リリス、今日からそなたには、ここで炎のガーディアンを継いでもらう」
「そんな!」リリスの目が突然の命令に見開かれる。
彼女は懐から炎の珠を取り出し、「これが欲しいならくれてやろう。だが、リリスにはこの城に残ってもらう」と宣言する。
「一方的だ!」ガルドが声を荒げ、ミナが「リリスさんを置いていくなんて嫌だよ!」と抗議する。ツツジは冷静に答えた。「その、召喚ボールでいつでも呼べるのじゃろ? 問題なかろう」
リリスが杖をぎゅっと握る。「ツツジ様、申し訳ありませんが、その要求は呑めません。私は二人と旅をして、様々な人に出会い、様々な経験をして、成長してきました。私はまだ二人と一緒に旅をしたいのです。ここで旅を辞めるなど、出来ません」
「ならば炎の珠は与えぬが、よいか?」
「……っ!だったらそんなもの、隙を見て奪い取るまでです!」
「お、おい、リリス……」
ガルドは焦ったが、ツツジはぽかんとした後、楽しそうにクックッと笑った。
「その一度決めたら絶対に曲げぬところ、母そっくりじゃな」
そしてツツジはしばらく考え、頷いた。
「ならば、炎の試練で決めよう。相手はこの国一の女剣士、ヒガンじゃ。リリスが勝てば、炎の珠を渡し、旅を続けさせよう。負けても珠は渡す、だがリリスには城に残ってもらう。試練はそこの二人で続けるがよかろう。勝負は一対一、明日の正午じゃ」彼女は扇子で畳を叩き、「今夜は城に泊まれ」と命じた。
翌日正午、城の庭に設けられた闘技場で、リリスとヒガンが向かい合う。庭は溶岩石の囲いに囲まれ、四隅に炎の装飾が施された柱が立つ。家臣たちが桟敷席、ツツジが高座に座って見守る。ヒガンはリリスと同い年ほどの女剣士で、黒髪を高く結い、赤い袴に刀を差す。「ユリネ様のことはツツジ様からよう聞いとります。伝説の術師と手合わせできること、光栄に存じます」と丁寧に頭を下げた。
リリスが杖を構え、「私はリリスよ。母じゃない。行くわ!」と叫んだ。銅鑼が鳴り、試合が始まった。
「……」「……」
試合開始直後、二人は微動だにせず相手の出方を見る。互いの炎の魔力が共鳴しあい、ヒガンの剣を、リリスの杖を真紅のオーラで包み込む。
地面に、かさり、と一枚の葉が落ちた。
リリスが「くらえ!【烈焔弾】!」と炎の球を飛ばす。ヒガンは軽やかに跳んで「その程度ですか!」と刀を閃かせ、炎を切り裂く。
「くっ、これならどう!【極炎嵐】!燃え尽きなさい!」と炎の嵐を巻き起こすが、ヒガンは素早く転身し、態勢を立て直して「【真紅一閃】!」と剣撃を放つ。赤い剣気がリリスを襲い、彼女は咄嗟に【熱波動】を発動。「このっ、跳ね返す!」熱波が剣気を弾き、反動でヒガンが後退する。
「これならどうです!」
ヒガンが刀を構え、「【秘剣・紅葉瀧】!」ヒガンの剣が炎を纏い、「くらえ!」巨大な炎の唐竹割りが、リリスを炎圧で吹き飛ばした。
「くっ、力が違いすぎる……!」リリスが膝をつき、弱気な声で呟く。
「弱い、弱すぎる」
煉獄の炎のように揺らめく瞳で、ヒガンはリリスに刀を突きつけた。
「とてもガーディアンとして務まるような技量ではありませんな、リリス殿」
「……なら、あなたがガーディアンになればいいじゃない」
「それができるならとうにしている。我が一族は代々ガーディアンにお仕えする役目を負っている、自らがガーディアンとなることは許されておらぬ」
「……私、母がこの国を出た理由が分かったわ。役目だの代々どうしただの、ばかばかしい」
「貴様!我々の伝統を愚弄するか!」
激昂したヒガンが、大上段に剣を振りかぶる。
「当たらない!」
リリスは横跳びに避け、炎の大太刀が彼女をかすめる。先程までリリスのいた場所が、グツグツと煮えたぎる。
「どうだ!」
ヒガンの言葉に、リリスはにやりと笑う。
「思った通り、あなたは分かっていない。『炎』が何なのかを。なっちゃいないわ」
「なっ……!」
ヒガンの目が怒りに燃える。
「たたっ斬る!」
だがヒガンの炎剣は激しく揺らめき、太刀筋が定まらない。
「なっ、剣が、揺らぐ……!」
「『炎』とは、すなわち心の力!心を乱したものに、炎は扱えないわ!」
「頑張れリリス!」ガルドが桟敷席から激励する。「お前の炎は、お前の心だ! 燃やせ、仲間を信じろ!」
ミナが手を挙げて腕輪を振り、叫んだ。「リリスさん、ガルドさんも私も、ずっと一緒だよ! 自分の力、信じて!」
リリスが目を見開き、杖を強く握った。「そう…私の炎は、私の心……!」彼女の瞳が紅く燃え、杖から七色の炎が迸る。「ヒガン、受けてみなさい! 【虹焔衝】!」杖から放たれる虹色の炎が奔流となり、ヒガンを直撃する。ヒガンが「なんだ、この炎は!」と刀で防ぐが、炎は彼女を包み、刀を溶かし、膝をつかせた。「参った…!」ヒガンが倒れ、家臣がどよめいた。
「一つ、教えてあげるわ」リリスは不敵に笑った。
『私がヒザを付いたとき、あなたは既に負けていた』
「勝負ありじゃ!」
ツツジが立ち上がり、拍手した。「見事じゃ、リリス。まるでユリネを見ているようじゃった」彼女は炎の珠をリリスに手渡し、微笑んだ。「そなたの炎は、母を超えたかもしれん。約束通り、珠を渡し、旅を続けさせよう。だが……全てが終わったら、このヤーパに戻ってきてくれ。炎のガーディアンとして、ユリネの後を継いで欲しい」
リリスが珠を握り、頷いた。「約束するわ、ツツジ様。私、母の分まで強くなります。そして、帰ってきます」
ガルドが剣を握り、笑った。「リリス、最高の炎だったぜ」
ミナも跳ねる。「リリスさん、かっこよかった! 次の試練も一緒に頑張ろうね!」
「……よい仲間を持ったな、リリス」
ツツジが静かに告げた。「次は電磁都市ラトリシダへ向かうがよい。雷の精霊がそなたらを待っておろう」
ヒガンが立ち上がり、リリスに頭を下げた。「リリス殿、完敗です。そなたの炎、忘れませぬ。旅の無事を祈ります」
リリスは微笑み、「ヒガン、あなたも強かった。また手合わせしたいわね。それと、私たちの旅を助けてくれないかしら?」と聞いた。
「喜んで」とヒガンは頷き、ボールに登録した。
ガルドが両腕を突き上げ叫んだ。「仲間がいる限り、俺たちの炎は消えねえ! なんてな!ラトリシダ、行くぜ!」
ミナが目を輝かせ、「冒険、もっと熱くなるね! 雷、楽しみ!」と跳ね、リリスが杖を振り、「私の炎、雷ごときじゃ負けないわ」と笑った。
三人はヤーパの城を後にし、電磁都市ラトリシダへ向けて歩き出した。炎の珠がリリスの手でキラリと輝いた。
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