第2話 都内某公立高校②

レミと黒崎は体育館を後にし、別棟へ続く廊下を慎重に歩く。

「そういや先輩」

「ん?」

「ADSって二人一組で動くって聞いてたんだけど」

「ああ」

「先輩って、あたしが入る前は誰かと組んでたんです?」

「なんだ、聞いてなかったのか……死んだよ」

 黒崎が、ほんの少し表情を曇らせた。

「えっ」

「だからお前が補充要員として採用された」

「……」

「意外だな」

「?」

「もっと、根掘り葉掘り聞くかと思ってたぞ。どんな人でしたかー、とか。どうやって死んだんですかー、とか」

「ひどい!あたしだって聞いていい事と悪い事の区別くらいつきますって!」

「そうか、思ったよりマトモな奴だな」

ふっ、と黒崎が笑った気がした。

「あれ?先輩今」

「なんだ」

「いえ、何でもないっす」

「ふん、急ぐぞ」

(気のせい…だよね)

二人は足を速め、探索に向かった。



図書室。扉を開けると、本棚が動き、本が羽ばたきながら襲ってくる。ページから「バカノクセニ」「ムノー」と囁く声がする。


「うわ! 本が飛んでる!? もしかして勉強のプレッシャーがエコーに!?わかる〜」

「共感してる場合か。撃て。」



レミは銃を連射し、本を撃ち落としていく。

射撃に集中するレミの横で、本棚がズズズ……と不気味に傾き、レミに倒れ込もうとするのに黒崎は気づいた。

「ちいっ!」

黒崎はレミを抱えこんで跳躍する。間一髪、ズゥンと重々しい音を立てて本棚が床に倒れる。

「ひゃあ先輩!あざっす!」

「お前の声でエコーが寄ってくると言っただろ。静かにしろ。」

「えー! でも、助けてくれるってことは、私のこと大切な相棒だと思ってるってことだよね?」

黒崎はそれを無視して、図書室を駆け回り、空中を舞う本をなぎ倒し、本棚を切り裂く。

「対象沈黙、行くぞ」



続いて理科室。実験器具が浮かび、ビーカーから緑の毒液が噴出している。


「うっ、くっさ! 危険な実験でのプレッシャーとか?」

「考えるな。撃て。」

「いつもそれ……」

「考えるのは後でいい。」

「もう!」



レミはビーカーから噴出する毒液を避けつつ、銃を撃つ。黒崎がエコーを斬る。

「コンナコトモワカランノカァ」

黒板の数式が実体化し、方程式がヌンチャクのように自らを降りまわしながら接近してくる。

「イヤー!数式が襲ってくる!? 数学嫌いな人が試験前に見る悪夢だコレ!」

(……このエコーは『=』を支点のようにして回転しながら動いている)

レミが騒いでいるのを尻目に、黒崎は瞬時に対象の構造を見抜く。

「弱点は『=』の部分」

「なんでわかるの!? 先輩、あったまいい!」

「いいから撃て」

「あいっ!まだ少し怖いけど……!」

レミは銃を構え、落ち着き、警察学校時代の射撃訓練を思い出す。右から左へ、飛んでくるターゲットをひたすら撃ち抜き続けた記憶が、レミの頭をよぎる。

「ターゲットロック!そこだぁっ!」

レミがそれぞれの数式の「=」を正確に打ち抜き、数式エコーが次々にガラガラと崩壊していく。

「よし!」

「エコーの数が多くなってきたな。近いぞ。」

理科室を出ると、入り口にあったようなゆがみが廊下に広がっていた。

「……」

二人は頷きあうと、一斉に黒い歪みに飛び込んだ。



「屋上……?」

巨大な黒い結晶が、月の光を浴びて深夜の屋上にそびえ立っている。


「これが……核?」

「そうだ。こいつを発見し、破壊する。これが俺たちの任務だ」


レミは銃を構えるが、少女の声が響く。エコーではない。人間の声に近い、悲痛な叫び。

「誰も……助けてくれなかった……誰も!」

「先輩!今の!」

「耳を貸すな、破壊しろ」

「でも……この声……!」



レミは銃を下ろし、結晶に近づいた。近づくにつれ、彼女の銃に施された刻印が、より強烈な青い光を放つ。

「撃つより……触れてみる!」

「やめろ熱川!」

彼女は手を伸ばし、結晶に触れた。視界が歪み、結晶から光があふれ出る。



体育館。女生徒がうずくまり、いじめっ子たちに嘲笑され、暴行を受けている。思わずレミは叫んだ。

「これは……あの子の過去?やめなさい!」

だが声は届かず、手はすり抜ける。

「くそっ……! なんで何もできないの!?」

いじめを見ていることしかできない悔しさに涙がこぼれる。女生徒と目が合った。絶望した瞳。レミの怒りが爆発する。


「やめなさいったら!」


叫びが空間を震わせ、いじめっ子たちの影が怯え、消えていく。女生徒が立ち上がり、微笑む。

「大丈夫?」

「ありがとう。私、ずっと……誰かにこうして……ほしかった……」

彼女が光となって溶けていく。気がつくとレミは屋上に戻っていた。



「熱川、一体お前何をした?お前が核に触れた瞬間、核が……!」

「あたし……」

核が砕け、エコーが悲鳴を上げて消滅していく。建物が大きく揺れ、窓ガラスが割れて、コンクリートの床にひびが入る。黒崎がレミの手を掴んだ。

「詳しい話は後だ!脱出するぞ!」

階段を駆け降り、霧を抜け、現実世界へ戻る。振り向くと、高校は何事もなかったかのように静かにそこにたたずんでいた。

「ダンジョン化解除。状況終了」

黒崎の言葉に、レミは息を切らして笑った。

「やった……! やったよ、先輩!」


黒崎は口元を緩めた。

「ああ、悪くなかった、新人。」

「あれ?」

「なんだ」

「先輩、さっきあたしのことちゃんと名前で呼んでたよ?別にそのままでもいいんですけど?」

「呼んでない、新人」

「呼んだよ!」

「呼んでない」

言い合いながら、二人はADSの装甲車に乗り込み、夜の住宅街を抜けて本部へと帰っていった。

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