第5話 おっさん、空へ飛ばされる

時を遡ること1週間前、ゼクス率いる銀狼の牙のメンバーは、フードの男が指定した北門までやってきていた。ゼクスはうろうろと忙しなく歩き回っていて、魔法使いエスティと僧侶フローマは、どこか不安げな表情で所在げなくしている。少し離れたところにいる剣士ハルトは無表情で無言。その顔から、考えは読み取れない。

そこにフードの男がやってきた。

「揃っているみたいだね」

「遅かったな!さぁ、依頼の場所に案内しろ!」

と、ゼクスは男に詰め寄った。



「ふふ、まぁそう慌てなさんな」

言うやいなや、男は手から電撃を放ち、ゼクスを昏倒させた。

「ぐっ」

「ゼクス!」

「あの遺跡の位置を知られるわけには行かないのでね、少し眠ってもらうよ」

フードの男は、青ざめる残りのメンバーに近づき、ゆっくりと手をかざした。



銀狼の牙が目を覚ますと、彼らは岩山に囲まれた、古びた遺跡の入り口前にいた。既に日は高く、入り口からは地下へ続く階段が伸びている。フードの男はゼクス達に告げた。

「ここの地下にある武器を取ってくる。これが今回の依頼だよ」

「な、なんだよここ……どこなんだよ……」

「質問は許可していない」

フードの男が掌をゆっくりと四人にかざし、ゼクス達はたじろいだ。

「わ、分かったよ……」

四人は恐る恐る遺跡に入っていく。階段を下りるとすぐに巨大な部屋があり、奥の壁に大剣、剣、杖、そして僧侶の武器である本が飾ってあった。

「な、なんだよ、どんな複雑なダンジョンかと思ったぜ。チョロい依頼じゃねぇか」



銀狼の牙は安堵すると、喜び勇んで駆け寄り、各々の職業の武器を手に取った。その瞬間、武器から黒い霧のようなものが湧き出して四人にまとわりつき始めた。

「な、なんだよこの霧……!」

霧は武器から彼らの体へ移動し、彼らの体を飲み込んでいく。四人は武器を手放そうとするが、体が言うことを聞かず、握った手を開くことも出来ない。

「手が……手が開けないわ!」

「何このアイテム、変よ!」

「ウ……」

あっという間に銀狼の牙のメンバー達は、全身を霧に包みこまれてしまった。



黒い霧が完全に銀狼の牙のメンバーに移ると、武器が手を離れ、カランと音を立てて地面に落ちる。フードの男が入ってきて、無言で落ちている武器を回収した。

「て……めぇ……騙しやがったな……」ゼクスはフードの男を睨みつけた。男の口元が歪んだ。

「それは罠じゃない」

「な……?」

「君たちの新しい力だよ」

そう言い残し、男は去っていった。と、彼らを覆っていた霧が、その体に浸透していく。



「これは……」

男の言った通り、苦しみはいつの間にか消え、今度は力がみなぎってきた。

「体が軽い!」

「力がみなぎってくる!」

「……!!」

四人は、自分に流れ込んでくる力の奔流に、邪悪な歓喜の声をあげる。ゼクスは拳を握り、高笑いした。「これだ! これで銀狼の牙は復活する! 誰にも止められねえ!」



ガルド、ミナ、リリスは、風の都ヴェンティアに到着した。青々とした丘陵に風車がゆっくりと回っている。心地よい風が草を揺らし、色とりどりの花が咲き乱れる。街は白い石造りの建物が連なり、深緑の屋根が陽を受けてキラキラと輝いている。背中に翼を生やした有翼人たちが空を舞い、市場では果物や特産品の織物を売り込む活気ある声が響いている。風の流れが街全体を包み、まるで生きているかのように軽やかな調和を生み出していた。



リリスは深呼吸をした。

「んー!上り坂はちょっときつかったけど、来て良かったー!って感じ!空気おいしー!」

「おいおい、観光に来てるんじゃねぇんだぞ」

ガルドは言いながら街を見渡した。

「確かに、にぎやかな街だな。だが……おかしい」

「うん、包帯巻いてる人や杖ついた人が目立つね。ここで戦争なんて起こってないはずだけど」

ミナが頷く。



「その通りなのであります!」背後から声が響き、三人が振り返ると、背中にライトブラウンの翼を生やした女性が立っていた。金髪を腰まで伸ばし、麻の服をまとった彼女は、有翼人特有の凛とした雰囲気を漂わせている。「自分はキャノ、ヴェンティア自警団のメンバーであります!」

彼女が姿勢を正した瞬間、大きな胸がぷるんと揺れる。思わず目がいったガルドは、ミナとリリスにジトッと睨まれ、あわてて目をそらした。



「自分は風の大精霊ファルス様のガーディアン、であります。風の噂で、氷壁洞での活躍は知っているであります。だが、今は賊の件で手が離せないのです。試練は事件が落ち着くまで待ってほしい、であります」

「賊?」

「はい、ここ最近、この町にごろつきどもが現れ、夜に紛れて民家に押し入ったり夜道で強盗を働いたり……とにかく手を焼いてるのであります」

「ひどい……」

「もちろん我らヴェンティア自警団も全力で対応にあたっているのでありますが、なかなか手ごわく……力不足なので、あります」キャノは申し訳なさそうに視線を落とした。



ガルドは剣の柄に手を置き、言った。「なら、俺たちが賊を片付けてやるよ。大精霊様に会うためにも、街の平和は必要だろ」

「そうだよ! キャノさんたちを助けなきゃ!そんな奴ら、許せないよ!」

ミナはぷんぷんと怒っている。

「安心して。賊なんて私の炎で焼き払ってやるわ」リリスは杖を握りしめ、キャノにウインクした。

キャノは目を輝かせ、「助力、感謝するであります!」と再び姿勢を正した。

「では、夜を待つであります」

キャノが言い、三人は頷いた。



真夜中のヴェンティアは、風の音だけが響く静寂に包まれていた。と、月光の下、闇に紛れた数人の人影が路地を進んでくる。突然、一人が細いワイヤーに足を引っかけた。結びつけられた瓶が地面に落ち、ガシャンと砕けると、青い煙が広がり、賊の足元がカチカチに凍りついていく。「な、なんだ!?」賊たちが叫ぶ中、路地の両端で松明が一斉に灯る。そこにはヴェンティア自警団の有翼人たちと、ガルド一行がいた。



ミナが凍結瓶を手に現れた。「私の『凍結瓶』、バッチリ引っかかったね!」彼女の背後には、召喚ボールから呼び出されたナスタが、氷の拳を構えて立っている。「ふん、街を荒らすゴミども、俺が許さねえ!」



ガルドが松明の光で賊の顔を見て、目を見開いた。「……お前ら、銀狼の牙!?」そこにはゼクス、エスティ、フローマ、ハルトがいた。かつてのパーティ仲間が、包帯や汚れたローブをまとい、まるで盗賊のような姿で立っている。



ゼクスは凍った足を叩き割り、ガルドを睨んだ。

「ガルド、てめえか! てめぇがパーティを抜けたせいで、俺たちはズタボロだ!」

「いや、あなたたちが追い出したんでしょ?」ミナが言う。

「いーや、ガルド、お前が悪い!なんで追放するとき『自分が抜けるとこれこれこうなりますよ』って言わなかったんだ!」

「なんて……身勝手なの……」

リリスは呆れた口調で呟いた。



「とにかく!俺たちは今パーティを立て直すための金を集めてる。能無しな奴らから分捕って、有能な俺たちのために使って何が悪い!」彼の目は血走り、ガルドたちを睨みつける。



「お前、落ちるところまで落ちたのか!」ガルドは怒りを抑えきれず、剣を抜いた。エスティが小さな火の玉を地面に落とし、凍結を溶かす。四人は路地を駆け出し、有翼人たちを突き飛ばして逃げ出した。



「逃がすか!」ガルドが追いかけ、ミナ、リリス、ナスタ、キャノが続く。ヴェンティアの広場にたどり着いたゼクスは、苛立ちを爆発させた。「しつこい奴らだ!【無限武器錬成】!」彼の手から黒い瘴気が溢れ、剣の形に凝固した。

「くらえっ!」

ゼクスは瘴気の剣でガルドに襲いかかる。ガルドは鉄鎧を鳴らし、それを剣で受け止めたが、ゼクスは瞬時に剣を棒に変化させ、ガルドを突き飛ばした。

「ぐおっ?!」

「ヒャハハ!トドメだ!」

棒は瞬時に弓に変わり、瘴気の矢が放たれる。ガルドは剣で矢を弾き返し、叫んだ。

「なんだ、その力は?」

「ガルドさん!」

ミナが加勢に入り、「凍結瓶」を空に投げた。瓶が空中で砕け、氷の刃がゼクスに降り注ぐ。



「させないよっ!」

エスティがスキル【絶対障壁】を発動し、瘴気の盾を上方に展開した。氷の刃はシールドに弾かれ、地面に散らばった。

リリスは杖を握り、目を丸くする。「間違いない……これは瘴気!魔物が放つオーラよ!」

「道理で、どこかで感じたことがあると思ったぜ……信じたくなかったが、ゼクス……お前、魔物にまで堕ちたのか……」



ゼクスは高笑いした。「これが俺たちの新たなる力だ! どうだ!圧倒的だろ!」



ゼクスの隙を突いて、キャノがスキルを発動させる。「スキあり!【トルネベルデ】であります!」翠の竜巻がゼクスを吹き飛ばす。

「くっ!」



だが、フローマが本を開き、呪文を唱える。

「【ヒール】!」

瘴気が本から溢れ、時間が巻き戻る。

ゼクスは吹き飛ばされる前の位置に戻っていた。



「鳥ごときが、小賢しい!」ゼクスは【瘴気の剣刃】を放ち、キャノを吹き飛ばした。

「ひゃあ?」

「【ヒール】が……時間を修正!?」

リリスが驚く。フローマは冷たく笑った。

「瘴気で進化した私の力よ。無駄な抵抗はやめることね」



「キャノ!」ガルドは吹き飛ばされたキャノの元に駆け寄る。

「平気か、キャノ」

「ガルド殿……うう、面目ない」

「なぁ、キャノ」

ガルドは小声でキャノに囁いた。

「あいつらに声が伝わらないフィールド、作れるか?」

キャノは頷いた。

「はい。できるであります!」

「よし、頼む!」

「了解、【スフェルベント】、であります!」とキャノは風のバリアを展開した。

バリアの中で、全員がガルドの元に集まり、彼が何か指示を出している。その姿を見て、ゼクスの頭に血が上る。

「おっさんのクセに……偉そうに指示なんか出しやがってよぉ!」

彼の手に瘴気が集まっていき、巨大なハンマーが錬成される。

「風のバリアごときでぇ!」とゼクスはバリアを一撃で叩き割った。



バリアが砕けた瞬間、リリスが叫ぶ。

「【獄炎嵐】!」


それにキャノが重ねる。

「【トルネベルデ】であります!」


ミナが腕輪を掲げ、「【調和】!」と叫ぶ。炎と風が融合し、巨大な炎の竜巻が生成された。


「ようし、【鉄壁】!」ガルドは竜巻に飛び込み、上昇流に乗って空高く舞い上がった。



「効かないって、言ってるでしょ!」エスティが【絶対障壁】を上空に展開し、ガルドを防ごうとする。だが同時に、「【レドーニャ・キリーク】!」ナスタが氷の拳をまとい、正面から突進する。

「えっ?えっ?えっ?」

エスティは混乱し、障壁を上に向けたり正面に向けたりを繰り返す。



「ふ、フローマ! 【ヒール】だ!」ゼクスが叫ぶ。

「【ヒール!】」時間が少し巻き戻る。ガルドが上から、そしてナスタが正面から突撃してきている瞬間に。


フローマは焦った。「ダメ、今戻しても、ガルドが上から、氷の女から前から来るだけ!」

「ゼクスうううう!」

「ぎええええ!!」

ガルドの落下で広場に衝撃波が広がり、ナスタの【レドーニャ・キリーク】がゼクスたち三人をまとめて薙ぎ払い、ゼクス、エスティ、フローマは地面に倒れた。



「あ、あ、あ……」

ハルトだけは離れていたため攻撃を逃れたが、ガルド一行と自警団が迫ってくるのを見て、悲鳴を上げて夜の闇に逃げ出した。



翌朝、ヴェンティアの広場は朝日で輝いていた。ゼクス、エスティ、フローマが縄でつながれ、どこかへ連れられてゆく。キャノが自警団を代表し、ガルドたちに深く頭を下げた。

「この度の助力、誠に感謝するであります。おかげで街に平和が戻ったであります」

「当然のことをしただけだよ。一人逃がしちまったがな」

ガルドは頭をかく。

「残りは自警団だけでも大丈夫であります。後はお任せください」

キャノはポヨン、と胸を叩く。

「では、ガルド殿、試練を……」

その時、上空から風の音が響き、有翼の女神が降臨した。緑の髪が風に揺れ、透明な翼が虹色に輝く。



「ファルス様!」キャノが立て膝をつき、かしこまる。

「そなたらの正義と勇気、しかと見た。もはや試練は必要なかろう」彼女はガルド一行を見やり、緑色の「風の珠」をガルドに手渡した。「この珠は、風の力を宿す。八大精霊の試練を進むがよい」



ファルスはキャノに微笑んだ。

「キャノ、そなたも彼らの力となれ」

キャノは「了解、であります!」と直立不動の姿勢を取った。

「それならこれを」とガルドは召喚ボールを見せる。

「おお、これが例の、アレでありますね。」

キャノはボールに触れ、登録された。

ファルスは静かに告げた。「次は、土の町トプラ・トプラへ向かうがよい。土の大精霊が待っている」

「よし、次はトプラ・トプラだ。行くぜ」ガルドは風の珠をしまい、声をあげた。

「よーし、次の冒険が待ってるよ!」とミナが跳ね、リリスが「何が来ようと、私の炎で全部焼き尽くすわ」とニヤリ。三人は風車が回るヴェンティアを後にし、次の町を目指して歩き出した。

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