第10話 だるおもマラソンは月曜スタート(気虚編)

アラームが3回鳴っても、柚葉は起き上がれなかった。

布団の中で片手だけ出してスマホを止める。目は半分しか開かず、脳がまだ夢の中にいるようだった。


「……あと5分。いや、10分……いや、もう今日、月曜やめたい……」


ようやく体を起こして鏡を見ると、目の下にはしっかりクマ。顔は白く、唇の色も悪い。

「うわ、これ“だるさのフルコース”……」

昨日は夜遅くまでレポート、コンビニおにぎりを片手にエナジードリンクで乗り切った。

寝る前にSNSを見始めたら、結局2時。しかも朝は朝食抜きでアイスコーヒーだけ。

胃の奥が冷えていて、空腹なのに食欲がわかない。


(これが……“社会人予備軍”のリアル体力テスト……?)


玄関で靴を履こうとした時、ふらっと体が傾いた。

「あ、やば……立ちくらみ……」


その瞬間、視界がふっと暗くなった。


――気づけば、柚葉は巨大な機械室の中に立っていた。


金属のパイプが天井まで続き、中央には「ボイラー」のようなものがある。

でも、その歯車は止まり、火花すら出ていない。

辺りは灰色のもやに包まれ、空気は重く沈んでいる。


「ここは……脾の工場?」


機械のそばに、作業服姿の“脾”がしゃがみこんでいた。

顔は真っ青、工具を手にしているが手元が震えている。


「……ごめんなさい。食べ物を“気”に変える作業が、止まっちゃって……。夜更かしと冷たいコーヒーで、発電炉が冷え切ってるの……」


柚葉は青ざめた。

「ちょ、つまり……私、今“電池切れ”状態ってこと!?」


その時――もやの奥から、ぬるりと何かが現れた。

グレーの煙のような体、あくび混じりの声。

「ふぁ〜……おっと。今日も気持ちよく“気”を吸わせてもらうぜぇ……」


目の下にはクマ、姿勢はだらけきっている。

「お前は……誰!?」

柚葉が叫ぶと、そいつは片目を細めて笑った。

「俺は“虚虚丸”。フワ〜っとした気を吸って、だるさを広げるのが趣味だ。

やる気? そんなもん、全部いただきだぁ……」


もやがボイラーにまとわりつく。

途端に機械音が止まり、工場の灯がひとつ、またひとつと消えていく。


「やめろっ! あんたのせいで私の朝からテンションが地を這ってるの!」


虚虚丸は煙のような体を揺らし、だるそうに笑った。

「湿気とは違うんだぜ。オレは“空っぽのだるさ”。寝ても休んでも抜けねぇ、内側のスカスカを増やすのが得意でな……」


脾が膝をつく。

「このままじゃ……何も動かせない……」


その時――床の奥からドロドロと何かがせり上がってきた。

淡い光を放つ白い粘液が、ボイラーの歯車を包み込み始める。


「オレの出番だネバ!」


どこからともなく、筋肉質の声が響いた。

白く輝く体にネバネバしたオーラをまとった“ヤマイモーン”が現れる。

「気が逃げる? なら、オレがつなぎ止める! 粘りの盾、展開だネバ!」


彼が両手を地面に突き立てると、白い光の膜がボイラーを覆い、もやの侵入を防ぐ。

「ネバネバで……防御!?」

柚葉は思わず声を上げた。


虚虚丸は舌打ちした。

「ちっ、面倒くせぇネバ野郎が来やがった……!」


そこへ、オレンジ色の光が差し込む。

「へっへ〜ん、待たせたね! 太陽スマイル、照射〜☆」


陽気な声とともに現れたのは“パンプキーナ”。

黄色いマントを翻しながら、火の玉をぽんと放つ。

冷え切っていたボイラーがじんわり温まり、再び回り始めた。


「冷えたエンジンには、笑顔の火種を入れるキラ!」


パンプキーナがウィンクすると、暗かった工場に温かな光が灯る。


「ふわっ!? まぶしっ……! オレの眠気ゾーンが消えるぅぅ!」

虚虚丸は煙の体をよろめかせながら後退した。


「でも、まだ湿気がこもってます!」

静かな声が背後から響いた。

灰色の霧を払うように、銀色の稲穂を持った青年――“ハトムギン”が現れた。

「湿が残れば、また脾の歯車は止まります。風通し、確保するであります!」


ハトムギンが稲穂を振ると、機械の間を涼やかな風が通り抜ける。

重かった空気が軽くなり、ボイラーの回転が滑らかになる。


ヤマイモーンが笑った。

「ナイス連携だネバ! 湿も冷えも、もう怖くないネバ!」


しかし、虚虚丸はにやりと笑う。

「ふ〜ん……だが、根っこが乾いてんだろ? 上だけ元気にしても、また抜けるぜぇ?」


その瞬間、低く響く声が工場全体にこだました。

「根を支えるのは……俺の仕事だ。」


黒衣をまとった戦士、“ブラック・ゴーマン”が静かに歩み出た。

掌に黒い光を宿し、地面にそっと触れる。

すると、地下から柔らかな波動が広がり、機械の基盤に潤いが戻っていく。


「脾が立ち上がるには、根の力が要る。俺が陰を支える。」


その言葉に応えるように、ヤマイモーンが拳を握った。

「行くぞ! “粘”と“陽”と“潤”の連携だネバ!」


パンプキーナの火花、ハトムギンの風、ゴーマンの黒い波動が一斉に放たれる。

三色の光が発電炉に集まり、再び明るい炎が灯る。


「オレたちは“補気四重奏”! 気を立て直す、チーム・ネバエネだネバ!」


虚虚丸は煙の体をふらつかせながら叫んだ。

「ま、まぶしい……! 元気がうるせぇ……! だるさが……消える……ぅ!」


もやが霧散すると同時に、ボイラーが力強く稼働を始めた。

工場に光が戻り、温かな空気が柚葉の頬を撫でる。


脾が立ち上がり、にっこり微笑む。

「これで、食べたものを“気”に変えられる。だるさはもう、出ていかないよ。」


柚葉はほっと笑って呟いた。

「……私の体って、発電所だったんだね。エナドリより、粘りと笑顔の方が効くなんて。」


光が弾け、現実に戻る。

自分の部屋の机の上には、昨夜食べきれなかったかぼちゃの味噌汁が残っていた。

レンジで温めて一口飲む。優しい甘みと温かさが、冷えていた胃を包み込む。


「甘くてやさしい……。これが“気を養う味”ってやつかも。」


コートを羽織りながら、柚葉は小さく笑った。

外はまだ寒い月曜の朝。

でも、足取りは軽かった。

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