第10話
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街は夜の装い。
街灯と装飾の光が入り混じり、会社帰りの人々や若者達で賑わっていた。
四人がダンジョンの出入り口を出て、ロビーを歩いていると配信を見ていた探索者達から声をかけられ注目を浴びる。
探索者達はロベルト達を気遣いながら話しかけ活躍を讃え、早々とその場を去っていく。
あまり時間を取らせないようにという気遣いが嬉しく思い、みなみが「皆いい人なんな」としみじみと語り、それから呆れた眼差しを沙希に背負われている沙耶の姿へと向けた。
「はぁー。沙耶姉はほんと世話の焼ける大人なんなー」
「だってだって。仕方ないじゃないですかー。まさか自分でも動けなくなるなんて思ってなかったのですよー」
「沙耶姉、おいたんの前だからって良いかっこは駄目!沙希たちと遊んだ後、毎回沙希たちがおんぶして運んでるのにー!」
沙耶がぶつぶつと言い訳を並べるが沙希とみなみはばっさりと切り捨てる。
沙耶は生まれながらの怠惰な性格もあり、沙希やみなみと違い体力が乏しい。
乏しいといってもトップ層の探索者並に体力はあるのだが、今回動けなくなったのは慢性的な運動不足に毎晩の飲酒が原因だろう。
ロビーを出ると麗奈と透が四人を待っていた。沙希とみなみが透に気付くと足早に駆け寄っていく。昨日も見た光景だ。
透は昨日と同じように何も無い手のひらを二人に見せ、そして突然手のひらにお菓子が現れた。しかし今日のお菓子は四つ、沙耶とロベルトの分も用意してくれたらしい。
ロベルトは照れ臭そうにお菓子を受け取り、透にお礼をすると優しげな微笑みを返され、子供の頃にこういうのあったな、と思い出す。
車に乗ってからは沙耶が麗奈にチクチクと怒られていた。理由は筋肉痛で動けなくなった件。
実は今日、魔力糸を使っているため、運動量はそこまで多い訳でもない。それなのに筋肉痛になるというのは日頃の運動不足だろう。
二人の話では沙耶は昨日、二人を放置していた件でがっつりと怒られていて、沙耶は毎日のように誰かに怒られているからロベルトが気にする必要はないという。
「あ。ロベルトさん本当に気にしないでくださいね!失敗は誰にでもありますし、私は慣れているので全然大したことありませんから」
「それ沙耶姉がいうセリフじゃないんよ!」
「そうだそうだ!おいたんの前だからって普通の人みたいに振る舞っても、沙耶姉の悪事は全部ばれてんだぞ」
「ふふっ。あらあら沙耶ったらロベルト君の前だとこんな反応になるのね?」
麗奈の言葉に沙耶が顔を真っ赤に染め上げる。両手で顔を隠しても赤く染まった耳が隠せてない。
そんな沙耶の反応に気付いたみなみが突然歌い始め、急遽車内でカラオケ大会が開催されるという混沌とした状況。それでも皆で大声で歌い盛り上がったいる。
六人はノリノリで歌いながら大輝の営む焼き鳥屋へと向かう。
▽▼▽
大輝の店の前に着くと沙希とみなみが喜びに溢れ、凄い凄いと店の前ではしゃぎだす。
居酒屋のような店舗は初めてで、暖簾を指しアニメで見たやつだと大興奮。
その熱量のまま二人は扉の前に立ち、
「「やきとりたーん!きーたーよー!」」
と、めちゃくちゃ大きな声で挨拶。
麗奈と透はこの二人の行動を予測してなかったようで、苦笑いしながら見守っていると、大輝が慌てて店の扉を開けて出迎えた。
それから各々挨拶を済ませて席に座ると、沙希とみなみの興奮はまだ収まらないようで、二人は身を乗り出しながら、
「やきとりたん!それってもしかして炭火焼きをするやつなん?」
「すごいすごい!アニメで見た時あるやつじゃん!あっ、やきとりたん。後ろの銀色の大っきいのって」
「うおー!沙希ちゃんこれもアニメで見たことあるやつだよー!」
「やきとりたんやきとりたん。あれはあれは?何のお料理つくるの?」
「やきとりたん!あれは?あれはもしかしてフライドポテト作る機械なん?」
「ちょっと落ち着きなさい二人とも!大輝君が困ってるでしょう。ちゃんと座って一人ずつ聞きなさい。わかった?」
「「はーい」」
沙希とみなみが止まらない。
二人の勢いに大人たちが圧倒されそうになったが、純粋に興味を持つ姿に和み癒され、他のお客さんからも可愛らしいと声が上がった。
その数秒後には沙耶が厨房内にある地酒を見つけ、二人と同じように大輝に質問責めをしているところを見て、ロベルトは姉妹は似てると感心。
しかし他のお客さんを含めた大人達はドン引きしていた。もちろん麗奈に止められ怒られるまでがセットである。
そうしている間に大輝が調理を終えた品々をカウンターへと運ぶ。透は席には座らずに今日もお世話役に徹するようで、厨房に入り料理を運んだり、取り皿を用意したりと忙しなく動き回っている。
そして沙耶の前にはいつの間にか大ジョッキが置かれており、沙耶が早速飲もうとして麗奈に怒られていた。
カウンターに料理が出揃う。
まずは看板メニューの焼き鳥盛り合わせ。
そして鳥のから揚げにポテトサラダ。だし巻き玉子にお漬物、たこから等々居酒屋の定番メニューが勢揃い。
沙希とみなみは居酒屋――正確には焼き鳥屋――に来るのが初めてでキャッキャと騒いでいる。
出された料理はどれも好評で、沙希とみなみは美味しそうに食べていた。
そんな二人を見て大輝が珍しくニヤケ顔。
麗奈は沙希とみなみに「ネギも食べなさい」「口元にタレが付いてるわよ」「こら喧嘩しないの!」とあれやこれやと二人の世話を焼く。
その隣では沙希とみなみを見ながら目尻を下げる沙耶の姿。時折「むふふふ」と変な笑い声が聞こえてくる。
▽▼▽
食事を終えて麗奈の仕切りで今後の打ち合わせを始める。
まず明日は休みとなった。
これに沙希とみなみが駄々を捏ねたが、麗奈に上手く言い包められる。
二人は今日を含む四日間、ずっとダンジョンを走り回って遊んでいた。
そのこともあって明日の休みは身体を休めるという目的と明後日からの行動に備える為。
探索は明後日から開始し、木曜日と金曜日の二日間で虹色の道を踏破しようという話になった。
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!踏破するんすか」
「いいじゃん!楽しみだねーおいたん」
「おいたん。夏休みの思い出作ろうぜ」
「あ。そっか。二人は夏休み終わったら帰っちゃうんだもなー」
「おいたん。まだ夏休みは始まったばかりなんだよー!いっぱい遊ばないともったいないんだからねー!」
「そうだよおいたん!沙希達まだまだ遊び足りないんだぞ!」
麗奈の予定では元々二人には踏破させるつもりでいたので色々と準備も出来ていた。
しかし去年の混合チームで深層域に行くまで十日かかったのを考えると、麗奈がいう二日でというのは異常に早いペースである。
麗奈がいうには二日が正規ルートを使った場合の予定日数らしく、実際麗奈のパーティーも二日だったらしい。
それらを踏まえ、麗奈から皆に地図が渡され、地図には詳細のルートが記載。しかしそのルート線は何箇所も線が途絶えていたり、全く逆に進むルートがあったりと明らかに変な地図だった。
ロベルトが地図を睨み首を傾げていると、麗奈から現地に行けば沙希とみなみが分かると説明された。
そしてロベルトには別途、連携や二人が使う魔法に関する資料が渡され当日まで履修するよう念を押される。
それから麗奈は鞄から銀色の首輪のような物を取り出し沙希へと渡す。
「うわー!ライジンと同じのだ!おかあたん、ライジンの子供いるん?」
「ふふふ、どうだろうねー?ちゃんと踏破出来ればいい子に巡り会うかもねー!」
「楽しみ楽しみ!」
「ねー!楽しみだねー沙希ちゃん!」
「ど、どういうことですか?麗奈さん」
「んー。ロベルト君には内緒よ」
沙希とみなみのテンションが高い。
ロベルトは話の内容から、ダンジョンを踏破したらペットを飼ってもいいと約束してるのだろうと推理。
なるほど。
だとしたら二人のテンションも上がるだろう。それにしても可愛らしい約束だとロベルトは一人頷く。
麗奈は次に肩掛け鞄を沙希に渡す。
肩掛け鞄は二人が背負うリュックサックよりも小さい皮製。
「あー!じぃじが作った鞄だー!いいの?れいまま」
「忘れて来たりしないでね!みなみじゃどこかに置いてきちゃうから沙希ちゃん頼んだわよ!」
「はーい!」
「魔石いっぱい持って帰ろー!」
「そうしよーそうしよー」
「え。え?」
「ロベルトさん。この鞄は魔法鞄なのですよ。お料理とかも温かいまま持ち運びできるのです。あ、あ。もちろんビールも冷たいままいけるのです」
「まさかの億越え鞄……まじか。始めて見た」
魔法鞄。
実は今日、沙希が使っていた鞄も魔法鞄である。
探索者になった時、お祝いに貰ったが現在のところビールやお酒しか入っていない。
麗奈が再び鞄から取り出し沙希に渡す。
沙希に渡されたのは三枚のカード。
沙希とみなみはそれを見て「宝探しだ!」とはしゃぎ出す。
宝探しとはいわゆる遊びの一種で、ヒントを元に麗奈が隠した物を探して遊ぶゲーム。
一枚目のカードは鍵穴に似ている図形。
二枚目のカードはハートマーク。
三枚目のカードが笑顔のおじさん。このおじさんは村でトマトを作っている人。
「おかあたんのヒントの癖はもう分かってるから余裕だよねー!」
「余裕余裕!今回もお宝ゲットだぜ!」
「ふふふ、さてどうかしら?今回は泊まるところだから、探せなかったらお外で泊まることになるわよ!」
ふぅ〜ふぅ〜。
ロベルトの鼻息が強すぎて目の前に置いてあるレタスの葉を揺らす。
新たなゲームにロベルトは興奮していた。
その熱量は鼻息によってプルプルと小刻みに揺れるレタスの葉が全てを物語っている。
ロベルトは絶対楽しいやつだ、と思いながら沙希とみなみの話を聞く。
今回は泊まる場所を探す。
そんなのすぐ分かるのでは?とロベルトは思ったが、そう簡単にはいかないらしい。
隠匿の魔道具やフェイクが散りばめられているようで、初めてだと難しいと沙耶が言う。
ちなみに沙耶は一つだけヒントの意味が分かったようだ。
ロベルトが興奮していると、麗奈が本当に秘密の場所だから、その場所は配信はしないようにと釘を刺された。
といっても麗奈曰く、魔力認識の魔道具があるから身内以外は中に入れないらしい。
宝探しの話が一区切りすると、大輝と話をしていたみなみが信じられないという眼差しでロベルトを見つめ、
「おいたん。魔法掴んで投げ返すん?」
「あー。それ教えたの大輝か。まぁ、俺魔法使えんから投げ返すわな!」
「おいたんすごい!」
「天才!天才!」
「ガハハハ!どんだけ脳筋なのよ!って話だよなリーダー」
「うるせえ!それしかなかったんだよ!」
「ふふふ、見てみたいわねー!もしかしたらロベルト君特有の魔法かも。楽しみが増えたわ!」
「え?」
もちろんロベルトに魔法を使っている自覚はない。
これまで他の探索者や魔法士達からもその類いの話をされた事もなく、ロベルトは脳筋だからという理由で全て片が付いていた。
しかし麗奈の話によると、相手側の魔法に干渉し何かしらの影響を与えている可能性が高いという。
そうでなければ説明がつかない事象の一つとして挙げられるのが接触時の衝撃。
因みにロベルトの感想はちょっと痛いとかちょっと熱いとかその程度。その感想を聞いた麗奈は呆れた表情を浮かべながら「また無自覚ね」と呟く。
麗奈の考えではロベルトが魔法に接触した際、衝撃の緩和か魔法速度の変換。あるいは魔法の上書きをしているのではないかとみている。
とにかく魔法を掴んで投げ返す人物など聞いたことがない為、研究してみないと分からないことだらけだった。
「それとロベルト君は現場で何かしらの魔法を使っているように思うんだ」
「そうね。兄さんのいう通り、そうじゃないと説明が付かないことがロベルト君に関しては多いのよ」
「あ、あ。実は私も気になってたのです。前にご一緒した時にもロベルトさんが魔法を使っているように感じたのです」
麗奈、透、沙耶の三人はロベルトが日常的に魔法を使っているのではないかと話す。
三人がこのように思う理由がロベルトの魔法の練度。魔力糸、シールドブロックなどは扱うのは魔法士でも難しい。しかしロベルトはこれらんすんなりと出来るようになっていた。これは毎日、相当な時間をかけて魔法を使ってないと出来ない芸当だという。
その話を聞いた沙希とみなみはどこか嬉しそうで、ロベルトの魔法を見つけるんだと意気込む。
魔法と冒険。遊びたいことの話で盛り上がり話は尽きない。
いつもは一人で晩御飯を食べているロベルトにとっては賑やかで、笑う声が絶えず聞こえてくる皆との食事は、何事にも変え難い大切な時間となっていた。
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